7話 瞬殺

 格子戸を開けた先では、2メートルほどの巨体を隙間なく黒銀で覆った騎士が、城門前で静かに控えていた。

 侵入者に気付いた騎士は、フルフェイスの兜の奥から光る妖しげな眼光を輝かせて、ゆっくりと立ち上がる。


「………………」


 狂太郎が少しだけ後方確認すると、不安そうな表情の”伝道者”がこちらを覗き見ていた。彼女には念のため、安全なところに隠れてもらっている。

 かつて人類軍が悪魔に対抗するために創られたというその巨大な城門は、いまや魔物たちが護る強固な壁となって立ちはだかっていた。


「やあ、おつかれさん」


 狂太郎が声をかけると、”闇の騎士”は無言のまま、身の丈ほどもある両手剣を構える。

 剣には複雑な紋様めいたものが彫られており、恐らくだが何か、闇の魔法パワー的なスゴイ何かの補助を受けている設定なのだと思われた。


「すいません。業者に依頼されて来たんだが、ちょっと通してもらないか」

『……………』

「いや、ちょっと冗談っぽく聞こえるかも知れんが、わりとマジなんだ。さっき天使っぽいやつと挨拶したとこ」

『……………』

「そもそもきみ、話し合いとかできないのかな。……そうっぽいな」

『……………』

「わかった。もういいよ」


 嘆息しながら、戦いが避けられないことを察する。

 というのも、この先に進むためには”闇の騎士”を倒し、死骸から”城門の鍵”を奪わなければならないためだ。

 鍵は、がらんどうになっている鎧の心臓部に保管されているという。


 金属が擦れ合う不快な音を立て、”闇の騎士”が、一歩、また一歩とこちらに向かってくる。


「暴力は苦手だが、――やむを得ん」


 狂太郎は嘆息して、スキルを発動させる。

 この頃には、力を発動させるコツはすっかり掴んでいた。単純に、頭の中で「やるぞ」と念じるだけでいいのだ。


『……、…………、……………………』


 ”闇の騎士”の歩みがどんどん遅くなっていく。

 彼我の距離は、およそ三メートルほど。

 そこで騎士は上段に構えて……そこから、ほとんど動かなくなる。

 切っ先を見ると、少しずつ剣を振り下ろそうとしていることはわかるが、それはもはや、蠅が止まるほどに鈍い。


 狂太郎は、いかにも真っ向勝負では勝ち目のなさそうなその怪物から、ぐるりと半円状に歩いて距離を取った。

 そして、先ほど”伝道者”から預かった光蟲入リの瓶の蓋を開け、その二つともをぽいっとその足元に落とす。


 それで終いだった。


 蛍と蜂をかけ合わせたような姿のその生き物は、瓶から解き放たれると同時に、――そのすぐそばにいる敵性生物に襲いかかる。

 光蟲は数度、稲光にも似た強烈な輝きを放ち、”闇の騎士”の周囲を飛び回り、やがて、兜の隙間から顔面に入り込み、トドメとばかりに強烈な光を放った。


『ムッムッホワイッ! ……ヴォォー……』


 一部界隈ではネットミームにもなっているという断末魔を吐き散らし、”闇の騎士”はあっさりと膝を地に着ける。


「……とりあえずここまでは、予定通りだな」


 嘆息しながら、霧となって消滅した魔物の痕跡から、”城門の鍵”を手に入れる。


「マジか。……………………………………ええっと。マジか?」


 と、そこで、ちょっぴりキャラが崩壊した”伝道者”が駆けつけた。


「何したんですか何したんですかっ!? どーしてやっつけられたんですか!?」

「弱点を突いただけだよ」

「でもでも! そんな情報、どこで?」

「街のあっちこっちにヒントが遺されてるだろう。それを読み解いていけば、自ずと攻略法を見つけられるようになってるんだよ」

「ヒント……? というと、あっちこっちに記されている、あの不思議な紋様のことですか?」

「そうだ」

「すごい。巡礼者様、この国の文字が読めるんですね」

「君らは読めないのか?」

「ええ。――××××国は、悪魔との戦争で滅びてしまいましたから」

「そうか」


 狂太郎はぐにぐにと眉間を揉む。


――この国の文字というか、ただの日本語なのだが。


 どうやら、肝心の探索者たちにとってはちんぷんかんぷんの言葉に見えるらしい。

 これもまた、”神々の設定ミス”と言ったところか。

 仲道狂太郎が後に語ったところによると、異世界ではわりとこの手の設定の甘さが見受けられるものらしい(※12)。


「なんにせよ、鍵を使って門を開けよう」


