11話 最後の関門
その後の二つの狙撃は、特筆すべきことはなく。
大したトラブルも起こらず、スマートに攻略することができたという。
そして二人はいよいよ最後の関門、――迷路のように木々が入り組んだ瘴気地帯へと歩を進めた。
神、あるいは『デモンズボード』のゲームデザイナーによって生み出された奇抜なデザインの樹木は、それぞれ死者の怨念でも宿っているかのような、そんな不吉な形をしている。
狂太郎はそのうちの一つに身を隠して、この先の攻略手順を語った。
先ほど手に入れた庭師の手記の裏に簡易的な地図を書き込み、懐から取り出した御札の束を、彼に押しつける。
「ここから先はこの、”解毒符”を額に張り付けて進むんだ」
「は、はあ……」
”解毒符”の裏側は糊付けされており、狂太郎はそれをギンパツくんの額にぺったり張り付ける。
――キョンシーみたいだな。
と、ちょっぴり思いつつ。
「この御札が黒く染まったら危険なサインだ。そのたびに新しいのと取り替えなさい。そうすれば瘴気を吸い込まずにすむ。後は敵の目を避けながら、先ほどと同じように油瓶の矢を一発、”火炎符”を一発。瘴気が晴れたら、即座にぼくが助けに出る。OK?」
「お、おーけーっす。……でも、その前に」
「なんだ?」
ギンパツくん、ごくりと生唾を飲んだ後、
「ちょっぴり自分語り、いいすか」
どうやら、遺言のつもりらしい。
その後ギンパツくんは、ほとんど独り言のように、身の上話を語ったという。
のちに狂太郎が「この時の無駄話が、最も大きなロスだった」と語った内容(※18)だが、――一応、以下にその内容を記録しておく。
「実は俺、奴隷身分なんです」
「貧乏人にありがちな、ガキを奉公人に出すやつでね」
「金貨15枚で奉公に、ってやつ」
「
「だから、はした金で俺を捨てた家族になんて、何の思い入れもないっす。奉公に出た家だって、奴隷を家畜扱いするやつばっかりでした」
「俺、誰一人、大切な人なんていなかった」
「故郷の連中が魔物にぶっ殺されたって、『あっそう? ふーん』ってなもん」
「だからさっき、
「歴史に名を残すとか、そーいうのだってぶっちゃけ、どうでもいいんす」
「俺はただ、俺自身が幸せに暮らせれば……それでいい」
「そこまで考えて、はっとしました」
「この場所に、……ずーっといたところで、結局、幸せにゃなれっこないって」
「一生あの、ガンダム野郎にこき使われて、そのうち捨てられちまうって。わかってたんだ」
「ガンダムのやつ、自分のこと、物語の主人公かなんかだと思ってやがる」
「でも、そうじゃない。俺みたいな虫けらでも、逆転のチャンスはある」
「『あの時、ああすりゃ良かった』なんて後悔は、人生の毒っす」
「だから俺、やります。命、かけます」
「って訳なんで、よろしくお願いします」
「あ、そうそう」
「もし俺が、虫けらみたいにくたばったら、故郷にいる妹に、遺品を渡してやってくれませんか」
「休憩所の俺の部屋に、これまでコツコツためこんだ財産があるんで」
「えーっと……他に何かあったかな」
「あ、そうそう。一人だけ、俺に優しくしてくれた人がいて。ガンダム(笑)の実家の近くにね、がらくた売りのおっちゃんがいて。そいつだけには俺のこと、伝えて欲しいっす」
「たぶん、あの人くらいはきっと、泣いてくれると思うんで。……ほんと、親切な野郎なんです」
「俺が言いたかったのは、そんくらいっす。よろしく」
――”大切な人なんていない”というわりに、妹と友だちがいるじゃないか。
苦笑しつつ、
「よし。では行ってきなさい」
「うす」
その頃には、ギンパツくんは良くも悪くも、覚悟を決めた者の顔になっていた。
「無理」を連発していた彼と同一人物とはとても思えない。
恐らくは三度の成功体験が、彼に強い自信を植え付けたのだろう。
――『勝つことばかり知りて負くるを知らざれば、害その身に至る』と語ったのは徳川家康だったか。
とはいえ、今回の場合はそれで十分。
心折れた者には時に、空元気も必要だ。
三分の一、くらい。
それがその時、狂太郎が考えていた、おおよその生還率だった。
これでも確率は高く見積もった方である。
何せ青年は、見たところかなりすばしっこい。
まともにやり合ってどうにかなるレベルではない魔物の群れを相手するならば、隠密作戦しかなかった。
「……がんばれ」
経年劣化によりぼろぼろになった細い煉瓦道を一人、ギンパツくんは慎重な足取りで進んでいく。
長らく手入れされていない庭木に紛れ、彼の姿はすぐに見えなくなった。
狂太郎は庭草に身を隠しつつ、じっと瘴気が晴れるのを待つ。
待ち時間はたっぷり、二、三十分ほどだろうか。
――やはり無理だったか?
