30話 異世界料理

 時刻はおおよそ、昼過ぎを回った頃合いだろうか。

 時計を見るに、一日の長さは我々の世界とほぼ変わらないらしい。

 派遣される異世界の中にはそうではないところもある(※12)ため、狂太郎はほっと安堵する。


――とりあえず今回は、時差ボケ用のレッドブルを使わずに済みそうだ。


「なあなあ、おっちゃん」

「なにかね」

「さっきおっちゃん、生態調査に来たっちゅーとったけど、具体的に何するん?」

「ああ……」


 狂太郎は、先ほどごま塩頭の男に話した適当なセリフを思い返しながら、


「そりゃまあ、たぶん、この島のあちこちを……調査する……とか。そんな感じ」

「たぶんってなんや。自信ないんかいな」

「まあ、いろいろやるってことだよ」

「……ふーん」


 少女、実にうさんくさげな表情でこちらを見上げている。狂太郎は慌てて話題を変えた。


「ところで、きみは最近、何かおかしなことに気付いていないか?」

「? おかしなこと?」

「うん。例えば、この世の中がひっくり返ってしまうような何か。その兆候とか」

「ふーむ。どーやろなあ。いま、一番の”おかしなこと”は、目の前にいるおっちゃんくらいやけど」

「他には?」

「なし。今季の狩りも大猟で、毎日楽しくやっとるよ」

「そうか」


 狂太郎は腕を組んで、ううむと思い悩む。

 どうも、世界征服を企む魔王とか、そういうわかりやすい巨悪が存在するわけではないようだが。

 とはいえ、”日雇い救世主”が派遣されてきたということはすなわち、世界の破滅が近づきつつある、ということ。

 なんとかして、その原因を究明せねば。


「わかった。では、とりあえず君らの村長さんに挨拶してもいいかい」

「ええよ。……ただ、あの方はまだしばらく、戻らん」

「そうなの?」

「うん。島のあっちこっちを見て回ってるっちゅう話」

「へえ」


 村長というからには、村の真ん中でずっと政治的な仕事に従事しているものだと思い込んでいた。しかし案外、自らの足を使うタイプらしい。


「と、いうわけやから! さきに勝負、しよ♪ ええよな?」

「え? ああ……それな」

「なんやその、気のないセリフは。こちとら、そのために案内しとるんやぞ」


 狂太郎は、少し顔をしかめて、


「でも、昼からステーキ、というのは……。お腹いっぱいになっちゃうし、夕食の方がよくない?」

「ダメ。そんなんやから、おっさんはどんどんおっさんになっていくんやぞ」

「うーむ」


 学生時代なら大喜びしていたところだが。

 いつからだろう。昼にドカ食いすると気絶するように眠ってしまう身体になったのは。


「まあ、いいだろう。さっと終わらせよう」

「よっしゃ」


 少女、仮面ごしにもにっこり笑っているのがわかる。


「期待させたからには、ちょっとしたもん、食わせてもらえるんやろな。おおーん?」

「いいだろう。ぼくの故郷の発明品だ。愉しみにしてくれ。……主に、できあがるまでの行程などを」



①大きめのブロック肉をカット。厚みは食べやすい1センチ幅に。

②表面の水分をしっかり拭き取る。

③肉を柔らかくするため、包丁の背で両面を叩いていく。ついでに塩と香辛料(現地で採れるらしい)を満遍なく振る。

④ソースを作成。タマネギ、にんにく、醤油、みりん、赤ワインにオリーブオイルを混ぜて作ったもの。

④強火で熱したフライパンにオリーブオイルをたっぷり垂らす。

⑥付け合わせのキノコ炒めを作る。各種茸類、ゴボウ、ニンニク、オリーブオイルを焼き、お皿に盛り付け。

⑤いよいよドラゴンステーキに着手。片面を焼き、表面が焼けたらすぐにひっくり返す。このタイミングがポイント。裏面は軽く焼く程度でOK(ドラゴンステーキは基本、レアで食べるものらしい)。

