19話 勇者たち

 時を少しだけ遡ぼって、――地下牢の中。

 闇の中にいてなお眩しい銀髪の青年は、そっと肩を近づけて、


「ええと、――隠された抜け道、ですか?」

「うん」


 狂太郎はあっさりと言う。


「きみらがいた拠点に、涸れ井戸があったろう。あそこに通じている」

「この、……地下牢から?」

「うん」

「しかも、トロッコによる時短つきって?」

「うん」

「えええええええええええええ……………」


 ギンパツくんは、なんだか妙に落ち込んだ表情になって、


「いやいやいや。おかしいでしょ。都合が良すぎでしょ。いくらなんでも」

「そうかい?」

「だいたい救世主メシアさま、なんでそんなものがあるってわかるんです?」

「……ぼくは、わりといろいろ知っているんだよ。変なことばかり憶えてしまうのさ。難儀な性癖でね」


 などと、自嘲気味に。


「この手の城に秘密の抜け道は付きものだぜ。『世界ふしぎ発見!』でやってた」

「それはまあ、わからなくもない、ですけど」


 なおも納得していない雰囲気の彼に、狂太郎は嘆息気味に続ける。


「それに、言ってもわからんだろうがこれも、RPGのあるあるクリシェなんだよ」

「……はあ」

「RPGってジャンルは基本的に、ラスボス戦前には必ず、休憩や買い物ができるようになっている。なぜかわかるかい」

「いいえ。これっぽっちも」

「この手のゲームは基本的に、”詰み”を嫌うためだ」

「詰み?」

「ゲームクリアが不可能な状況だ。RPGは特にこれを嫌う。必ず何らかの形で救済措置が講じられるようにできているのだ。――城の抜け道は要するに、だということだ」


 なおも頭に?マークを浮かべている彼に、狂太郎は苦笑する。


「まあ要するに、どんな難題でも最後まで諦めなければ、必ず解決の糸口はある、ということだよ」


 そう。

 ゲームというものは常に、攻略されるためにあるのだ。


「解決の糸口……ですか」


 わかるような。わからないような。

 そんな表情の彼に、狂太郎は続けた。


「では、きみに最後の任務を与えよう。――ギンパツくん」

「は、はい!」

「きみはこれから、拠点にもどって仲間たちに呼びかけるんだ。そして彼らを説得し、悪魔ディアブロとの決闘に間に合わせて欲しい。セーブ用の本に大体の段取りを描いておいたから、合流はスムーズに進むと思う」


