9話 ギンパツくん
狂太郎が再び城門前に到着したのは、それから数分もかからなかった。
”伝道者”を背に乗せていた時と比べ、かなりスピードを出した形である。
彼も世界各地から集められた勇者の一人なのだから、多少急いでも大丈夫だろうという判断だ。
……にも関わらず、
「うへえ……っ、うげ……、げほ、げほ………! ううう………」
小柄な青年はいま、先ほど”闇の騎士”が死んだ辺りで反吐をぶちまけている。
「こんな……こんな……あっちこっち死体だらけで……」
狂太郎はそんな彼の銀髪をしばし眺めて、――”ギンパツくん”とあだ名することにした。
「なんすか……なんすかなんすかぁ!? お、俺が何したっていうんすかあ!?」
「別に、何もしてないよ。ただ、相棒には君がふさわしい」
理由は、説明しなかった。ただ「小さくて運びやすそうだったから」では、無意味に彼の自尊心を傷つけるだけだと思ったためである。
「そ、そう言われましても……俺、戦いの心得なんて……」
「ないのか? 巡礼者はみんな、どこか遠方の国から派遣されてきた英雄なんだろう?」
「あのその、だから俺、従者なんです、ただの。あの、さっき貴方と話してた大柄で……肩が四角い甲冑の、」
「あああの、ガンダムみたいな鎧のやつか」
「ええ。――ガンダム?」
ギンパツくんは少し首を傾げたが、やがて考えても仕方がないことに気付いたらしく、
「……まあ、とにかく、その人のお付きなんです。洗濯とか火起こし、荷物持ちくらいならできますが、――それ以上のことは」
狂太郎は眉間を揉んで、
「うーん。……しかしそれでも、ぼくよりは適任のハズだ」
「そんな馬鹿な。あんたみたいに、特別な力を持ってる人が……」
「特別な力などではない。ただ、きみらと同じように魔法をつかうのさ」
「で、でも、あんな強力な魔法なんて……」
「ぼくの故郷はかなりの辺境でね。しかもぼく自身、酷く軟弱な体質と来ている。だからきみのように、健康な者の手が必要なのだ」
「そ、そうだったんですか……」
口からデマカセだったが、青年はあっさりと納得する。
どうやら彼、あまり人を疑わないタチらしい。
「いやでも、どっちにしろ無理っす。無理無理無理っ」
「そうか」
狂太郎は苦い表情で這いつくばるギンパツくんをひょいっと持ち上げて、
「えっと、あのその、……帰してくれるんです、よね?」
「いや、ダメだ。このまま進む」
「そんな馬鹿な」
「実を言うとぼくは、君が虫けらのように死のうがどうでもいいんだ。さっさと仕事を終わらせて帰りたいからな」
「うへええええええ……」
なお、筆者である私から一言付け加えさせてもらうが、狂太郎は決して、人命を尊重しないタイプではない。
ただ、彼には彼なりのルールがあるらしく、状況によっては他者の、――あるいは自分自身の――命を軽視する時がある。その者が停滞することによる被害が、人命一ツ分を上回る場合だ。
狂太郎は再び、彼を小脇に抱えるような格好(※15)で庭園ステージへと進んでいった。
「では、このまま解説する。――庭園ステージをもっとも安全なルートで進んだ場合、合計で四箇所の”瘴気”が満ちたエリアにぶつかることになる。そのうち三箇所は大きな問題がない。”瘴気”の根源にいるのは、ラフレシアを十倍くらいに巨大化させた魔物でな。そいつを遠距離から狙撃すれば、安全に進むことができる」
青年は、不完全な体勢ながらもちゃんと話を聞いていたらしく、
「……でも、どうやって狙撃するつもりです?」
「道中でクロスボウを拾えばいい。それに油瓶を取り付けて一撃、そして火の術がかけられた御札を巻いて、もう一撃。これで簡単に仕留められる」
「でもそんな、都合良くアイテムが手に入るわけが、――」
「そこは安心してくれていいよ。どこで何が手に入るかはだいたい、頭に入ってるからね」
「そんな。どうやって」
「不思議な魔法パワーだ」
狂太郎の断定的な口調に、ギンパツくんは徐々に、目が覚めるような表情になる。
大方、「得体の知れない人」から、「得体は知れないが頼りになる人」にクラスチェンジした、というところだろうか。
「良くわかんないっすけどそれじゃあ、途中までは簡単なんすね」
