36話 狩りへ
「――ところでこの依頼書、クエストの人員は四人までと書かれていますが」
「せやな。残りはわしが見繕う」
「それが、こっちからも一人、参加させたい狩人がいるんです」
「? 誰ぞ、当てになるヤツでもおるんか」
「はい」
狂太郎、傍らの少女に目配せして、
「この娘を」
「えっ、お嬢を?」
「ええ」
もちろんちゃんと、仮面少女も了承済みのことだ。
彼女、自信ありげな鼻息を、ぷひー、と吹いている。
「しかしお嬢は、……採取班やぞ」
「へーきへーき。あたし、ここんとこずっと、狩りの練習してたし!」
狂太郎も、彼女の弓の腕はよく知っている。その目の良さも。
「しかしなぁ。お嬢、狩り用の装備、ないやろが」
「この仮面がある」
「”千里眼の面”か? 頭装備だけやないか」
「じゅうぶんじゅうぶん! 攻撃なんて、当たらなければええねん」
事実である。既に狂太郎は、仮面少女と組めば、どのようなモンスターでも狩ることができる自信があった。
彼は既に、これまでいくつかの世界を救っている。その経験から、遠距離攻撃が得意な仲間とのコンビネーションは無双の強さを誇ることを知っていたのだ。
故に、
――レベル上げには、大した価値がない。
というスタンスを貫き続けているのである。
だがゲーム世界に存在する多くの住人は、なぜか皆、揃って殺しを好む。
無意味な殺生の上に、理想の社会が待ち受けていると信じているかのようだ。
その点、『ハンサガ』世界の住人は興味深い。
彼らは皆、殺しを好まない。いや、必要とあれば今回のように魔物を討伐することもあるが、決して屍山血河を築こうとは思わない。過度な獲物の独占は、孫の世代の貧窮を呼ぶことを知っているためである(※22)。
ごま塩頭の老人は、「うーん」と、しばし悩んでいたようだったが、やがて納得した。
「まあ、ええやろ。いくら子供っちゅうても、いずれは狩りにでにゃならん。お嬢は見込みもあるし……」
「やった! ありがとぉ!」
すると仮面少女、愛玩動物のように老人にぴょんと抱きつく。
ご老人、一瞬だけ孫にお年玉をあげるお爺ちゃんの顔になって、
「でも、状況次第では、すぐに引き返すからな」
そういうことになったのだった。
▼
『ハンサガ』というゲームの仕様をなぞらえているのかもしれないが、――狩りの準備は、狂太郎のような都会もののイメージとはほど遠く、ちょうど、我々の世界の人間がコンビニに出かけるような気軽さだった。
荷物はただ一つ。各々の武器を持ってキャンプ地へと向かうのみ。
本日のチームメンバーは、
・ごま塩頭 片手剣+盾
・ごま塩頭の連れ 大剣
・仮面少女 弓
・仲道狂太郎 素手
とのこと。
ごま塩頭の連れに「あ、地雷だコイツ」という眼で見られた気がするが、狂太郎は気にしない。
「……ちなみに、蒼天竜というのはどれくらいの大きさなのかな」
「探索班の調査を見るに、そこの木、くらいかな」
狂太郎は、すぐそばにある樹齢50年くらいのネムノキを見上げる。
ざっと見ただけでも、枝葉の広がりは十数メートルはあるだろう。
「それを、たった四人で狩るんですか?」
「うん」
「もっと人数がいた方がよくない?」
「そうかも知らんけど、昔からの決まりやねん。魔物一匹につき、狩人四人。それで対等やって」
「ふーん」
この手のゲーム的な仕様を”規則”として受け入れている異世界人は多い。
そして経験上、異世界人に”規則”を破らせるのは、数多の障害にぶつかる羽目になる。武士に「そのチョンマゲ、ださいから切ったら?」と言っても聞かないようなもので、彼らにとっては大切なルールなのだろう。
「作戦を説明する。わしがタンクをやる。残りがアタッカー。以上」
老人は、まるでテレビゲームのプレイヤーのような用語で仲間に指示を飛ばす。
狂太郎、素直に疑問に思って、
「タンク、というのは?」
「モンスターを挑発して攻撃を受けまくる役割や」
もう一度、例のネムノキを見る。ふと、その野太い枝の一本が、彼の頭の上に振り下ろされる幻影が見えた。
「死ぬのでは?」
「この道三十年や。そう簡単にくたばるかいな」
「そうかなあ」
狂太郎は、老人の足元から頭の上までじろじろ見る。
プール場だと、一緒にウォーキングコースを歩いていてもおかしくない歳だ。
「その分、村一番の鎧をつけとるからな。滅多なことじゃ、即死せん」
この世界の人々の、鎧に対する期待値が高すぎる。
