12話 ヒットポイント

 RPGなどで遊んでいると、”HPヒットポイント”という概念について疑問に思うことがある。

 HPというのは要するに、そのゲームのキャラクターの生命力を数値化したものだ。0になるとそのキャラクターは「死亡」する。「死亡」したキャラは行動不能となり、多くの場合、ゲームオーバーの一因となる。


 しかし、そうなると少々、不可解な点があった。


 HPが生命力をそのまま表現しているのであれば、例えば「HP1」という状態はそのまま「瀕死である」という意味になる。

 そのような状況下において、十分に身体能力を発揮できるとは考えにくい。


 一方で、このような考え方もある。


 HPというのはその者の体力を示すのではなく「攻撃を回避できる回数」なのではないか、と。

 ゲームのキャラクターは敵の攻撃を、これまで魔物と戦った経験を糧にして回避する。しかしHPが0になった瞬間、気力を使い果たして致命傷を受けてしまう、という考え方だ。


「この感じだと、後者が正しいのかも知れんな。……この世界の人間、それほど頑丈なイメージがないし」


 背中にて、虫の息になっている”ゲーム世界の住人”を感じつつ。


――その場合、もうダメかもしれないな。


 とはいえ、速度を緩めるつもりはない。最善を尽くさなければ。

 先ほどギンパツくんに宣言した通り、”庭園”ステージから走り出し、五分後には最初の集落、――巡礼者たちの休憩所に到着した。


 休憩所では、特にやることもなさそうな数人の巡礼者たちがぼんやりしていて、


「お、おおおお!?」


 瞬きする間もなく現れた狂太郎とギンパツくんに、皆一様に目を白黒させる。


「なんだなんだ!? いったい?」


 中でも、もっとも驚いた声を上げたのは、ギンパツくんのご主人様。――四角い肩当が特徴的な、ガンダム(仮名)だ。


「お、おい……おまえ、……どーした、その、怪我……ッ」

「ポーションをくれ」


 狂太郎はとりあえず要求を口にした。

 この状況で、――それ以上に話す必要はないと思えたためだ。


「ふざけんなっ! とりあえず状況を説明しろよ!」

「いいから、ポーションをくれるのか、くれないのか、どっちなんだ」


 すると、とんがり帽子を被った魔法使い風の巡礼者が、素早く懐からオロナミンCくらいの容量の小瓶を取り出し、


「これ、使いなさい」


 と、それの中身を、惜しげもなくギンパツくんの口に流し込んだ。


「うっ……ぐっ、…………ぐっ、ぐっ、ぐ……」


 青年は、ほとんど生存本能に任せて”ポーション”を飲む。

 少なくとも、嚥下する気力は残っていたらしい。


「良かった。気を失っていたら、助からないところだった」

「……これで、怪我は治るのか?」

「当然だ。すぐに良くなる」

「そうか。どれくらいかかる?」

「もう効き始めるよ。……君、ポーションも知らんのか?」

「田舎の出身でね」


 言いながら、ほっと安堵する。良かった。前者であってくれたか。

 確かに、ギンパツくんの腕、――炭化していた腕の下から新たな皮膚が作られているのがわかる。ぽろぽろと古い表皮が剥がれ落ち、怪我は数秒もせずに回復していく。


「この世界、外科医いらずだな」


 狂太郎が感心していると、不意にその胸元がむんずと掴まれた。

 見上げるような偉丈夫。ガンダムだ。


「おい。――説明を、しろよ」


 押し殺した怒声からは、はっきりと殺意を感じられる。

 狂太郎は、サラリーマン時代に巻き込まれた衝突事故をぼんやりと思い出していた。ならず者に胸ぐらを掴まれたのは、その時以来である。


――日本にいるトラックの運ちゃんの方がよっぽど迫力あるな。


 というのが、その時の率直な感想。

 とはいえ冷静に考えて、法律に縛られてない分、この男の方がよっぽど怖い。


「落ち着け。庭園エリアの瘴気の除去を手伝ってもらっただけだ。本人も納得済みのことだ」

「俺が納得してねえだろうがっ」

「きみの納得が必要だとは知らなかった」

「俺はあいつの飼い主だぞ! 当然のことだろうが」

「飼い主」


 そのインモラルな響きに、思わずオウム返しになる。

