43話 火道殺音

 さて、火道殺音(※34)。


 結論から言うと、彼女は仲道狂太郎を甘く見ていた。甘く見てしまっていたのだ。

 それはちょうど、ゲーム中級者が自らの腕を過信しすぎる行為に似ている。


――おや、新人かいな。ほな、ちょいと手ほどきしたろか。


 という案配に。


 火道殺音も、今の立場になるまでには、それなりの紆余曲折があった。

 死にかけたことも一度や二度ではない。


 彼女が”日雇い救世主”という仕事と出会ったのは、京都にある外国人観光客向けのニンジャレストランに入った時のこと。

 ニンジャレストランの店内は、雰囲気重視のためひどく薄暗く、無闇矢鱈に複雑な作りをしていて。

 隠れ家めいた店内で、あっという間に迷ってしまって、――そうして不意に、”ナンバー6”を名乗る奇妙な生命体と出会った。

 天使……に、よく似たもの。

 シックスは、ぼんやりと火道殺音を眺めた後、まず、こう呟いたという。


「うーんと。じゃ、あなたでいいです。……採用ってことで」


 そして次の瞬間、――殺音は異世界にいた。


 彼女が最初の世界の救済にかけた時間は、おおよそ五ヶ月とちょっと。

 ずいぶん時間が掛かっているように思えるかもしれないが、――無理もない。

 ”日雇い救世主”が世界を救うのにかかるのは、場合によっては半年以上掛かる場合があるという。


 しかしだからこそ、救世後の達成感は鮮烈だった。

 

――自分の手で、救った世界がある。


 そう想うだけで、自分の魂まで救済された気がした。

 自分の命が、価値あるものだと想えた。

 

 とはいえ、お陰様で完璧にセンター試験を逃したし、学力的には余裕で通過したはずの某有名大学の入学を逃す羽目になる。

 親には泣かれたし、警察の事情聴取を受ける羽目にもなった。

 

 それでも、構わない。


 自分はたぶん、現実世界に存在する誰よりも、この宇宙の真理に近い場所にいる。

 そういう確信があったためだ。


 例えそれが、造物主の下請けに過ぎないとわかっていても。



 その日。

 火道殺音が村長室で休んでいる、と。

 どやどやどや、と、数人の狩人が駆け込んできて、村長室の扉が乱暴に開けられた。


「なんや。やかましいなぁ」

「村長っ! す、すまねえ! あの野郎、逃がしちまった……ッ」


 大柄なモブ顔の男が、出し抜けにこう叫んだ。

 見たところ、入ってきた男たちは皆、パンツを両手で押さえるような格好だ。

 殺音、眉間にくっきり皺を寄せて、


「あんたそれ、マジで言うてる?」

「ああ……! あの都会もん、なんか妙な術を使いやがる」

「忠告しとったやろ。あいつ、すばよう動くて」

「いやいやいや! あいつ、すばしっこいとか、そーいうレベルじゃなかったぞ!」

「……? そうなん?」

「そーだよ!」


 殺音、少しだけ眉を段違いにする。


――《すばやさⅩ》か。


 その性能、甘く見すぎていたのかも知れない。


「そこまでかい。ほな、――ちょいと作戦を練り直さなあかんかもなあ」


 と、独り言ちる。

 ちなみに、この時点で彼女が隠し持っている手札は、大きく二つ。


 一つ。彼女の真のスキル、――《こうげきⅩ》が、仲道狂太郎にバレていない、ということ。

 二つ。”蒼天竜”との戦いで見せた攻撃は、半ば以上、彼女が持つスキルの力によるものであったということ。


 狂太郎に与えた《アルテミスの弓》は決して、弱い武器ではない。

 だが、この世界のモンスターは基本的に、とてつもなく”硬い”。

 どのような手合いが”終末因子”だったとしても、さすがに一撃必殺とはならないだろう。


 これにより彼は恐らく、”終末因子”との戦闘、――彼が語るところの”ラスボス戦”で、決定的な失敗をする。

 火道殺音は、そこをつくつもりでいた。

 故に彼女はどんと構えて、村人たちに狂太郎の動きを探らせるだけで良かったのである。


「ま、ええわ。あんたらはもう、消えや」


 すると一瞬、狩人たちは顔を見合わせて、


「いや、村長。それだけっすか?」

「せや。――他になんかある?」

「いや、……ないっすけど」


 異世界ではなぜか時々見かけるモブ顔の男――名はオムスビといったか、――は、不機嫌を隠そうともせず、


「でも俺たち、クエストボードも見ずに、あんたの指示に従ってるんだぜ。お陰様で今日も一日、暇する羽目になってる。だからせめて、どういう意図があってあの男を見張らせたのか、それだけでも教えてくれよ」

