14話 裏切り
庭園ステージのボス敵は、数百本もの触手の集合体で、――その名もズバリ、”蠢くもの”という。
これまでの攻略手順に則って炎系の魔法で対処しようとしたプレイヤーは、その火炎耐性に驚く羽目になるだろう。
どうもこの触手、しっとりしたヌルヌルで覆われている所為か、魔法を使ったあらゆるダメージがほとんど通らないのである。
とはいえ、”蠢くもの”そのものの物理防御力はそれほど高くはない。
「はあ……」
狂太郎は苦い気持ちで心を満たしつつ、その身体をおおよそ五百回ほど切り刻む。
後半、ほとんどの触手を切り取られ、見るも無惨な姿となった”蠢くもの”を地面に放置し、
「ギンパツくん」
「はい?」
「トドメ、よろしく」
「ア、……うっす! 了解です」
彼が、おっかなびっくり剣を振るうところを見守って、――。
「ウボァー」
最終的に怪物は、なんだか気が抜けるような断末魔を上げた。
狂太郎は、汗でじっとりと濡れている額をそでで拭いつつ、
「つ、疲れた……。帰ったらマッサージ行こう。ぜったいに」
ぼやく。
「いやあ! お見事っした!」
景気が良いのは、ほとんど子分のようになっているギンパツくんだけだ。
狂太郎はホッと嘆息して、
――なんだか、刻んだ感じ、野菜っぽい奴で助かった。
と、手のひらの体操。生き物を斬った感触を揉み消す。
▼
狂太郎たちが今いるのは、城門前の広場。古ぼけたオレンジ色の煉瓦が敷き詰められた、ただっぴろい空間だ。
その中央部には、噴水にも似た大きめの水場ある。
どうやらここ、ちょっとした休憩所だったらしい。
振り向くと、かつて悪魔と戦った時に建てたものであろう、木と石を寄せ集めて作った防護壁と、力尽き果てた騎士たちの骸骨が山と連なっているのが見えた。
もうここまで来ると、不気味な感じは全然しない。お化け屋敷のイミテーションである。
「では、さっさと城に向かうか」
「え、ええ……」
これまでお調子者めいた言葉を口にしてきたギンパツくんも、今になってシリアスな表情だ。
「うまく……行きますよね?」
「たぶんね。『デモンズボード』は一回クリアしたし、大好きなゲーム実況者のRTAも見たからね」
「は、はァ……」
通じると思っていない会話をしつつ。
近づくにつれ、むしろその全貌が掴めなくなってきた、天を衝く巨城を見上げる。
「しかし、――すごいなこれ。誰が建てたんだ」
「……大昔、色んな種族が集まって、協力して作ったんだとか。その頃には、悪魔も人間も、みんな仲良しだったんだそうです。でもある日、誰が玉座に座るか、って話になって……」
「争いになった、と」
「はい。少なくとも、俺はそう聞いてます」
あのゲーム、そんな設定あったんだ、と、へんに納得する。
城の周辺には、幅だけで軽く100メートルはある深い堀が造られていて、城にはそこから石橋を渡って進む格好だ。
ふと、狂太郎が堀の中を覗き込むと、水面から顔を出している半魚人めいた魔物と目が合って、ぞっと背筋が寒くなる。
「……もうちょっと幸せな世界観だったら、のんびり進んでも良かったんだが(※24)」
二人が城門前に到着すると、明らかに人間用ではない鉄の扉に行き当たった。
辺りを探るが、鍵穴めいたものも、扉を開ける仕掛けめいたものもない。
試しにギンパツくんが扉を叩いてみるが、うんともすんとも言わなかった。
「ありゃ? これ、どーしましょ? こっからは入れないっぽいっすね」
恐らくだが、中からでないと開かない仕掛けになっているのだろう。
「では、引き返すしかないな」
「マジすか。……でも、他に侵入経路なんて……」
と、先ほど狂太郎が覗き見たお堀を覗き込む。
「あんな化け物がいる水場なんて、泳いで行けっこない」
「いやあ、まるで想像も付かなかったよ。……まさか敵が普通に戸締まりするなんてな。どうして思いつかなかったんだろう」
「冗談言ってる場合じゃありませんって。あそこを抜けるなら、本格的な攻城兵器が必要になる」
二人、来た道をおずおずと引き返す羽目に。
「とりあえず、いまは拠点に戻って、みんなと相談しましょう。簡単な攻城兵器なら、なんとか作れるかも」
「それではダメだ。時間が掛かりすぎる」
「じゃあ、どうするんですか」
「安心しろ。最短で侵入するための策がある」
