41話 モラトリアム その2

 鍛冶屋に顔を出し、頭部の寸法を測られて。

 結局、狂太郎は、仮面少女の家に戻ってきている。


「完成まで、――また三日も足踏みか」

「しゃーないやん。これでも急ピッチでやってくれる、ゆーてたで」


 とはいえ狂太郎は、こう思っていた。


――ゲームなんだからその辺、都合良く作ってくれてもいいじゃないか。


 トンカチでとんてんかんてん、ボンッと煙が上がって、あっという間に出来上がり。……ゲームを元ネタとする異世界の中には、そういうところも珍しくない。


 とはいえ、今回の場合は仕方がなかった。

 『ハンサガ』は、村づくり系シミュレーションゲームだ。この手のゲームは一般に、ゲームの流れを時間によって区切ることが多い。そうなるとどうしても、待ち時間も現実に近くなる。

 とはいえその点、フルオーダーの鎧を作り上げるのに三日というのは、破格のスピードだと言えなくもなかった。


「まあまあ♪ その分、長ぅ一緒にいられるんやろ。あたしはうれしいで、おっちゃん」

「えっ。……そうかい?」


 少女の率直な言葉に、少し鼻の下を掻く。


「はっはっは。おっちゃんもたいがい、チョロいな」

「うるせえ」

「でも、一緒にいてオモロいんは、ホントやで」

「そうかね」


 この数日で、彼女とはかなり長い時間を共有している。


「実はぼくも結構、愉しんでる」


 この世界に来てからというもの、狂太郎の身体に、小さな変化が起こり始めていた。筋力が大幅に増強されているらしい。

 どうも、ドラゴンの肉だとか、不思議なキノコなどを食っているうちに、自然と肉体が作り替えられていたようだ(※32)。


「食えば食うほど強くなる。……この辺も、ゲームの設定を忠実に守っているということか」

「一年も村の食事してたら、おっちゃんもすぐ、狩人の仲間入りやね♪」

「狩人、ねえ」


 実のところ、あまりそそられない。

 彼は別に、ハリウッド・スターが演ずるようなスーパーヒーローになりたい訳ではなかった。

 そもそも狂太郎は、実体験を重視するタイプではない。

 ジャングルの奥地でまだ誰も見たことがない動物の肉を堪能するより、信頼に足る書籍を熟読の上、自分なりの真実を見つけ出す方が、よほど性に合っている。つまるところ彼は、根っからの研究者タイプ、……言い換えると、オタクなのだ。


 で、あるが故、本来”日雇い救世主”のような仕事は仲道狂太郎の性には合わないものだと、筆者は思う。

 だがそれでもなお、彼がこの仕事に駆り立てられている理由は一つ。


 真実。


 仕事を続けていくうちに、この宇宙の真実を詳らかにできるのではないかという期待があったためだ。

 恐らくあの火道殺音が必死なのも、似た理由から、だろう。


 二人は別に、福沢諭吉が印刷された百枚の紙切れを得るために争っているわけではない。

 もっともっと、崇高な何かのために戦っている。


――ならばこの勝負、負けられないな。


 すでに、いくつか種は蒔かせてもらっている、が。

 決心したのはたぶん、この時期である。


 仲道狂太郎が、あの若い娘を徹底的に出し抜いてやろうと決めたのは。



 なお、この時期のモラトリアムに関しては、退屈を持て余した仲道狂太郎の、簡単なメモが残っている。

 せっかくなので、それをそのまま掲載することにしよう。




● day4


『朝。日の出とともに村の仕事。キノコ採集クエスト。

 ○○(殺音の本名のため伏せ字)へのブラフも兼ねて、ちょっと遠出。

 その後、最後の敵との対決に備える。仮面少女と訓練。』


【朝食】

 チョコの実入クッキー:セブンイレブンで似たようなの売ってた気がする。甘い。

 黒茶:コーヒーみたいな飲み物。苦いがクッキーには合う。


『「米を食べたい」と頼んだところ、この世界、ちゃんとあるらしい。米。』


【昼食】

 謎肉のサンドイッチ:何かの肉のステーキをパンで挟んだもの。具は肉のみ。これぞ狩人の料理、という感じ。肉の種類は聞かなかった。味は牛肉に酷似。とはいえこの世界に来てから牛を見ていないので、たぶん別の生き物。肉は常温になっていたが、かなりジューシー。ただ、この世界のパンはどれも固くてパサパサで、故郷にあるフワフワの食パンが恋しくなる。