だが異世界の物理法則において、決して不可解なことではない。
特に『ハンサガ』の世界では、高い防御効果を持つ鎧の強さは尋常ではない。どうもこの世界の狩人、溶岩の中にダイブしても「あちち……んもー」で済むらしい。
その後、以前設営したキャンプ地に到着した一行は、狩り用の携帯食と回復薬を鞄に詰めて、探索班の指示を元に、蒼天竜の発生地点を目指した。
飛竜は一般的に、世界樹の枝葉のどこかに巣を作るものらしい。
だが今回の場合は、樹周辺の草食竜を餌にしている個体を狩るという。
狂太郎たちは、キャンプ地がある木のうろから、ぐるりとその辺りを半周して、――世界樹のちょうど裏側にある窪地の一つに辿り着く。同時に、
「うわっ! ひどぉ……」
思わず、仮面少女が悲鳴を上げた。大人三人も、声こそ上げないが思いは同じだ。
辺りに転がっていたのは、塵芥の如く蹴散らされた動物の死骸。それが山と連なっている光景だった。
ギラリと照りつける太陽光の下、刻一刻と腐りゆくそれらの臭気に、仲間たちはそろって顔をしかめた。
「思ったより酷いな」
その時ばかりは老人も、熟練の狩人の目になっている。
「これまで、肉食のモンスターが餌を殺し尽くすようなことはなかったのに」
と、ごま塩頭の連れ。
「殺しを愉しんでやがる。こういうことをするのは、決まって外来種だ」
厳しい視線が、死骸の山と、――なぜか狂太郎にも注がれた。
ちなみに、ウィキペディアのせいでこの後の展開を知っている狂太郎は、訳知り顔でこう続ける。
「あるいは何者かが、この島の生態系を乱そうとしているのかも」
「何者か……って、誰?」
「それは、――」
言いかけて、口をつぐむ。
こちとらストーリーのネタバレを読了している。この場で、全ての真実を語ることは出来るだろう。だが止めておく。変なやつだと思われたくない。
「わからない。けどぼくには誰か、何者かの意志を感じる」
「何者か……ねえ」
老人が胡散臭い目つきを向けた。コケの一件はあっさり信じてくれたのに。
やはり、よそ者に対する差別意識は根強いらしい。
その後、四人は蒼天竜が現れるのをしばし待ちながら、三時間ほど待つ。
その間、みんなで肉を焼いたり、武器の素振りをしたり、その辺の植物を採取してキャンプ場に運んだりして。
どうにも緊張感がない。
これが、この世界の狩りの普通だった。
大型モンスターたちは基本的に、警戒心というものが存在しない。
故に、挑発して誘い出すことも、身を隠して通りがかるのを待つ必要もない。
連中は言うならば、形を持った自然災害のようなもの。
ただしその代わり、――一度でも連中と相対することができれば、あるエリアの範囲内を出るようなことはない。まるで生まれながらにそうプログラムされているかのように。
「おっちゃん」
「?」
「きた」
見上げる。
その時だった。
ばさ、ばさ、と、大きく羽ばたきながら、三匹の飛竜が地上に舞い降りているのを見たのは。
その全身をびっしりと覆う鱗は鮮やかな蒼色で、透き通るような空に溶けるようだ。
羽根を広げたその姿は、確かに先ほど見かけたトネリコの樹と同等の大きさに見える。とはいえその胴体は想定よりも小さく、竜というよりは鷲を思わせた。
丸くも精悍な目つきに、黄色いくちばし。ただし毛は生えていない。その代わり、兜を思わせる鱗に覆われている。
「三匹も」
「……探索班め。話と違うやないかっ」
「どうする? ここは下がるべきか?」
ごま塩頭の連れの言葉に、
「……いや。ダメだ」「そうやな」
珍しく、老人と意見が合った。
「これ以上、島を荒らさせるわけにはいかん」
「ですね。――仮に人死にが出たとしても、」
「せや。止めなあかん」
すでに、三日も準備期間があったのだ。
これで引き下がるようならば、――”日雇い救世主”には向いていない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※22)
余談だが帰還後、仲道狂太郎はこのように話している。
「やはり、文明はいったん滅ぼすべき。我々は狩猟採集時代戻るべきなのだ。……なんか、壺とかに縄の紋様とかつけたりして。そういうのが最高にイケてた時代があったんだよ。なあに大して昔じゃない。ほんの二千年くらいさ。みんな仲良く、ニコニコ笑顔で暮らせるならば、それでよくないか? もう」
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