 とはいえそういうものか、と納得できなくもなかった。彼は奴隷だという話だし。


「すまなかったな。とはいえこれで、……」


 先に進めるぞ。

 そう続く言葉は、間近に迫った単純な暴力に中断する。

 鋼鉄のガントレットによる、文字通りの鉄拳が目の前に迫っていた。


――あ、まずい。


 反射的に、そう思う。

 スキルの起動は、間に合わない。

 となるとこの場合、下手すると即死するかもしれない。


 突如暴力に晒された現代人の多くがそうするように、狂太郎は思わず目をつぶって身構えた。

 ……だが、予想されたダメージは、いつまで経っても訪れない。


「なッ……!? おい、離せ!」

「やめろ! ガンダムこのやろー! この人を傷つけるな!」

「がんだむ……? 何言ってやがる、お前」


 見ると、大男の腕にしがみつくようにして、ギンパツくんが盾となってくれている。ガンダムは飼い猫に引っ掻かれたような表情になって、


「俺は、――俺は、お前のためを思って……」

「この人は、この人だけが、世界を救えるんだ! お前に同じことができるかっ。できないだろっ。だったら、救世主メシアさまの人の邪魔をするな!」

「め、め、めしあ?」


 同時に、狂太郎も顔をしかめる。二人っきりの時だけ許したつもりのあだ名を、公衆の面前で晒された気分だ。


「お、お、おまえ、そんなにあいつが良いのか……?」

「おうよ。どーせあんたに着いていったって、世界が滅ぶのを待つだけなんだ。だったら俺は、救世主メシアさまにつく」

「しかし俺たち、ここまでずっと一緒だったじゃないか」

「知ったことかよ……ッ」

「でも俺、お前がいないと、洗濯だってできねえ」

「勝手にしろ! っていうか、自分で憶えろ!」

「お、お、お、お前、俺に一人きりで寝ろっていうのか」

「黙れ」


 二人の会話は、どこか痴話喧嘩じみた雰囲気を帯びつつある。


――おや? 二人はホモなのかな?(※21)


 などと思いつつ。



 いずれにせよ、一件落着。

 あとは”庭園”ステージのボスを始末して、”城”ステージへと進むだけ。

 ”庭園”ステージのボスも攻略法は確立されているので、大した苦労もなく進むことができるだろう。


 となると、次の課題はいよいよ、ラスボス戦だ。


 悪魔ディアブロ

 体長十メートルほどの知性ある化け物。

 ゴリラのような筋肉。

 鋼鉄よりも硬い赤い鱗。

 山羊を思わせる捻れた角。

 そして、針のように鋭い爪を持つ。


 とてもではないが、人間の手に負える敵ではない。

 ずっと放置してきた宿題を突きつけられた気分で、狂太郎はウムムと腕を組む。


――あんたはこの世界を救わなければならない。


 この世界に来たとき、天使からそう命令された。

 この、”世界を救う”ということが何を指すかは良くわかっていない。

 できれば話し合いで平和的に解決できれば一番良いのだが、きっとそううまくはいくまい。


 狂太郎は深く嘆息し、とりあえず”伝道者”の寝所へ向かう。


 不思議なのは、彼女の姿がどこにもないこと。

 彼女なら、騒ぎを聞きつけて真っ先に飛び出してきそうなものだが。


「………………ふむ」


 仲道狂太郎は渋い表情を作って、『デモンズボード』の記憶を掘り返す。


「確かセーブは、彼女の寝所で行うんだったな」


 念のため。

 念のため、今回の冒険を記録しておこう。


 さっきみたいに、不意の暴力で致命傷を負う可能性もゼロではない。


 もしそうなった後、この世界の住人の独力でも、悪魔ディアブロを殺せるように。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※21)

 あるいは、もう一つ可能性がある。

 ギンパツくんが、ボーイッシュな女の子だったという可能性だ。筆者的にはこの説を推したい。

 とはいえ、狂太郎視点でのギンパツくんは最後まで”彼”であったので、本稿でもそれに習わせていただく。

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