35話 モラトリアム

 しかし、理想的な手順で攻略を進めることができたのは、――ほとんどそこまでだった。


 なんでも、キャンプ地がしっかり機能するまでには最低でも二、三日かかるのが普通らしく、モンスターの討伐クエストが発注されるまでしばし、この牧歌的な村での生活を余儀なくされたのである。


 一応、探索班に協力を申し出たりもしたが、


「よそもんの手など借りるものか」


 とのことで、取り付く島もない。


 結果、進むことも戻ることもできず、ただその場に留まることを余儀なくされたのだった。


 もとより狂太郎は仕事中、常に動き続けていないと気が済まない男である。

 これは決して、彼が真面目人間だからという訳ではなく、単にそうしないとだらけてしまうという直感があるためだ。


 そもそもこの男、最初の就職に失敗した後、おおよそ十年間にわたってモラトリアムを謳歌している。惰性に任せれば、最悪この村に居着いてしまうかもしれない。仲道狂太郎は、それが怖い。


「うーーーーーむ……」


 むろんこの三日間、無為に過ごしてきた訳ではなかった。

 仮面少女の日常作業を手伝うことである程度の戦闘経験を積むこともできたし、『ハンサガ』(※21)の攻略WIKIは完璧に読み込んでいる。「ストーリーを教えてもらうスレ」もチェック済みだ。

 結果、仲道狂太郎は今後、この村に起こりうる危機と、ラスボスの正体などを完璧に把握することができている。


 なお、あれこれ情報を仕入れたところ、……どうやらあのごま塩頭の老人、『ハンサガ』世界における主人公格のキャラクターらしい。


――本来なら、あの爺さんが村長になるところだった。だがここではそのイベントが起こらず、……なんでかあの、火道殺音が村長になっているようだ。


 やはり、”日雇い救世主”として得られた能力の影響だろう。


「さて。どう料理したものかな。……この世界」


 頬杖つきつつ、独り言。

 「ん? お料理?」と、朝食を用意してくれている仮面少女が、きょとんとした表情を向けた。


「なんでもない」

「……ってか、おっちゃんもたまにはご飯、作ってぇや」

「ぼくはここの設備に不案内だ。きみがやった方が効率的だろ」

「んもー」


 などと言いつつこの娘、わりと狂太郎に甘い。

 村長から面倒をみるように言われているためだろうか。そう思わせる程度には、この村における長の支配権は強固だった。


「あたし、おっちゃんのお母さんとちゃうねんで」

「……ぼくだって、四六時中お面被ってる親は嫌だよ」

「んもー。ああいえばこう言うー」


 なお、この奇妙な娘は、室内でも面を外す気配がない。

 別に、顔面にコンプレックスがあるとかそういう理由ではなく、単にそうした方がイケていると思っているためらしい。

 中学生くらいの子が突如として沼にハマる、ヘンテコ系ファッションの一種ということだろうか。


「それはともかく、――いつになったらその、クエストが発注されるんだろう」

「そら、探索班の仕事ぶり次第やからなー」

「……どうにか尻を叩くことはできないのだろうか」

「そらあかん。ただでさえ連中、未知の大型モンスターと絡む仕事なんや。下手なこと言って死人なんてでよーものなら……」


 確かに。悔やんでも悔やみきれるものではない。

 正直、”日雇い救世主”としての仕事はあまり人命を尊重しなくて良いらしいのだが、これは気分の問題だ。


「そんなことより、ちゃっちゃとごはん、食べよぉや」

「ああ……」


 ホットケーキのように平たくて甘いパンと、”チョコの実”なる、チョコレートとほとんど相違ない味の果実を温かい牛乳に浮かべた飲み物がテーブルに並ぶ。

 まるで三時のおやつを思わせるように甘い朝食だが、これがこの世界の朝のスタンダードらしい。


「そんじゃ、いただきまぁす」

「……いただきます」


 ちなみに狂太郎、この三日はずっと仮面少女が棲まう平屋にお邪魔しているわけだが、なんでも彼女、赤んぼうの頃に親を亡くしたらしく、三人家族用の家に一人きりで暮らしているようだ。


