8話 六人の巡礼者

 拠点に戻ると、”伝道者”がそういう形の彫像のように土下座をしているところに出くわした。


「あの……」


 声をかけると、


「たいっへん! もうしわけありませんでしたあああああああああああああああ!」


 スイッチが入ったように、お詫びの言葉を叫ぶ。


「なぜかなぜか、転移魔法に失敗しちゃったみたいで……わ、わ、悪気はなかったんですぅ……! これまじ! ごめんなさい……!」


 見ると、「なんだなんだ」とその他の巡礼者が顔を覗かせてきている。

 狂太郎は気まずいものを感じつつ、


「いや、いいんだ。走って戻っても大して時間はかからなかったし」

「で、でもぉ……」


 顔を上げた彼女は、さっき鐘の音を聞いた時よりも涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 無理もない。この期に及んで、狂太郎の機嫌を損ねるようなことがあってはいけないと思っているのだろう。


「それにもう一つ、面白いことに気づけた。城下街ステージの魔物たちが、すっかり士気を喪っているようなのだ」

「そ、それは……”闇の騎士”が死んだから、では(※13)?」

「そうかもしれないな」


 ゲームにおける魔物たちは、決められた行動を機械的に繰り返すだけの存在だったため、狂太郎にはこれが少し意外だった。


「ぼくはずっと、悪魔ディアブロ側のキャラはほとんど、知能のようなものが存在しないと思っていた」


 すると”伝道者”は顔を少ししかめて、


「生きとし生けるものであれば、知性は宿るものです」

「ふむ」


 眉を上げて、少女の顔を覗き込む。

 ”伝道者”は少し気まずそうに視線を逸らす。


「いやまあ、――魔物に肩入れするわけではありませんけど」

「ふーん。そうかね」


 話題の変え時だな。

 狂太郎はそう思って、


「ところで、君には仕事がある。……記憶力には自信があるんだったね?」

「え、は、はい!」

「では、ぼくの代わりにセーブをお願いしたい。ぼくが進んだのは、もっとも安全に城門までたどり着けるルートだ。十分、他の巡礼者たちの助けになるだろうし」

「あ、そっか。……りょ、了解です!」


 頼んだよ、と、嘆息混じりに言って、


「それと、――次のステージの同行者なんだが」

「はい?」

「確認するが、さっき、ここにいる者は、六人だと言ったな」

「ええ……」


 そこで、”伝道者”は少し、視線を後ろに向けた。先ほど「巡礼者さまたちの休憩場所です!」と紹介した、少し大きめの平屋だ。 

 建物からはすでに、騒ぎを聞きつけた六人が、ぞろぞろと姿を現しつつある。


 ちなみに皆、狂太郎には見覚えのないキャラクターである。

 それもそのはず、『デモンズボード』に登場する人物は、”主人公”を除けば”伝道者”しか存在しない。

 彼らのような仲間キャラクターは本来、存在していないはずなのだ。


「おい、あんた」


 声をかけてきたのはその中の一人。身長190センチほどの大柄な男である。

 なんだか妙に角張った鎧を身に纏ったその男を見て、狂太郎はちょっぴり「ガンダムに似てるな」と思う。


「まさかとは思うが、――鐘を鳴らしたのは、あんたかい」

「そうだよ」

「なんと」


 男は目を丸くして、


「あの、山ほどいる魔物たちを打ち倒したのか?」

「いや。倒してはいない。こっそりやった」

「そうか。……俺の苦手なやり方だな」


 そういう彼の口調は、どこか自虐的だ。


「ところで、今から城門先にあるエリアを攻略したい。――諸君らの間で、犠牲になる覚悟がある者はいるかい」


 狂太郎は誤魔化さずにはっきりと「犠牲になる」と言った。十中八九、同行者は生きて帰れないであろうという確信があったためだ。


「犠牲……?」

「ああ。城門の先は、瘴気に満ちた庭園になっていた。我々はその中を進む必要があるんだ」

「馬鹿なッ」


 大柄な男が、両手を抱えるようにして震える。


「そんなの、ただ死にに行くようなものじゃないか」

「と、言うほど難解ではない。本当に危険なのは一箇所くらいで、そこを除けば、安全なルートを進むことが出来る」

「”本当に危険”なのが一箇所だろうが百箇所だろうが、一緒じゃないか。……そいつが死ぬっていう事実に」


 まあ、そう思うのが普通か。

