4話 与えられた力
そうなると、狂太郎に残された選択肢はほとんど一種類しかない。
彼は、持ちうる全ての能力・知識を総動員し、可能な限り早急にこの世界を攻略しなければならなかった。
なにせ、人間がものを食わなくても生きていける世界観だ。そこいらに流れている水やらなんやらも、口に含むのは危険かもしれない。
一般に、水なしで人間が生きていける時間は三日ほどだとされている。
――さらにタイムリミットが縮まった形か。
狂太郎はそう理解して、早速作業を開始した。
「なあ、”伝道者”よ。実はぼくは、大急ぎでその、――なんと言ったっけ」
「
「そう。そのそれを撃退したい。そこでまず、どこから始めるべきだろう」
「どこから、と言いますと?」
「まず、道具がほしい」
「道具?」
「魔物と戦うための武器となるもの。……ゲームでは”マジック・アイテム”といったか」
”伝道者”は、妖しげに輝く紫色の目を細めて、
「えっと……巡礼者様は、なんのマジック・アイテムも持たずにここへ来られたので?」
「ああ、そうだ」
「では、あるいは同じ巡礼者の誰かから譲り受けることができるかもしれません。――路銀の持ち合わせは?」
「ない。手ぶらだ」
哀しいことに、日本円の持ち合わせすら、ほとんどない。
「よくもまあ、道中の魔物に殺されませんでしたね……」
「逃げ足は早い方でね」
「ふーむ」
”伝道者”は、うむむむむ……と、考え込んで、
「では、……どこかから……拾ってくる、とか?」
「どこかって、どこに?」
「
「そうか」
ここで一応、『デモンズボード』(※6)のステージ構成について解説しておこう。
今いる拠点を通り過ぎた先にあるのが、”城下街”ステージ。
かつて人類の要塞都市でもあったその場所は、今や魔物たちの住処となっている。
街を抜け、城門をくぐった先にあるのが、広大な”庭園”ステージ。
魔障の植物が行く手を阻む、瘴気に満ちた空間だ。
最後が、”城”ステージ。
その玉座には魔物たちの王、――”
プレイヤーの目的は単純だ。
なんでも、”城”の玉座には世界のバランスを調整するとかいう……なんか都合の良い力があるらしい。
その力を使い、再び世界の覇権を人類の元に取り戻すのだ。
ちなみに
「……ふーむ。厄介だな」
思わず、深刻に呟く。
現時点で狂太郎の前に立ちはだかっている問題は、大きく二つあった。
1、与えられた能力の扱いがよくわからないこと。
2、力の利用法がわかったとしても、
参考までに、筆者である私が知る、仲道狂太郎くんの身体能力について語らせてもらおう。
・二十段の階段を昇ると息切れする。
・一日に二時間以上歩くと「今日はよく運動したなあ」となる。
・旅行に出かけても、一日二箇所、観光地を巡ると疲れ果てる。
・腹筋が二十回できない。
・腕立てに至っては三回くらいしかできない。
このレベルである。
「だ、……だいじょうぶですよ! 運良く強力なアイテムを拾えるかもしれませんし!」
「個人的には、運だけで解決できる問題ではない気がしてきたけどもね」
少女は、力なく笑う狂太郎をよほど気の毒に思ったらしい。
「もしも不安なら、私、ついていきます! ……戦いのお手伝いはできませんが、転移魔法なら多少の心得が。それと、記憶力には自信がありますので! もし迷ったら、道案内もできます!」
「いいのかい」
「もちろん」
「しかし、きみには”伝道者”としての役目があるんじゃないのかい」
「それは、……」
彼女、少しだけもじもじして、
「実は私、けっこう……というか、かなり、退屈してるんです」
「ほう」
「そもそもみなさん、ある程度はこの辺りのことをお調べになってから来られます。ですからそもそも、私が手伝えることなど、あまりないのです」
――まあ、確かにそれは『デモンズボード』がゲームだった頃から、おかしいとは思っていた。
世界を救うために敵地へと挑んだ勇者が、なんの準備もしてこないはずはない。
当然、ここに来る前に魔物と戦って経験を積んでいるだろうし、その結果として強力な武器を手に入れているはずだ。
これもまあ、設定ミスの一種なのかもしれない。
「では、一緒に来てくれるかい」
「もちろんです!」
一方で、狂太郎はすっかり感心していた。
『デモンズボード』の世界において、”伝道者”はこのような申し出をするタイプのキャラクターではなかったためである。
ゲームの世界における彼女は、あくまで”セーブ役”に過ぎない。
プレイヤーと同行して一緒に戦ってくれるようなイベントはなかったはず。
――どうやら彼女、ゲームキャラだった頃と違って、わりと融通がきくらしいな。
少女は、ぱたぱたと仔犬のように狂太郎の周りをぐるりと走り回っている。
その姿を目で追いながら、
「まあ、案ずるより産むが易し、ということわざもあるか」
