15話 邪悪なもの
あっと驚く意外な展開。
この物語における、起承転結の”転”。
『デモンズボード』の、ほとんど唯一と言って良いシナリオ的転換点だ。
とはいえ、読者諸賢はいささか、この裏切りに納得のいかないものを感じておられるかもしれない。
一応ここに、ネット上の考察を補足させていただくならば、”
いずれにせよこの世界の元となったゲームでは、各地に点在する手記に伏線が散りばめられていたようだ。
この展開がいささか唐突に思えるのは、仲道狂太郎が、そのほとんどを無視してここまで来ているためである。
”伝道者”、――そう呼ばれていた少女は、
「うふふふふ。ではお望み通り、城の中に案内してあげましょうか……♪」
と、まるで運命に導かれるかの如く、ゲーム同様のセリフを口にした。
「ううう……はなせ……!」
ギンパツくんがもがくが、薬が効いているらしく、その抵抗は弱々しい。
少女は、その細腕からは想像もできない力で二人の服を引っつかみ、ずるずると引きずっていく(※26)。
「ちくしょう……ちくしょう……」
涙ながらに悔しがるギンパツくんが、なかなか良い味を出していた。きっと狂太郎一人では警戒されてしまっていただろう。
傷だらけの大理石の床。
穢れ、ぐにゃりとたわんだ絨毯。
あちこちから聞こえてくる隙間風に、鼻を突く寒々しい空気。
膝の辺りにたっぷりの埃を吸い取っているのを感じながら、狂太郎は”伝道者”をぼんやりと眺めている。
ギンパツくんは、痺れる舌を必死に動かしながら、
「お、おまえ……おれたちを……どーするつもりだ……」
「うふふふふ。ご安心を。簡単には殺しませんから♪」
「えっと……それって、つまり、フクザツにころすつもりってこと?」
「あらら。まさか悪魔に囚われて、生きて帰れるとでも思っていたんですかぁ?」
「そんなぁ……」
やがて、石階段で膝の辺りにちょっぴり痛い想いをしながら地下牢のあるエリアに行き着くと、”伝道者”は鬼のような馬鹿力で、二人を牢屋の中に放り投げた。
そして、ガチャン、と、鉄格子の鍵が掛かる音。
「あなたたちはこれから、順番に
「なん……だと……?」
「私はずっと、あなたたち人類がこの城に訪れるのを待ち続けてきたんです。それも、ただの人類じゃない。数多の試練を乗り越えて、知恵と勇気、そして強力な力を示した英雄の到着を」
「どうして、――そんなまね……」
「単純です。その方が楽しいから!」
「たのしい……?」
「そう! ご存じないかもしれませんが、悪魔とは享楽的な生き物なのです。いつだって、素敵な遊び相手を求めている。あなたたちは見事、
などと、洒落臭いタイトル回収を交えつつ。
とはいえ、彼女がシナリオ通りのセリフを吐いたのは、そこまでだった。
「それなんだが」
そのタイミングで狂太郎は、むくりとゾンビのように起き上がる。
「えっ」
「ん?」
「いや……その……あれ?」
「どうした」
「さっきのしびれ薬は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような”伝道者”。
「飲んでない。振りだ」
狂太郎は平然と答える。
「というか、ぶっちゃけるとぼくは、最初からきみが裏切っていることを知っていたんだ」
「嘘です。ありえません」
彼女がそう断言する程度には、駆け引きがうまくいっていたということか。
「もしそうなら、最初から私に襲いかかれば良かったはずです」
「ここの玉座に座らねば、世界は救われない。……たしかなんか、そういう感じの設定だったろ」
「それは、――」
反論に詰まる彼女に、
――やっぱり可愛いなあ。
と、ちょっぴり鼻の下を伸ばしつつ(※27)。
牢屋の中にいながら、状況を掌握しているのは仲道狂太郎であった。
「嘘だと思うなら、きみの部屋にもどって確認してみるといい。きみのセーブデータは上書きさせてもらったよ。――文字通り、きみの書いた文章の上からね」
「………………ッ」
彼女の書いた文字を読むことはできなかったが、――”城下街”エリアはともに行動したのだ。その内容が、まったくのデタラメだということくらいはわかる。
「どこまでゲームと同じ設定かわからなかったから、念のための確認だったが。……残念だよ。ぼくはきみを倒さなくてはならない」
「………………」
「だが、その結果としてぼくが死んだとしても、――いずれ
「……上位の、存在?」
「天使とか、神とか、造物主とか。たぶんそんな感じの連中だ」
「造物主……」
「ぼくの規格外の能力、――おかしいと思ったはずだ。あれは何を隠そう、神から賜った力なのさ」
先ほどまでの威勢はどこへやら。