『食後、仮面少女とサンドイッチ伯爵の話で盛り上がる。』


【夕食】

 猿の脳みそシチュー:「今日は特別なごちそうやぞ」というセリフと共に飛び出したシロモノ。猿、といっても我々のよく知る猿ではなく、もうちょっと化け物寄りの生き物である。字面ほどほどグロテスクな食べ物ではなく、細かく刻んだ上、いろいろな薬草と一緒に煮込んで甘く味付けしてある。味は、少し固めの食感の白子って感じ。



● day5


『”悪食竜”との対決に備えた訓練。変わったことといえば、それくらい。』


【朝食】

 野生の米:食感はちょい固め。麦みたいな味。この世界の米は自生していて、手を加えなくても勝手に生えてくるらしい。

 金卵の目玉焼き:殻が金色の卵。羽根が金色のニワトリが産むらしい。興味深いのは、この世界の鳥卵は金色なのが普通だということ。お土産に一つ、殻を持って帰る。金メッキの偽物にしか見えない。ちなみに味は普通。

 豆汁:大豆の発酵食品をスープにしたもの。味噌汁に似ているが、豆がそのままごろりと入ってる。


『今朝は台所を借りて、ぼくが作成した。これぞ日本の朝食である。』


【昼食】

 塩おにぎり:朝に炊いた米を握り飯に。具なしを想定していたが、仮面少女の提案でいろいろ入リ。辛めの味のチーズにほぐした焼き魚、タマネギのピクルスなど。

 携帯食料:伝統的な狩人の携帯食。味は、「数多の狩人が口を揃える」不味さだという。狩人はみんな通る道だということで、味見させてもらった。なんだかぼそぼそとした味わいの固形物で、どうやら練った小麦粉的な何かと砕いた木の実、酒、蜂蜜をよくこねた上で蒸したものらしい。食べると胃の中で膨らむ感じがして恐ろしく腹持ちが良く、昼食はこれ一つとおにぎりで十分なほどだった。


【夕食】

 蒼天竜のステーキ:我々が狩った三匹のうち、イチローだったもの。仮面少女の狩人デビュー記念ということで、ごま塩頭とその連れを交えて四人、盛大な宴が開かれた。味はまあ、最初に食べたドラゴンステーキと同じものだったが、実際に戦った竜ということで、その血の味わいも格別。


『狩人たちは食事の際、海賊が唄うような勇猛果敢な歌を吟じるのが作法らしい。

 酒は得意な方ではないが、その日ばかりはしたたかに酔って、いつの間にか連中と合唱していた。』



● day6


『鍛冶屋に連絡したところ、蒼天装備は昼過ぎに出来上がるようだ。

 つまりそれを我々が受け取った瞬間から、”悪食竜”の出現条件を満たしたことになる。

 この世界にいるのも、あと少し。鬼が出るか蛇が出るか。』


【朝食】

 ウチアワビの焼き物:細かく刻んだアワビを火であぶったもの。何故か最初から酒と醤油で味付けされている。つくづく人間にとって都合の良い世界だ。

 バクハツ栗ごはん:実を採ろうとすると爆発する栗を米といっしょに炊き込んだもの。この世界の住人はこれを、素手のまま平気で剥くらしい。栗はとろとろに柔らかく、ご飯によく合う。

 スコンブ:最初から酢の味付けをされているコンブ。生のまま食う。すっぱい。おやつ代わりに。


『ちょっとした思いつきで、出陣前の験担ぎっぽくしてみた。

 これで、この世界の食事ともお別れになる。ちょっぴり残念だな。』




 ぜんたい、料理に関する記述が多めな気がするのはご愛敬、である。

 物語が再び動き出したのは、六日目の昼前。

 蒼天装備を受け取ってから、間もなくのことであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※32)

 とはいえ、帰還後一週間ほどで、すぐ元通りになってしまったが。

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