34話 ここをキャンプ地とする

 『ハンターズヴィレッジ・サガ』の攻略WIKI(※19)によると、”キャンプ地”作成に必要な資材は、


 狩人の肉焼きセット ×1

 狩人向け支給品箱 ×1

 狩人向けテント ×1


 とのこと。

 だが狂太郎曰く、実際に必要なものはもっとあって、


 非常用保存食 最低三日分

 寝袋 ×4

 たいまつ入れ ×1

 たいまつ ×10

 薪用の木材 ×15

 獣よけのお香 ×5

 アカリホタル ×20

 緊急連絡用の狼煙玉 ×3

 治療薬 ×10


 ……など、など。


「結構いろいろ、要りようなんだなあ」


 あの老人が資材の提供を渋ったのも無理はない。


「まあ、色んな人の拠点になるわけやしね」


 仮面少女が、村の中心部にある倉庫の中から、必要な資材をてきぱきと集めてくる。

 結果として道ばたに並べられた資材一式は、――恐らく、備品の一つとして貸し出されている手押し車を使っても、三、四度の往復が必要になる量だ。

 結局、運び出しに必要な準備が終わったのは、午後二時ごろだろうか。


「あー。こりゃ、暗くなるまでに全部終わらせるのはちょっと……辛いかもねえ」

「世界樹エリアからここまで、のんびり歩いて一時間半くらいだったっけ」

「うん」

「それくらいなら問題ない。全工程を含んでも、一時間もかからないさ」

「一時間……は、ちょいと盛りすぎとちゃう?」

「そうでもない」


 狂太郎はまず、荷車の車輪(※20)によく油をさしてから、必要最小限度の荷物だけを車に乗せた。

 荷車そのものは、スーパーなどで見かけるショッピングカートを2倍くらいにした程度のサイズで、扱いそのものは難しくない。


「お嬢ちゃん。まず、きみを向こうに運ぶから、案内を頼む」

「そりゃ、かまわへんけど」

「何かにしっかり捕まって。舌を噛まないように」

「子供とちゃうんやから……」


 不思議そうな表情でいる彼女に、狂太郎はひとまず深呼吸して、


――《すばやさ》は、……6段階目。通常の10倍くらいなら、荷車も保つか。


 瞬間、大空を悠々と羽ばたく鳥の動きが、ゆっくりとスローモーションになる。むろん、鳥だけではない。世界中に存在するありとあらゆる動物の動きが、通常の十分の一の速度になった。

 狂太郎は、のんびりした仕草で通りを歩く村人を横目に、


「よし。いくぞ」


 気合い一声。取っ手を引いて、歩き始める。


「わ……あ……ッ」


 荷台にいる少女が、低音に引き延ばされた野太い悲鳴を上げた。

 かなりゆっくり進んでいるつもりだったが、それでも常人の全力疾走以上のスピードがでているのだろう。

 一応、可能な限り速度は抑えるようにした。

 狂太郎の速度についていけなくて、荷車が壊れてしまうことを避けるためだ。


 慎重な歩みで村の出入り口を目指すと、付近の村人がみんな、揃って驚愕の表情を向けているのがわかる。


――うわ。この都会もん、急にめちゃくちゃ張り切るやん……。


 という思いが伝わってくるかのようだ。

 視線が恥ずかしいのか、仮面少女は丸くなって荷物に擬態している。

 しかし、この手の悪目立ちを避けていては、仕事は捗らない。


 狂太郎は鼻歌交じりに、真っ直ぐ世界樹エリアを目指すのであった。



「んもーっ! おっちゃん、どんだけはしゃぐねん! 例の術、使うなら使うで、早めに言っといてぇや」

「当然使うさ。こんな細々とした作業に時間を取られるわけにはいかない」


 実際狂太郎はその後の往復を、さらに《すばやさ》を上げた状態で行っている。

 作業に慣れてくるにつれどんどん時短が進んで、最終的には三十分も掛からずに世界樹エリアのキャンプ予定地に全ての資材を運び込むことができた。


 結果、設営作業の方が遅れている状況で、狂太郎は今、細々とした作業を手伝っている。


 仮面少女に案内されたキャンプ地は、――世界樹のうろの一つ。


 先ほど見た、蜂の巣になっていたのとは別の空洞だ。

 岩のような木の根がびっしりと張り巡らされたその場所に”アカリホタル”を放つと、体長3センチどのそれらは、カンテラを思わせる強い輝きを放ちながら、木の天井辺りに張り付いた。