「うん。……ただ、問題は最後の”瘴気”エリアだ。ここはどうやっても狙撃できる箇所はないから、きみ自身の手で魔物を殺す必要がある」
「は、はあ」
「やり方は単純だ。解毒の術を使いながら瘴気の中を進み、魔物を見つけたらさっきの行程を繰り返す。以上」
「……解毒の術を使いながら、魔物を燃やす……そして、戻る。それだけ?」
「ああ」
ギンパツくんは復唱し、「……できますかね?」と訊ねる。
「わからない。きみ次第だ」
「そ、そんなぁ……」
「だが、もしできなくとも名は残る。人類のために戦った男がいた、と。弱くとも勇気を示した男がいた、と。それはたぶん、無意味に朽ちていくよりよほど価値のあることだ」
「残り……ますかね? おれの名前」
「それだけは確約しよう。――ぼくの友人は物語を書くからな(※16)」
「はあ……」
青年は、胡乱な返事をする。
話し終え、《すばやさ》を起動しつつ、狂太郎は自身を加速し始めた。
鬱蒼と生い茂る暗緑色の葉に隠されて、蒸気が噴き出すような音がここからでもうっすらと聞こえている。
いつしか空は、どんよりと灰色に曇っていた。
木々の間から吹き抜けてくる風はずいぶんと湿っていて、肌に張り付くよう。
狂太郎は、糸のように細い記憶を頼りに、木々の根にびっしりと浸食された地面を慎重に進んでいく。
身体が軽く感じられる関係か、先ほどのように肉体的な疲労を感じることはあまりない。
だが、少し不快感が、ある。
それは、人気のない山奥に感じる、根源的な恐怖であった。
――ゲームだったら時は何も感じなかったが、嗅覚と触覚が加わるだけでこうも不気味か。
苦い表情を作りつつ、それでも狂太郎は足を止めない。
もはや
――まず、最初の瘴気ポイント付近でわかりやすく斃れた兵士の死骸から、クロスボウを手に入れる。
――とりあえずギンパツくんとクロスボウを、そこにいったん放置。
――次に、少し東に向かったところにある小さな廃屋へ。
――ここはかつて庭師だった男の仕事部屋だ。そこには地下への隠し部屋がある。
――隠し部屋に向かうと、あと一歩のところで仲間の裏切りに気づけなかった後悔が綴られた手記、そして数多の”火炎符”と”解毒符”が見つかるだろう。
――庭師の手記をヒントに、油瓶が隠された酒庫を目指す。
――酒庫の在処は、”庭園”南東部だ。
――ここで必要なものが揃うので、最後に最初の瘴気ポイントへ向かう。
――ギンパツくんを再度ピックアップ。
……と。
自分の脳の記憶容量がいかに無駄なことに使われていたかを思い知りながら、狂太郎は《すばやさ》を解除する。
「…………………! ………………ッ」
彼は、餌を求める鯉のように口をぱくぱくと開け閉めして、
「えっ……も、もう全部、準備は終わったんですか?」
「ああ」
「嘘でしょ」
彼の視点では全てが、たった十数秒の出来事に見えたことだろう。
「今回はさすがに、少し急いだ。待たせている間、きみに何かあったらことだからな」
「待つって……いや、そんなに待った記憶がないんですけど」
「この辺の魔物なら、一分あればきみを十度は殺せる」
「――ヒエッ」
ギンパツくんは顔色を蒼くして、さっと周囲を見る。
むろん、周囲に敵影はない。そういう場所でしか狂太郎は休憩をとらないことにしている。
「ちなみに、悪いんだがこのことは仲間には内緒にしてくれ」
「えっ、なんで? こんなにスゴい力……」
「スゴいからこそ、秘密にしておきたいんだ」
「その必要、ありますかねぇ?」
「無論、ある。変に仲間に頼られると、ぼくの負担が増えかねない。……日頃の運動量から考えると、ぼくはもう、風呂に入ってさっさと布団に潜り込んでいるころなんだよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※15)
ギンパツくんの体重は、先ほど抱えた”伝道者”とそう変わらないらしい。
どうやらこの世界の人間は、全体的に軽いものようだ。
(※16)
狂太郎がこの時、どういう気持ちでこのような台詞を吐いたかは知らないが、これは真っ赤な嘘である。
彼はギンパツくんの本名を、最後まで知らなかったためだ。
本人曰く「つい、ウッカリしていた」とのこと。
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