 とはいえ、この地を訪れた巡礼者たちは、人類を救うために世界各地からやってきた英雄のはず。

 きっと一人くらいは手を挙げる者がいるだろう。そう思っていたのだが……。


 顔を出した六名の巡礼者たちは皆、狂太郎から目を逸らすだけだった。

 無理もない。後々狂太郎が知ったところによると、ここに残っている巡礼者たちは皆、”心折れたもの”――要するに、城の攻略をほとんど諦めきった連中であったためだ。


「どうした? ぼくと共に悪魔ディアブロに立ち向かおうという者はいないのか」


 できれば、候補の中から優秀そうな者を選ぼうと思っていた狂太郎には、これが少々、意外だった。


「おい。きみら、何のためにここに来たんだ。歴史に名を残すため、はるばるあの霧を超えてやってきたんじゃないのか? こんなところで足踏みしてどうする」

「そりゃ……そうだけどさ」


 ガンダムっぽいのとは別の男が、もごもごと口を開いた。こっちの男は、鎧すら身に纏っていない。なんだか浴衣みたいな格好で、いまさっき起きてきたばかり、という雰囲気だ。この感じを見るに、武器を捨てて長いことが窺える。


「今でも祖国では、魔物たちが暴れ回っているのだろう?」


 これには狂太郎も、少し腹を立てた。ただでさえ凶相と言って良い顔の彫りが、一層深くなる。


「君らがここに一秒留まるごとに、君らの同胞や家族の命が縮まっていくのだぞ。それでもいいのかい」


 返答は、なかった。

 義務と自己保身を天秤にかけたとして、後者を優先してはならないという法はない。

 だが、英雄的行動とは常に、自己保身とは真逆のところに存在する。

 だからこそ人々は、英雄を尊崇する。かくありたいと願う。

 思うに彼らはもう、……英雄の資格を失って久しいらしい。


――しかし、参ったな。


 このままでは、単身で庭園ステージを攻略する羽目になる。

 それは正直、かなりリスクの高い行動だった。ただでさえ、この世界の毒物が狂太郎の身体に与える影響がわからない。先ほどの魔法のように無効化される可能性もあるが、さすがに自分の身体で実験してみる気にはなれなかった(※14)。


 ちらりと”伝道者”を見るが、彼女は一人、気まずそうにしているだけ。


 狂太郎は少し嘆息して、現れた巡礼者たちの顔を順番に眺めていった。


 ガンダムみたいな鎧の男。

 浴衣みたいな格好の男。

 革の鎧を身に纏った、身軽そうな女。

 矢を携えた、ゴリラっぽい肩幅の女騎士。

 とんがり帽子を被った、魔法使い風の男。

 そして、――身長150センチほどの、小柄な銀髪の青年。


「ふむ……」


 狂太郎は少しだけ迷って、革の鎧の女と銀髪の青年の間で悩む。

 そして結局、――


「うーん。それじゃ、君に決めた」


 青年を選んだ。

 理由は単純。六人の中ではもっとも華奢で、身体が軽そうだったためだ。


「おめでとう。うまくすれば君、城の玉座に座れるぞ」

「……えっ、お、俺ぇ?」


 彼は、まさか自分が声をかけられるとは露ほども思っていなかったらしく、目を丸くしている。


「で、で、ででで、でも……」

「すまん。拒否権はないんだ」


 言って、スキルを発動。

 ぽかーんとした表情のままの青年を小脇に抱えて、すたすたと拠点を後にしていく。


「う、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え!?」


 低音ボイスの悲鳴が、傍らから聞こえていた。

 無論、構ってはいられない。


 その時の狂太郎は、こんなことを考えていた。

 この世界に来てから、一時間半ほど。


――あと二、三時間ほどで戻れば、夕食に間に合うな。


 と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※13)

 あるいは”闇の騎士”は、魔物たちの指揮官に当たる存在だったのかもしれない。

 狂太郎は結局、この世界の魔物の知能指数がどの程度のものだったかを検証しなかったため、未だに不明ではあるが。


(※14)

 なお、しばらく後にあの”天使”に確認を取ったところ、「毒の瘴気? 普通に吸い込んだだけで死ぬと思うけど?」とのこと。

 この件に関しては、狂太郎の慎重さが功を奏した形である。

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