「これで、丸一年は明るい」

「へえ。ずいぶん都合の良い生き物がいたもんだな」


 明るくなった足元を眺める。これなら蛍光灯と比べても遜色ない。


「おっちゃん、ところでひとつ、聞いて良い?」

「なんだい」

「都会の人ってみんな、おっちゃんみたいな術、使うん?」

「……わからん」


 この世界の”都会”がどういうものかはよく知らない。

 というのも、『ハンターズヴィレッジ・サガ』というゲームにおいて、”都会”は名前だけしか登場しないためだ。

 狂太郎も、攻略WIKIに載っていないことまでは答えられない。


「けど恐らく、ぼくの術はオンリーワンだとおもうよ」

「そっか。せやったら良かった」

「なんで?」

「だって、都会もんがみんな同じ術を使うなら、あたし、都会に住んでる連中みんなに負けたことになるやろ。それってなんか、悔しいやん」

「そういうものかね」


 狂太郎、今度は”獣よけのお香”とかいう、どう見ても蚊取り線香にしか見えないものに火を点けながら、


「ところで、ずっと気になってたんだが、なんで君らそんなに、都会からきた人間を敵視するんだ?」

「え?」


 仮面少女、少し素っ頓狂な声を上げて、


「別に、嫌ってるんは都会もんだけとちゃうよ」

「え」

「うちら、きほん、よそもんはみーんな嫌いなだけ」

「あ、そうなんだ」


 あっけらかんとした差別発言に、苦笑。


「何かこれまでに、外の人間に酷い目に遭わされた、とか?」

「いや、べつに」

「じゃあ、どうして?」

「どうして、って言われてもなあ……なんとなく?」

「なんとなく、って」

「だって、よそもんって基本、うちらとは別の生き物やっちゅうし」


 まあその感覚、全く理解できないわけではない。

 無知を要因とするよそ者との対立は、歴史をひもとけば枚挙に暇がない。

 日本でもかつては、外国人には踵がない、というような風説が流行していた時代があった。


 しかし、


――だとしても、少し妙だな。


 そう思ったのは、彼なりの直感である。

 この手の差別意識というものは主に、”現状への不満”が”外敵への憎悪”に転化されて起こる現象だと思っていた。

 だが、あの村の住人は皆、かなり豊かな暮らしをしているように感じる。

 自分たちの生活に不満を持っているような気配は、――少なくとも狂太郎が見たところ、あまりない。


 狂太郎、一人「ウムム」などと唸りながら物思いに耽っていると、


「よっしゃ。これでひとまず、――設営は終わりや。あとは村でキャンプ地の登録をするだけ」

「すると……どうなるんだ」

「なんや。そんなことも知らんと、キャンプ地があーだこーだ言ってたん?」

「あいにく、この島のルールには疎くてね」


 仮面少女、世話焼きのお姉さんのように腰に手を当てて、


「まあ、採取班の納品を一括でできるようになったりとか、メリットはいろいろあるけど。――おっちゃんの仕事に絡みそうなことは、一つやな」

「ふむ」

「村の探索班が、ここを出入りするようになるっちゅうこっちゃ」

「……探索班が出入りするようになると、どうなるんだ?」

「この辺りにいる大型の魔物の生息域の調査が始まる」

「それで?」

「そーすりゃ、村の狩猟班に”クエスト”が発注される。あたしらは基本的に、”クエスト”を通して素材を集めるわけ」


 そうか、と、狂太郎は納得する。

 結果的にこれは、次の段階へ進むために必要な作業だったわけだ。

 狂太郎、攻略WIKIを開いて、


【ラスボスエリア 解放条件】

①村の評価ポイントをAランク以上(世界樹の森エリア解放まで)にする。

②世界樹の森エリアにキャンプ地を設営する。

③世界樹周辺に出現する「大空を舞う蒼天竜」クエストをクリア。

④その報酬により、蒼天装備(兜、胴、腕、腰、足の五種)を作成する。

⑤島周辺の海域に「全てを喰らう悪食竜」が出現。これを討伐する。

 攻略メモ:悪食竜の腹部から《天上天下唯我独尊剣 ―法則の崩壊―》を取得可能。最終決戦にはこれを装備して挑もう。


「この、①と②は終了、……と」


 仮面少女、勝手にそれを覗き込んで、


「ってことは次の目標はこの、③やな。”蒼天竜”討伐」

「ああ」

「ほならいったん、村にもどろか。世界を救うために」

「話の早い相棒で、助かるよ」

「あら。そーお?」


 内心、思う。

 いつも、彼女くらい話のわかる相棒がそばにいてくれれば助かるのだが。

 と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※19)

 マイナーなゲームであるためか、このサイトも現在は閉鎖されている。


(※20)

 悪路で使うことを想定してか、かなり頑丈なゴム質のタイヤが使われていたようだ。

 ならばこの村には天然ゴムの加工技術があるのかというとそうではなく、村付近で狩れる野生の猪の腸に少し手を加えたものらしい。

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