42話 エンドゲームへ向かって

 たっぷりの米で腹を膨らませ、


――この世界の食べ物も、これで食い納めか。


 と、一抹の寂しさを覚えながら、狂太郎は席を立つ。

 まるで、絵本の中のレストランのような世界であった。


 そうして、一足先にできあがっていた”蒼天竜の兜”を被る。

 一応、兜のデザインを解説させていただくならば、”蒼鱗でコーティングされた安全ヘルメット”といったところだろうか。

 ちなみにこれ、狂太郎が細かく仕様を指定したもので、兜の裏側にはクッション材が詰め込まれている。

 鍛冶職人曰く「これでは首と顔を防げないから、危ないのでは?」とのことだが、狂太郎に言わせれば、そこまで身体を張る羽目になったらこの仕事、長くは続けられないという。

 そもそも彼の能力の特色を思えば、視界を塞ぐような装備を身につけるわけにはいかない。

 とはいえ狂太郎、この”兜”をいたく気に入ったらしく、今後もちょくちょく、これを被って異世界転移を行っている。

 なんでもこれ、銃弾を受けたくらいではびくともしない上、未知の効力によって足腰を強化する効果もあるらしい。


 『ハンサガ』の世界観では、魔法を始めとする都合の良い不思議パワーは登場しない。だが、この手のパワーアップ効果は存在する。

 そもそも、この世界の狩人たちが超人じみた力を持つのは、こうしたパワーアップ効果の恩恵を受けているためでもあるらしい。


「……よし。ではそろそろ、残りの装備を受け取りに行くか」

「うんっ」


 言いながら、仮面少女は子猫のように身体をすり寄せて、狂太郎の腕を取った。

 狂太郎、悪い気はせず、腕を絡ませるがままにしている。


 たった一週間ほどのホームステイであったが、彼女とはすっかり強い絆で結ばれていた。

 これは筆者がはっきりと補償しておくが、この凶相をもつ男は、親しく付き合う相手としてふさわしい要素をほとんど持たない。

 それでも、この娘に懐かれている理由は一つ。

 どうやら彼女、狂太郎と死んだ父親を重ねているらしい、ということ。

 この数日で狂太郎、すでに四回、「お父ちゃん」と呼び間違えられている。


「ほな、いこっ」

「うむ」


 そうして二人、実の親子のように連れ立って、家を後にする……と。

 すぐそこに、数人の狩人が待ち受けていた。


「……ん?」


 狂太郎は、目の前にあるその顔に見覚えがあることに気付いて、


「きみ、オムスビくんか?」


 驚くのも無理はなかった。

 その顔は、狂太郎が最初に救った異世界、『デモンズボード』というゲームに登場したあの、ガンダムっぽい鎧を着込んだ男にそっくりだったためだ。

 さらにいうなら、彼のそばにいる男も、どこか見覚えがある。

 悪魔ディアブロとの戦いの際、狂太郎の手助けをしてくれた勇者の一人、――確か、とんがり帽子を被っていた彼だ。


「オムスビは、……まあ、俺の名前だが。はて。おまえに名乗ったっけ?」


 狂太郎は一瞬、死者に出くわしたような驚きを覚えたが、――まあ、こういうこともあるか、と納得する。

 どうも彼ら、こちらに見覚えがないようだし……、


――他人のそら似(※33)、ということか。


「いや、なんでもない。悪いが、そこをどいてもらえないかい」

「いーや。ダメだね」

「? どうして?」

「村長の命令でね。あんたはしばらく、村での行動を制限させてもらう。いいな」

「ほう」


 すると傍らの少女が、一瞬にして怒りのボルテージを全開にして、


「はあッ? ふっざけんなよ、オムスビ! そんなおーぼー、許されると思っとるんか!」

「悪いな。長の命は絶対だ。わかってるだろ。村の掟だ」

「……無理に通ったら?」

「場合によっては、力づくでもいいと言われてる」


 オムスビくんたち狩人は、さっと横に広がって狂太郎たちの行く手を塞いだ。

 彼らの筋力は、常人を遙かに上回る。とてもではないが、普通に押し通れる相手ではない。


「悪く思うなよ。よそ者のおっさん」


 狂太郎は少し嘆息して、


「いいんだ。悪く思わないでほしいのは、こっちもそうだし」


 そう、ぼそりと言う。

 次の瞬間、――狂太郎の手には、狩人たちのベルトが握られている。