ぐだぐだ悩んでいる暇があったら、一度”城下街”に向かうべきであろう。
「ですね! 行ってみましょう!」
そういうことになったのだった。
▼
村から城下街までは、小さな山を一つ超えた場所にある。歩きで言うと、三十分ほどの距離だった。
城そのものも巨大だとわかっていたが、その城門もまた、無駄にでかい。
落とし格子の鉄門は恐るべき力で引き裂かれており、今では「来る者拒まず」とばかりに開きっぱなしになっている。
「……すごいな、これ」
スマホの画面とは比較にならない迫力のそれを見上げつつ。
「こちら、かつての戦争で
「へえーっ。すごいなあ」
「でしょお? はんぱないですよねぇ」
じゃあ、ぜんぜん勝ち目ないじゃん。
ちょっぴり心折れそうになりながら、狂太郎は門をくぐる。
「しかし、こんなに近くに魔物の生息地があるのに、あの小さな集落は襲われないのか?」
「ええ。不思議と魔物たちは、城を一歩も出ようとしないのです」
「なんでだろう」
「一説には、
「それは、何故?」
「さあ? 魔物ならぬ身の上であるため、わかりません」
「ふむ」
狂太郎は眉をひそめて、
「つまり、――そういう”設定”ということか」
「なんですって? セッテイ?」
「いや、なんでもない」
嘆息混じりに、灰色の煉瓦道を進んでいく。
するとすぐに、一匹目の”敵”と出くわした。
一本の、枯れた幼木の如き怪物。
肉が腐り落ちた人型。
保健室で見かける骨格模型みたいなやつ。
ゲーム中では”骸骨兵”と呼ばれる、最弱の魔物の一種である。
骸骨兵は今、「こいつと戦って戦闘に慣れて下さいね」とでも言わんばかりに孤立して、街道の真ん中でボンヤリしていた。
「ほう。敵の配置までゲームと同じなのな」
「え? なんです? げーむ?」
「なんでもない」
骸骨兵はこちらに気付いているのかいないのか、ぼんやりと道の真ん中で棒立ちになっている。
「どうしましょ。迂回しますか?」
「いや。さすがに今回は戦う」
見たところ骸骨兵の装備は、その辺で拾った棒きれに、麻の腰布を纏っただけのバーバリアン・スタイル。叩かれても痛いだけで、少なくとも死ぬことはないだろう。
それに、先ほど”伝道者”は、「転移魔法を使える」と言っていた。これはつまり、最悪でもその場から逃げ出すことはできるということだ(※7)。
「ここで戦い方を練習しないことには、永遠に先へは進めないだろうからな」
堂々とそう発言する狂太郎に、”伝道者”は不安そうな目を向けた。
無理もない。二人はすでに、二度も休憩を挟んだ上でこの場所にいる。
わりと前向きな”伝道者”も、自分のツレがその辺の野良犬にも劣る体力だということを察しつつあった。
「巡礼者様、もしなんなら、ずっと一緒に、あの村で暮らしませんか?」
「まるでプロポーズみたいなセリフだなあ」
すると、彼女はぽっと頬を赤らめて、
「そ、そそそそ、そういう意味じゃありません! 私、巡礼者様が魔物と戦うのなんてやっぱり、無茶だったのかもって……」
狂太郎は、”伝道者”の足元から顔面までをまじまじと見つめた。
彼女、全体的に薄汚れてはいるが、容姿そのものは整っている。
基本無料のゲームにありがちなことだが、――プレイヤーの掴みになる要素として、”伝道者”もまた、実に可愛らしくデザインされていた。
仲道狂太郎は、pixivにアップロードされていた彼女のスケベな絵を数枚、ハードディスクドライブに保存していることを思い出している。
「悪いが、そうもいかない事情があるんだ」
応えて、狂太郎は骸骨兵にすたすたと近づいていく。
ゲームと同様に、常人よりも遙かに鈍い感知力しか持たないらしい骸骨兵は、狂太郎は五メートルより近づいて初めて、ゆっくりと身構えた。
「よーし。それでは……こい」
『GUUUUU……GAAAAAAAAAAAAAA!!』
声帯がないはずの亡者が、悲鳴に似た声を上げる。
さすがの狂太郎も、これには心胆寒からしめるものがあったという。
「これで何も起こらないようなら、――あの天使のやつに、クレームつけてやる」
とはいえ、その心配は不要だった。
仲道狂太郎の身体に異変が起こったのは、その次の瞬間である。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(※6)
ちなみにこの『デモンズボード』だが、すでにサービスが終了している。
インストール済みのものをずっと保持している狂太郎のような者は別だが、新たにダウンロードすることはできないのでご了承を。
(※7)
のちに本人が語ったところによると、「みっともなく思われるかもしれないが、そこまで保険をかけないと、とてもではないが化け物に立ち向かうことなどできそうになかった」とのこと。
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