⑥料理酒をたっぷり入れて、軽くフランベ。アルコールを飛ばしたタイミングでバターをブロックでぽいっと投げる。

⑦ステーキをお皿に盛り付けて、先ほど作ったソースにかける。

⑧夕べの残りのスープとパンを添えて。

⑨完成。



①カップ麺を用意する。白湯を用意する。

②白湯をカップ麺に入れる。

③三分待つ。

④完成。



 仮面少女の自宅。海辺にある木造の平屋、――その一室にて。


 ことん、ことん。


 カップ麺の容器と、大皿に盛り付けられた山盛り肉が並べられた。

 恐らくは1キログラムはあるドラゴンステーキを目の当たりにして、さすがに申し訳なくなる。


「なんかこっち、……あんまり手が掛かってなくてスマン」

「まあまあ。手間かけりゃあ美味いって訳ちゃうし」

「……そうかなー?」


 実を言うと狂太郎、この時点でかなり驚かされていた。

 この島の住人の、食生活の豊富さに、である。


「ここの人たちは、いつもこれくらい食べてるのかい」

「そらな。ウチは小食なくらい」

「……マジかよ」


 塩と香辛料にオリーブオイル。

 そして、山ほどある保存された食料。

 驚くべきことに仮面少女の部屋には、簡単に火を点けられるかまどのような設備はもちろん、冷蔵庫と思しきものまであった。といっても電気で動いているわけではなく、内部に雪を詰めただけの箱だが。”万年雪”と呼ばれるそれは、およそ五、六年は解けずに残り続けるという。


 攻略WIKIで調べたところ、――どうやらこの世界、様々な食材をパズル的に組み合わせることで、食事を摂ることができるらしい。

 そこで供される料理によって狩人は様々なパワーアップ効果を得る。

 故に設定上、多様な”狩人料理”が登場するのだろう。


――ここの人々の食生活が豊かなのは、ゲームの”料理”要素を取り込んでいるためか。


 狂太郎の前には、どでかいドラゴンの肉に、色とりどりの茸の炒め物。

 仮面少女の前には、カップヌードル(チリトマト味)。


 二人、手を合わせて、


「いただきます」

「いただきまぁす」


 ナイフとフォークで、ドラゴンステーキを噛む狂太郎。

 お箸を器用に使って、カップヌードルを啜る少女。


「……………ふむ」

「……………へえ」


 というのが二人の第一声だ。


 以下、狂太郎の感想。


「悪くはない。いままで仕事中に食べた料理の中では一番と言って良いだろう。ただ、普通に牛や豚肉の方が旨い、と感じてしまうのはやはり、ぼくが現代人だからだろうか。

 一度、友人(筆者のこと)と一緒にジビエ料理店に出かけたことがあるが、その時に食べた鰐肉と味が似ている気がする。どっちも蜥蜴っぽいからかもしれない。基本的に大型動物の方が脂身を蓄えている傾向にあるという話を聞いたことがあるが、ドラゴン肉は鰐肉より少し脂っぽくて食べ応えがあるな。

 あと、付け合わせの茸の炒め物が普通においしい。実家のお母さんがはりきって作ってくれたみたいな、優しい味がした」


 以下、仮面少女の感想。


「うーん。まあまあってとこ? でも、あんまり食べ慣れへんスープやな、これ。あとこの……トマトっちゅうの? 知らん果実やし。それとこれ。謎肉。これなに? マジで何の肉? 変な動物の肉とちゃうやろね。

 でも、麺は、……ええやん。いままで食べたことない味で……なんか、ずっと食べとうなるね。あたし、結構すきかも知れへん。

 何に驚かされたって、お湯入れただけでてきたとこ。魔法みたいやん。すっごい。でもあんたら都会人って、いっつもそんな、大急ぎで暮らしてんの? 料理に時間かけられへんくらいに?」


 人生を根本からひっくり返ってしまうような体験など、そうそうできるものではない。

 だが二人の言葉が、妙にツンデレめいて聞こえるのは筆者だけだろうか。


「まあ、結局は食べ慣れた味が一番だということだよ」


 のちに狂太郎はそう語っていたが、この文化交流は決して無駄な時間ではなかったように思う。


 というのも狂太郎はその後、異世界での活動の大半を、この仮面少女と共に過ごしている。

 これはこの食事会で、二人がすっかり意気投合したためだと私は見ている。



 仲道狂太郎が”村長”と顔を合わせたのは、食事会後、間もなくのことであった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※12)

 狂太郎が救った世界の中には、昼夜を逆転する魔法が存在するところもあったらしい。

 そういう世界では、魔術師の都合で昼と夜がしょっちゅう切り替わるため、ずいぶんと時差ボケに悩まされたようだ。

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