 狂太郎は、”闇の騎士”が護っていた城門脇にある鍵穴に、手に入れたばかりの鍵を差し込む。

 すると、さほど力を入れることもなくからくりが作動する音が聞こえて、灰色の石門がゆっくりと持ち上がっていった。

 庭園ステージの入り口が、轟音と共に開く。


「鍵一つ捻っただけでこれか。現実世界では見られない大仕掛けだな」


 城門と連動してか、城門の上部に取り付けられた鐘ががらんがらんと鳴り響いた。

 経年劣化によりさび付いた鐘が不協和音をがなり立て、”城下街ステージ”の攻略完了を知らせる。


「……さすがにちょっと、うるさいな」


 傍らの”伝道者”に同意を求めたところ、彼女の両目から大粒の涙がこぼれ落ちていることに気付いた。


「本当に……」


 狂太郎、ぎょっとして彼女の顔を覗き込む。彼は子供の頃から、泣く女をひどく苦手とする。


「本当に、……長かった! まさか、誰も城下街を超えられないなんて私、思ってもみなかったんです。でもこれで、ようやく……」


 きっとその脳裏には、これまでの苦労が走馬灯のように蘇っているのだろう。

 この世界にとっては新参者に過ぎない狂太郎は、少し複雑な気持ちになる。


「やっぱり、あなたこそ、選ばれし者ですよ。きっと悪魔ディアブロに辿り着いてくださいね」

「そうすれば、――きみの退屈を、少しは埋めることができるかな」

「ええ……」


 しみじみとしたそのセリフに、狂太郎は少し、ヘンテコな顔を作る。

 彼女の境遇を思えば、それも仕方がないが……。


「ところで、巡礼者様?」

「ん?」

「次、どうしましょうか。このまま一緒に進みます?」

「いや。さっき言った通り、ここから先は一人で進むことはできない」


 すでに城門の向こうからは、青草を切ったような臭気が漂ってきていた。

 廃墟探索、といった雰囲気が強かった城下街とは打って変わって、この後の”庭園”ステージは、ジャングルを進んでいくような冒険が待ち受けている。

 とりわけ危険なのは、この辺りを侵食している”瘴気”の存在だ。

 ここを安全に抜けるには、どうしても協力者の手助けが必要になる。


「と言うわけで、いまこそきみの転移魔法を使ってもらいたい」

「あっ、はい。拠点に戻るんですね」

「うん。……一応確認しておきたいんだが、あそこにぼく以外に巡礼者は、――」

「はい。六名ほどおられます」

「よし。彼らの力を借りよう」


 狂太郎は頷いて、”伝道者”の肩を抱く。


「あっ、ちょっと……」

「ん?」

「あの、その、触られていますと、呪文の詠唱に支障が出ますので」

「そうなのか」

「はい」


 そこで狂太郎は、いくらなんでも、若い娘に気安く触れすぎたかと反省する。

 ここ数十分間、ずっとくっついていたから、ついついベタベタしてしまった。


 ちょっぴり頬を染めた”伝道者”はその後、口の中でボソボソと呪文めいた何かを呟いた後、


「では、――戻ります」


 同時に、鈍色の光となって天空に向かって飛び去っていった。


「……………………………ん?」


 一人、仲道狂太郎を残して。


「……………………………あれー?」



 その後、城門前に取り残された狂太郎は、しばし眉間を揉んだ後、「どうしてこうなった」と考え込む。


――わざと置いていかれたのか?


 ありえない話ではない。

 だが、人情の機微に鈍感な狂太郎でも、さすがにこのタイミングでイジワルされるのは奇妙だとわかった。

 しばし考え込んで、一つ、結論がでる。


――ひょっとするとこの世界の魔法、ぼくには無効化されてしまうのかも。


 ありえる話だ。

 何せ、この世界の人間は食事をしない。

 狂太郎とこの世界の住人は、それだけ身体の作りが根本的に違う可能性があった。


「まったく……」


 眉間を軽く揉んで、どうやらずいぶん大変なタイムロスをしてしまったことに気付く。


――何もかも予定通りに、……とはいかないものだな。


 嘆息しつつ、狂太郎は元来た道を走って戻る羽目になる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※12)

 造物主というのは案外、我々とそう変わらない存在なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る