そう思い始めた頃。
ごう! と、火が曇り空を照らし、
『ギ、エ、エ、エ、エ、エ、エ、エ、エ、エ、エ…………』
という、魔物の断末魔が辺りに響き渡る。
「やったか!」
狂太郎も思わず嬉しくなって、瘴気が晴れるのを待つ。
通常、この手の澱んだ空気が晴れるまで時間が掛かるものだろうが、この世界の瘴気は、たった数秒で嘘のように消滅する。ゲームのテンポを阻害しないためだ。
狂太郎はすでに加速を始めており、――ほとんどフライングと言って良いタイミングで瘴気エリアに突っ込んだ。
彼はあまり、第六感を気にするタイプの人間ではない。
だが、その時ばかりは強烈に嫌な予感がしていた。
――あの頼りない若者が、何の代償も払わずにうまくやるはずはない。
という、ほとんど信頼にも似た焦りだ。
勘働きは、……そういう時に限って当たるもの。
「ふう………ふう、ふう……ふう」
焦りのあまり、息切れを起こす。
バタバタと死に絶えていく魔物たちを横目に、指定した狙撃ポイントを目指した。
だが、――驚くべきことに、そこには誰の姿もない。
代わりに、先ほど渡したクロスボウが放置されている。
狂太郎はそれを拾い上げて、
「なるほど。故障したのか」
これは、ゲームにはない仕様だ。
だが、考えてみれば無理もない。長らく廃墟に放置されていたボウガンが長持ちするはずがないのだ。
「と、なると……」
ギンパツくんの行動を予測するのは容易い。
恐らく、直接あの花の魔物に、油壺と”火炎符”を使いに行ったに違いあるまい。
――なんと無謀な。
早足で狂太郎がそちらに向かうと、予想通りだった。
銀髪の青年が、胎児のように丸まった格好で横になっているのが見える。
狂太郎は加速を解除し、
「おい、大丈夫か」
努めて冷徹な口調で訊ねた。
大丈夫なはずはない。何せ彼の左腕の肘ほどまでが、火を受けて黒く炭化してしまっている。
”解毒符”が真っ黒に染まっているところを見ると、瘴気を吸い込んだ可能性もあった。
「うう……」
青年は、うめくのがやっと、という感じで顔をしかめて、
「
狂太郎は深く嘆息する。
「それは無理だ。約束は果たせない。ぼくはこれを済ませた後、できるだけ早く故郷に戻るつもりだからな」
「そんなぁ」
やや乱暴に彼を背中に乗せて、
「情けない声を出すな。五分だけで良いから、気力でもたせろ」
「………………」
もはや、返事すらできなくなった青年を背に乗せて、――狂太郎は覚悟を固めた。
そして、普段の彼を思えば、かなり例外的な行動をとる。
走ったのだ。一生懸命に。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※18)
そう言うわりにはちゃんと内容を憶えていたので、狂太郎も案外ツンデレなところがある。
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