 言うとギンパツくん、この単純な”任務”にはわかりやすく反応した。


「りょ、りょうかいっす! じゃ、さっそく……」

!」


 彼の肩に両手を当てて、狂太郎は続ける。

 ギンパツくんはすこしぎょっとして、目を瞬いた。


「次は、次の戦いだけは本当に、死ぬ覚悟がある者だけが来て欲しい。ぼくも命がけできみたちを護るが、それでも生きて帰れるかどうかはってところだからな」


 狂太郎の断定口調に、青年がごくりと唾を飲む。

 さすがに少し、脅しすぎたか。


「ただし、これで生き残った者は、永遠に語り継がれる英雄になることを保障しよう」


 一応、功名心をくすぐる一言を付け加えておく。


「それでは」


 今の言葉を受けて、この若者がどう思ったかはわからない。

 ただ、その手が小刻みに震えていたのが印象的だった。

 畏れているのではない。興奮しているのだ。


 銀色の髪が、地下牢の闇へ溶けていくところを見送って。



 その後、ギンパツくんが仲間に、どのような説得を試みたかはわからない。

 ただ確実なのは、この土壇場に彼らが皆、足並みを揃えている、ということ。


 あるいは、


――君らがここに一秒留まるごとに、君らの同胞や家族の命が縮まっていくのだぞ。それでもいいのかい。


 最初に話した正論が、今さらになって効いたのかもしれない。

 だが、仲道狂太郎が帰還後に語った解釈は、少し違う。

 彼曰く、


――死ぬ覚悟、というと大層なもののように聞こえるがね。案外その一線は、簡単に越えられるものさ。


 とのこと。


「おい、救世主メシアさまよう! お、お、俺は、あんたに賭けたんだぜッ」


 先ほどまで浴衣のような格好でうろついていた男が、今はしっかり武装してこの場所にいる。

 丸顔で太めの彼は、こうしてみるとまったく戦い向いているように見えない。


 愛のため。誇りのため。義務のため。

 そんな高尚な理由で彼らはここにいるのではない。


 自死に対する想像力の欠如と、それに功名心を一さじ。


 ”勇者”と呼ばれる人々の構成要素だ。


 特別な素養ではない。

 ”退屈”がもたらすストレスは、ときに生存本能を上回る。ただそれだけの話だ。


「だから頼む! ヤツを、――ヤツを殺してくれ! 俺は、……ッ」


 そこで、敵の攻撃を察知して加速する。


 どうなってもいいから、と、いいかけたのか。

 あるいは。

 英雄になりたいんだ、と、いいかけたのか。


 いずれにせよ、その後の言葉は声にならなかった。

 彼の身体に、破壊光線が浴びせられたためだ。


「う、え…………ッ」


 一瞬、彼のぎらぎらと輝く眼と視線が合ったことを憶えている。

 一人の戦士の命が、炭となって消滅したのだ。


「――ッ」


 加速した時間の中で、狂太郎は小さく舌打ちした。

 護れなかった。


 やはり敵は、あの光線を使いこなしつつある。


 ”一人用ゲーム”である『デモンズボード』の敵キャラクター、悪魔ディアブロは、一度に複数の敵を攻撃する手段を持たない。

 だが彼女は、この短期間で一対多の戦い方を学びつつあった。……といっても、それほど大層なやり方ではない。

 それまで通りの攻撃にいくつか、単純なフェイントを織り交ぜただけだ。

 ただそれだけで、しばし戦線を離れていた英雄たちを翻弄するには十分だった。


――くそッ。


 仲間の死を目の当たりにして、道徳的な苦痛を感じている暇はなかった。そんな贅沢は許されていなかった。

 今はただ、彼に出来る最適解を選び続けることだけ。


「畜生」


 仲間たちの誰かが、そう叫んだ。

 より正確に描写するならば、

 

「ちいいいいいいいいいいいくううううううううしょおおおおおおお」

 

 と、果てしなく低音に引き延ばされた声だ。

 狂太郎は顔をしかめて、悪魔ディアブロを睨め付ける。


 全てを救うことはできない。

 わかっていた。

 彼らが生き残る確率は、五分五分だと。


 狂太郎は苦い表情を作ったまま、不意に、例のガンダム鎧の男が自身を指さしていることに気付いた。

 彼は、真っ直ぐに狂太郎を見据えていて、目が覚めたような表情をしている。


――次は俺が犠牲になる。


 言葉は、必要なかった。咄嗟にそう言っているのがわかった。


「おぉ、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、おッ!」


 悪魔ディアブロの咆哮が、城内に響き渡る。

 加速された世界では、その意味まではわからない。

 ただ、そこに含まれた怨嗟の感情は、はっきりと読み取ることができた。


 また、何かを仕掛けてくる。


――ガンダムくんの気持ちは立派だが、もう誰も死なせない。


 狂太郎は歯がみして、……覚悟を固める。

 死ぬ覚悟だ。


 そして彼は、《すばやさ》をここで最大の一つ前。9段階目にまで上げた。

 幾ばくかの検証の結果、恐らくこの時の速度は通常の400倍。

 おおよそ、音速と同等のスピードであるはず、である。


 同時に、世界から音が消える。

 音の周波数まで400分の1となるため、低音域が一部、消滅したように感じているのである。


 重力も消失する。

 速度400倍の世界では、重力は限りなく0に近づく。

 この状況下における狂太郎は、ほとんど宇宙空間にいるようなものだ。ちょっと床を蹴っただけで、無限に飛び上がってしまう。


 その場にいるあらゆる者が凍り付いたように動かなくなる中、狂太郎はまず、大きく深呼吸を行う。


 無論、音速の世界での活動など、人体に悪影響が発生しないはずはない。ちょっと身体を動かしただけでも、空気抵抗で彼の服などは一瞬にしてぼろぼろに燃え尽きてしまうはずだ。

 天使に与えられたスキルの力がどのようなものかは我々にはわからないが、加速状態の狂太郎は、何らかの形で保護されているらしい。


――ここから先は、詰め将棋になる。


 そういう、直感があった。


――これで倒せなかったら、終わりだ。


 彼はまず、思い切り地面を蹴る。

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