するとギンパツくん、むしろ哀しげな嘆息を漏らした。
「最短、最短って。
そういう少年はなんとなく、ゲームキャラ全般のセリフを代弁しているかのようだ。
狂太郎は苦く笑って、
「そんなんじゃない。だが、ぼくには早く戻らねばならない契約があるんだ」
「けいやく?」
「うむ。遙かなる未来世界からやってきたネコ型ゴーレムの活躍絵巻が記録された一枚のディスクを、今日中に指定の場所に納めなければならない」
「はあ……」
「もしそれが出来なかったら、――エンタイリョーキンという代償を払う必要があるのだ。もしそうなった場合、友人に土下座してでも金を借りる必要が出てくる。それは避けたい」
「エンタイリョー……ですか」
「ディスクの名は、『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』と言ってね。賛否ある内容だが、ぼくはずっとリメイクを心待ちにしているんだよ」
「どら……?」
などと、益体もない会話をしていると、
「……ん。あれ?」
先ほどの水場に、一人の少女が立っていることに気付く。
少女は水場の隣で薪を作っていて、遠目にも目立つようにしていた。
「あ、”伝道者”ちゃん!」
ギンパツくんは、嬉しそうに彼女に手を振る。”伝道者”もそれに応えた。
「うわ、マジか! どうしたんだ、こんなところまで……!」
「私、転移魔法は得意ですので。ちょっぴりショートカットして、ここまで来たんです」
「へえ! 勇気があるんだなあ!」
「魔物は、お二人がみんなやっつけてくれましたので。簡単ですよ」
そのセリフに、狂太郎は思わず苦笑した。
――簡単なはずがない。だいたいこの娘、迷路みたいな”庭園”ステージの正しいルートを、どうやって見つけ出したというのだ。
これは、『デモンズボード』を最初に遊んだときも思ったツッコミどころである。
「さあさあ! ポーションをたんまり持ってきましたよ。それに、綺麗なお水も! ここでひとまず、ご休憩ください!」
「わあ! ありがとう!」
そうして青年は、疑いもせずに革製の水筒を受け取った。
狂太郎も同じものを受け取って、――ちょっぴりその匂いを嗅ぐ。
特別、妙なものが混入されている匂いはしない。
「生水とか、お腹壊しそうだなあ」
と、小さく文句を言いながらそれを口に含む……ふりをする。
むろん、実際には飲まない。狂太郎が先ほど言った”策”とは、この展開のことだ。
「あれれ……ほにゃ」
などと呟きつつ、ギンパツくんが足元から崩れ落ちる。
狂太郎はその動きを参考に、似たような感じでぶっ倒れた。
「ふふふ。うふふふふふ……しびれ薬が効いてきたようですね……」
そんな二人を見て、”伝道者”は妖しい笑みを浮かべる。
「やったー! 作戦通り!」
そして、プレイ時間長めのボードゲームに勝ったくらいのテンションで、ぴょんと跳ねた。
「……え? あれ……? でんどうしゃちゃん……、これ、どういう……?」
「どうもこうもないですよ! ――お二人とも、どうやらぜんぜんお気づきになられなかったようですね。……そう。私が! 他ならぬこの、私が!
「……なっ!?」
深刻な表情で目を剥くギンパツくん。
狂太郎としては、面倒くさい演技を彼が代弁してくれているので、ずいぶんと助かっている。
「ほんっとうに……人間って馬鹿ばっかり! 傑作ですねえ! 特にあなたたち六人ほど救いようがないクズどもはいないわ! ――これまで、数多の英雄が”城下街”すら進めなかった理由、わからないかなー? そう! 私が! この私が、あなたたちの”セーブ”を書き換えてきたから!」
その豹変ぶりを見て、狂太郎はぼんやり、こう思っていたという。
――かわいいなァ……(※25)。
と。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※24)
などと言っているが、この後、狂太郎は別の世界に転移した時も可能な限り早く攻略している。
(※25)
筆者には理解できない仲道狂太郎の性癖として、二面性のある女性が好きだ、というものが挙げられる。
ドSっぽい見た目のくせに、案外根っこのところはマゾヒストなのかもしれない。
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