”伝道者”は、たった今崩れ落ちそうな足場に気付いたような顔をしている。
一方で狂太郎は、こう思っていた。
――このレベルの大言壮語であれば、少し頭の回る人間ならいくらでも思いつきそうなものだが。
案外彼女、騙すことには慣れていても、騙されることには慣れていないのかもしれない。
「そこで、ちょいと提案がある」
「提案、ですか?」
「いますぐ、玉座を人類に明け渡すんだ。君は手下を引き連れ、どこかの田舎に引っ込んでしまえばいい。そうすれば、誰も死なずにすむ」
「無条件降伏をしろ、と?」
「それ以外にきみが生きていられる手段はない。たぶんぼくを殺したとしても、後続の者が現れて、次は必ずきみを殺すぞ」
「……………………」
ここまで適当なことを自信満々に言えるのは、ひとえに狂太郎が「そうだろう」と信じているためだ。
自分をこの世界に召喚した天使の事情はよくわからない。
だが、あの生き物は、こうも言っていた。
――無意味に異世界人を虐待したり、一ヶ月経ってもクリアできなかったらクビ。
と。
この言葉は、あの天使が異世界人に肩入れしていなければ出てこないはず。
で、あればやはり、いずれ
あるいは、読者諸賢はもう、お気づきかもしれない。
仲道狂太郎がここまで手をかけたのはつまり、――死すべき
「ぼくの目的は、あくまで”世界を救う”ことだ。きみを殺せとは命ぜられていない」
「……………………………」
”伝道者”は、苦い表情で狂太郎の目を見る。
他者とのコミュニケーションを苦手とする彼も、この時ばかりは目を逸らさない。
先に視線を床に落としたのは、金髪の少女が先だった。
彼女は、ふんと鼻を鳴らして、
「虜囚がする言い訳としては……そこそこ、愉しませてもらいました」
と、呟く。
それが自分でも矛盾した言葉であることを、彼女自身気付いているだろうに。
「……決闘は一時間後に」
そういって彼女は、かつかつと足音を響かせて去っていった。
▼
それから、数十分ほど経った頃だろうか。
「うう……」
ようやく身体を起こせるようになったギンパツくんが、牢屋の隅っこの方で三角座りして、
「……決闘、だなんて。どうしましょう。武器も取り上げられちゃいましたし」
といっても奪われたのは、ギンパツくん手持ちのショートソードだけだ。
とんがり帽子の男から余計なアイテムを受け取らなかったのは、持ち物を全て取り上げられてしまうことがわかっていたためである。
「無意味にストレスを抱え込んではいけないぞ。ここぞと言うときに力が発揮できなくなってしまう」
「でも……」
何ごとか言いかけた彼を無視して、狂太郎は「そろそろ頃合いか」と呟く。
そして、牢屋の奥にある壁を、こんこん、とノックして、石垣を一つ、軽く引き抜いた。
そのまま続けて石を引き抜いていくと、――ちょうど脱出できそうな穴が出来上がる。
「はい。がばがばメンテナンスの牢屋~」
「……はあ?」
これでもかと眼を見開くギンパツくんに、
「きみはここから逃げなさい」
「いや……えっと。……そんな馬鹿なことが」
あっさりと開かれた脱出口に、自分の目を疑っているらしい。
「気にするな。こういうの、ゲームの世界では”あるある”なんだよ」
「ゲーム……?」
青年は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしって、
「ずっと気になってましたけどあなた、なんでいろんなこと、知ってるんですか? ――まさかさっきの……造物主がどーとかっていうハッタリ、マジなんです?」
「さて、どうだろう」
狂太郎は、「はっはっは」と、乾いた笑いで誤魔化す。
「それで、――
「ここに残るよ。せっかくラスボスが呼んでるんだから、むしろ都合が良い」
「そんな馬鹿な。に、一緒に逃げましょうよ……っ」
「逃げたところでどうにもならないだろう」
「それじゃあ、俺も」
「いや。きみにはやってもらいたいことがある」
「――?」
「ぶっちゃけるときみには、この瞬間のためにずっと同行してもらっていたんだ」
「それって、どういうことです?」
狂太郎は、少しだけ天井を見据える。
「きみには、――交渉が決裂したときの保険になってもらいたい」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※26)
帰還後の狂太郎の服がぼろぼろだったのは、この時についたものがほとんどらしい。
(※27)
筆者には理解できない仲道狂太郎のもう一つの性癖として、鼻っ柱の強い女の子が苦悩するところに興奮する、というものが挙げられる。
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