「――!?」


 しかも全員、ズボンが足首まで下げられていた。


「な……なんじゃこりゃあっ!」


 ふんどし一丁の実に男らしい姿で、狩人たちはそれぞれバランスを崩して、倒れる。


「悪く思わないでくれ。……あと、再び同じ眼に遭いたくなかったら、追ってこないでくれ」


 そう言って、再び加速を開始。

 頭の中では、すでに次の手について思考を巡らせていた。


――火道殺音。こういう手を使ってくるか。


 まあ、直接手を下した訳じゃないから、同僚への暴力には当たらないか。

 なかなか抜け目ない娘だ。

 とはいえ。

 狂太郎は密かに、ほくそ笑む。

 この程度の足止めをする時点で、……彼女が、今後の展開をはっきりとは把握していないことがわかる。


 そうして狂太郎、けらけらと笑い転げている仮面少女を抱っこして、その場を後にするのであった。



 どうやら村長の命令は、鍛冶職人までは回ってきていないらしい。

 分厚い革のエプロンを身に纏った初老の職人は、景気の良い笑みを浮かべて、


「おっ。お嬢ちゃんの鎧かい? 約束通り、もうできてるぜ」


 若い娘向けに作られた鎧を一揃え、作業台の上に並べていく。

 ここ数日、密かにこの時を心待ちにしていた仮面少女は、


「ひゅー! 待ってました!」


 と、上機嫌で胸当てを、古びた等身大の鏡に映した。


「どうどう、おっちゃん。似合う?」


 その瞬間だけは彼女、年相応の娘に見える。


「うん。強そう。何ごとも暴力で解決しそう」

「ほな、最高ってことやね!」


 前向きな娘だ。

 ちなみに”蒼天竜”装備は、『ハンサガ』内では最高の防御力を誇る。これ以上の鎧はゲーム中、存在しない。ほとんどのプレイヤーはこの鎧を装備させたキャラクターを操作してこの後の”悪食竜”とラスボス戦へ挑むのである。


 蒼天竜の鎧。

 蒼天竜の籠手。

 蒼天竜の腰当て。

 蒼天竜のブーツ。


 これに狂太郎がいま被っている”蒼天竜の兜”を合わせて、次なる敵モンスターの登場フラグとなる。

 仮面少女、ちょっと声を潜めて、


「それでその、”悪食竜”っちゅうんは、どこに現れるん?」

「この島の周辺、どこか」

「まーたそりゃ、曖昧なやつやねえ」

「確かなのは、奴がかなり目立つモンスターだと言うことだ。なにせ”悪食竜”は、なんでも喰らう」

「なんでもって……なんでも?」

「うん。樹も土も、口に入るものであればなんでも取り込んでしまうんだよ」


 なんでも、人類の文明が滅びた原因の一つは、”悪食竜”のせいだという。


「ふむ……。ほな、”蒼天竜”よりもよっぽど厄介なやっちゃな」

「そうだな」

「ほな、絶対やっつけへんと」

「いや。――それはしない。少なくとも、我々は」

「えっ、そーなん?」

「うん」


 この方針に関しては、土壇場まで秘密にしていた。そうする必要があったのだ。


「でも、例のあの、光る板には……」

「竜の討伐には、もっと適任がいる」

「ふーん」


 じゃ、なんであたしら、狩りの準備を? と、目で訴えかけている。


「それよりぼくたちは、のことに備えたい」

「その後?」

「うん。真の黒幕を倒すのだ」

「黒幕? そんなん、おるん」

「まあね」


 少しだけ、苦笑する。

 彼女にしてみればその正体は、寝耳に水のことになるだろう、と。


「それで、前回一緒に戦った二人に声をかけようと思う」

「二人……ああ、あの、ごま塩頭のおっさんたち?」

「そういうことだ」


 一緒に飲んで唄った仲だし。四人組を作るなら、あの二人が良い。

 そして狂太郎、大きく深呼吸。


「一狩り、いこうか」



 その後、狂太郎たちが人知れず村を去って。

 それから、数十分後のことであった。


 火道殺音の元に、とある一報が届いたのは。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※33)

 この現象、実を言うと今後も時々起こる。

 どうやら”造物主”とされる人物、ときどきキャラデザと設定を使い回す悪癖があるらしい。

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