「でも」

「ん」

「さすがに、そろそろやと思うけどねえ?」

「そう望むよ」


 と、ちょうどその時だった。

 がらんがらんがらん、と鐘が大きくならされて、遠く、何ごとか叫ぶ声が聞こえた。

 新たなクエストが貼り出された知らせである。


「お」「きたか」


 二人、数秒だけ目を合わせて。

 パンとミルクを口の中に押し込んで、慌ただしく席を立つ。



 仮面少女を連れて、村の中央部にある円柱状の建物のすぐそばにあるクエストボードへ向かう。

 クエストボードというのは、巨大な竜の肋骨を組み合わせて作られたL字の枠組みにぴっちりと布を貼ったもので、そこには常に、大量の羊皮紙が張り付けられていた。

 村民は、貼り出された依頼の中から「これならやれる」というものをちぎって、その日の仕事とするのである。


 ボードの前はすでに、十数人の村民たちで人集りができていた。

 人集りの中には、子供の姿もある。子供たちはみな、”採集班”として、簡単な仕事を行う。

 ”簡単な仕事”といっても、数日前に仮面少女がしていた”巨大蜂の巣でハチミツを収集する”ようなものもあるため、我々の世界の基準では考えられないほど危険な労働だ。

 どうもこの島の人々、わりとスパルタな基準で仕事するのが普通らしい。


 ボードの脇では、日頃からクエストを貼り出している村民がいて、


「みんなぁ! 新規だ! 新規の討伐依頼が出たよぉ~!」


 と、朗々たる声で呼びかけている。

 ざわ、ざわ、と喧騒が広がった。

 狂太郎が眼を細めてよく見ると、


『蒼天竜の討伐。

 依頼者:探索班より

 資格:四人組。腕に自信がある者。

 内容:最近、世界樹エリアを中心に、青い鱗の竜が出没するらしい。

    どうやら樹周辺を暴れ回っていて、辺りの草食獣を食い散らかしているようだ。

    このままでは島の生態系に乱れが生ずるだろう。討伐を依頼する。

 報酬:蒼天装備一式。』


 と、日本語で表記されている。


「わあっ。おっちゃんすごいなあ! 予言、ぴったりやん」


 ひそひそ声で話す少女に、


「すごいのはぼくじゃない。攻略WIKIだ」


 そう応えつつ、人混みを掻き分ける。

 村民は、こちらの姿を見るや、そろってぎょっとした表情だ。まるで腫れ物に触るような扱いである。


「あー。……すいません、すいません」


 言って、狂太郎はそっとクエストボード上に在る紙を掴んだ。

 と、ほとんどそれに合わせるように手を伸ばしたのは、――『ハンサガ』主人公(のはずの)、初老の男。


「……あ」

「む」

「ども」

「はい。ども」

「なんや、お前」

「ちょっとこのクエストに用がありまして」

「そりゃ、こっちもや」


 出会って数秒で、早くも気まずい。恐るべきハイペースだ。

 狂太郎は以前、世界を支配するゴリマッチョな悪魔の女と戦ったことがあるが、それでもこの、不機嫌なお年寄りの方が怖い。これは研究の必要がある人間心理だと思われた。


「じゃ、……ご一緒します?」


 すると男は、蠅を口に含んだような顔をして、


「アホか」

「アホじゃないっすけど」


 だがこの男、どちらかというと狂太郎を心配してくれているだけらしい。腐っても主人公、ということだろうか。


「久々に現れた新型の竜やぞ。お前さん、そんなに腕に自信があるんか」

「あります。ぼくにやらせてください」


 即答した。むろん、嘘だった。

 だが男は、信じたらしい。

 なんだか神妙な顔つきになって、


、なんて言うやつぁ、虫も殺せんのが相場やけどな」


 おっしゃるとおりである。狂太郎は大きさ3ミリ程度の小さな蜘蛛をみただけでも大騒ぎするのだ。


「まあわしは、島に危険がなくなりゃあ、それでかまへんけどな」

「じゃあ決まりだ」


 気が変わらないうちに、ゴリ押す。


「しかし、……あんたがそこまで言うんならやっぱその、――コケ植物の関係か?」


 え、何? この人、いきなりなんでコケの話してるんだろう、怖。

 ……と、そこで、そういえば数日前、そういう話をしたことを思い出す。


「ええ。おっしゃるとおり。コケです。アヴェンジャーズのね」

「? ……じゃなかったか?」

「サノスでもあり、アヴェンジャーズでもあり、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーでもあります」

「そうか」


 さすがはプロだ。違うなあ……という視線が熱い。

 いつの間にやらご老境、仲道狂太郎を一角の人物のように見てくれている。


「ほな、お手並み拝見やな」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※21)

 『ハンターズヴィレッジ・サガ』の略称らしい。

 いまさっき、ファンサイトを巡ったところ判明した。

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