「え? なんで?」

「いや、……なんでって……そりゃ、気になるし……」

「あんさんの気持ちを納得させて、うちになんの得があるん?」

「得……いや、得はない、けども」

「じゃ、消えて。うちこう見えて、せわしないさかい」


 自分でもあんまりな言い草だとわかっている。

 普段ならさすがにもう少し言い方に気をつけるが、彼女は今、《みりょく》スキルの効果で保護されている。この力を起動している限り、彼女の頼みごとを断れる異世界人は存在しない。

 例のあの”指”の持ち主であった”日雇い救世主”は、このスキルの力によって、世界の破滅を望む邪悪な魔王ですら、一声かけただけで自殺させることができたという(※35)。


 殺音が遠い目をして、この村では唯一の二階建てから、外の景色を見守っている、と。


 どたどた、ばたん、と、騒がしい音がした。


 振り向くと、そこにはサンタクロースのような白髭の老人。

 《みりょく》の力を利用して、初日で籠絡せしめた男、――この村の元村長である。


「こ、こ、殺音さまあ……」


 老人、遙かに年下の小娘を様付けで呼んで、窓の外を指さした。


「どしたん、お爺ちゃん。ちなみに今は飲み物、いらんで」

「そ、そうじゃなくて! み、見てくだしゃい……とんでもないことが……!」

「――?」


 首を傾げていると、再び騒がしい音とともに、村長室の扉が乱暴に変えられた。

 振り向くと、さっき帰らせたはずの狩人たちだ。


「おい! やべーぞ村長!」

「なんや、みんなして」

「ほらほらほら! こっからならよく見える! ほら!」


 促されるまま、もう一度窓の外を見る。

 そしてようやく、みんなが何に騒いでいるかに気付いた。

 島から見える水平線の向こうに……見慣れないものが見える。

 あまりにも背景に溶け込んでいるものだから、山の一種かと思っていた。

 だがそれは、明らかに、――


「……なんやあれ、新手のモンスターか」


 見たところその大きさは……全長100メートルほど、だろうか。

 全体的な印象は、亀に似ている。

 甲羅に似た、岩でごつごつした身体と、にょっきりと生えた頭部。

 ただ一点、違いを挙げるならその、だらしなくぱっくりと空いた口元だろうか。

 口腔の中は暗く、なんでも吸い込んでしまいそうな印象がある。

 どことなくそれは、食事前の赤んぼうに見えなくもない。

 ごちそうを目の前にした赤んぼうに。

  

「あ、あ、あれは……! 儂、聞いたこと、あるぞ!」

「なんや、知ってますのん? 元村長?」


 ちなみに、殺音がこの老人と会話らしい会話をしたのは最初に会ったとき以来だ。老人、どこか尻尾を振る犬のように張り切って、


「左様。あれは、我が村に伝わる、世界に終末をもたらすとされる魔物、……”悪食竜”と呼ばれるものじゃよ」

「終末……ふーん」


 さらに元村長、口角泡を飛ばしながら続ける。


「なんでも、昔はあっちこちにあったはずの大陸を喰らったのは、あの竜の仕業だという……! あの竜がこちらに向かっている、ということは……、も、も、もう……この島は、おしまいかもしれん……!」


 そしてご老人、その場で失禁。殺音は「まあ、もうこの部屋使わんし、ええか」と思っている。


 また一方、こうも思った。


――勝った。


 と。

 十中八九、あの馬鹿でかいモンスターが”終末因子”だろう。

 で、あれば、……《こうげき》を強化できる自分が圧倒的に有利だ。


――あの無線機は結局、無駄にくれたる羽目になったな。


 と、電源つけっぱなしになっているそれを、ポケットに突っ込む。

 もう半分、帰還のための準備を始めていた。


「お、お、おい村長。どーすんだよ、あんなデカい魔物……ッ」

「安心し」


 彼女、この時ばかりは地のカリスマを発揮して、微笑む。


「うちにええ考えがある。あんたらは黙って、うちに従っておきゃええの」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※34)

 なおこの文章は、本人の許可と校正を経た上で掲載させていただいている。


(※35)

 ちなみに、この”日雇い救世主”の最期は、嫉妬した仲間によって八つ裂きにされるものであったという。

 火道殺音が村人にきつく当たるのは、愛されすぎるあまり面倒ごとに巻き込まれないためでもある。

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