3話 伝道者
「ごきげんよう。巡礼者さま♪」
そう、少女は応えた。
狂太郎にはその”♪”マークまではっきりを見ることができたという。
それもそのはず、彼女の台詞は『デモンズボード』をダウンロードしたプレイヤーが最初に目にする一文でもあったためだ。
「果てなき濃霧を超え、ようこそ、××××(※3)へ」
「あ、ああ……」
「ご存じの通り、――人類は今、魔物の侵略により滅びようとしています。その原因は、眼前に見える廃都の”玉座”にて鎮座まします
狂太郎は、これで人生二度目になる印象的なセリフを聞いて、
「わかった。よろしく」
「はい。よろしくお願いします、巡礼者さま」
「ええとちなみに、ぼくはきみを、なんと呼べば良い?」
「なんとでも。皆様からはただ、”伝道者”、あるいは”福音書記”と呼ばれています」
ちなみに、ネット上でのあだ名は”セーブちゃん”だ。
なんでも彼女、ここに訪れる者たちの人生を『福音書』(※4)なる一篇の物語に記録するのが仕事らしい。
「ええと……その……」
「?」
”伝道者”は愛嬌のある笑みを浮かべたまま、口をつぐむ。
ゲームではこの後、プレイング・チュートリアルが行われたはずだが。
「もう、――自由に動いてもいいのかい」
狂太郎が訊ねると、”伝道者”は少しだけ「?」という表情を作って、
「ええ、もちろんです。巡礼に来られたのであれば、全ては伝承の通り。やるべきことはわかっておられるのでしょう?」
「いや。実を言うと、まったくわからん。ぼくはいったい、どこから手をつけたらいいのだろう」
すると少女は、きょとんと目を丸くして、
「……案内が必要なので?」
ぱっと、仔犬のように立ち上がった。
「ああ。頼むよ」
「しょ、承知しました! ではでは、ご案内しますね!」
その声はずいぶんと弾んでいる。
どうやら、必要とされることが嬉しくてたまらないらしい。
――ということは、しばらくお役目がなかったということか。
狂太郎はそう理解する。
言われてみれば、ゲームでもそんな雰囲気だった。
――ゲームでの主人公は、「人類最後の希望」みたいなポジションだったからな。
”伝道者”は、スキップするような足取りで先導し、少し進んだ先にある、小さな集落のあちこちを指し示す。
「こっちの小さなおうちが、私が寝泊まりするところ! セーブなさりたい時はいつでもどうぞ!
で、こっちのおっきな建物が、巡礼者さまたちの休憩場所です! 冒険をお休みしたいときはこちらにどうぞ!
最後にこちら、涸れ井戸です! 枯れてますので使えません! あるだけ!」
たった二軒のぼろ屋しかないその空間は実にわかりやすく、”伝道者”の手を借りるまでもなく数十秒で把握が完了しただろう。
何もかもゲームと同様の寂れた雰囲気に、思わず狂太郎はため息を吐いた。
「どうせ転移するなら、――もうちょっと華やかなゲームがよかったな」
「? いま、何か?」
「いいや、なんにも」
などと話しつつ、頭の中は忙しく回転していて、
――彼女の言葉が日本語に聞こえているのは、例の《バベル語》とかいうスキルのお陰だろうな。
――ということは、ぼくが気付いてないだけで、スキルの力はしっかり適応されているらしい。
――むしろ、そうであってくれないと困る。
――通常、このゲームのクリアにかかるのは30時間ほど。……それも、山ほどのトライ&エラーを繰り返してのことだ。
――もちろん、ぼくは痛いのも苦しいのも死ぬのも、全部ごめんだ。
しばしの黙考の末、狂太郎は傍らの少女に、こう尋ねた。
「二つ、疑問点がある」
「はいはい♪」
「まず一つ。さっききみが話してくれた”セーブ”というのはつまり、どういう類の行動だい?」
「……どういう類、と言われましても。ふつーに、魔物たちの配置や、安全なルートなどを記録する行為のことです」
「それには何のメリットが?」
「メリット? ――と言いますと?」
「そうすることで、ぼくになんの利益があるのか、ということだ」
「巡礼者さま個人には、特には。……しかし、後々にここを訪れる別の巡礼者さまの助けになることでしょう」
つまり、誰かを頼るのでなければほとんど無意味な行動、ということか。
――ゲームにおける”セーブ”はもちろん、「死んでもそこからやり直せる」機能を指す。だが、この世界においてはそこまで都合の良い話はなさそうだ。
「確認するが、この世界において、いちど死んでしまった者が復活するようなことは基本的に、ない?」
「ええっと。……何か、おとぎ話の類ではなく?」
「ああ」
「それはもう、そうですけど。誰しも、命は一つですので」
”伝道者”は、「なぜそんな、当たり前のことを?」と言わんばかりの表情でこちらを見上げる。
狂太郎は苦い表情を作って、
「わかった」
と、短く答えた。
「もう一つ質問、良いかい」
「もちろん。なんでもどうぞ♪」
妙なことを聞く人だなと思ったのだろうが、”伝道者”はおしゃべりそのものが楽しくて仕方ないらしく、上機嫌だ。
「きみら、どうやって生活してるんだ?」
「どうやって、と申しますと?」
「この集落、食べ物めいたものがどこにもないようだが」
「タベモノ?」
少女は、目を丸くして狂太郎を見上げた。
「ちょっと聞き慣れない言葉ですね、……なんです、タベモノって」
「食べ物は、食べ物だが」
「??????」
どうも、話がまるで通じていない。
どういうわけか、狂太郎の言葉がそこだけ異世界の言語に翻訳されていないようだ。
「生きていくために必要なこと。ものを口に入れる行為のことだ」
「口に入れるものなら、――”ポーション”がありますが」
「それは薬だろう」
「? 薬以外に、ものを口に含むことがあるのですか?」
「そりゃあまあ。肉とか、野菜とか、パンとか。必要な栄養素をとる行為だ」
「エイヨウソ?」
「……ええと。君ら、お腹がすいたりしないのかい」
「オナカガスク?」
「活動に伴って、腹に違和感を憶えたり、とか」
「いいえ。とくに」
「そんな馬鹿な。……でも、井戸があるなら、水は飲むんだろう?」
「ええ、まあ。でもお水は、少し歩いたところの河から汲んでこられますし」
「ちょっと待て。きみら、水を飲むだけで生きていけるのかい?」
「はあ」
「えっ」
「……へ?」
「嘘だろ。きみらナメック星人か何か?」
「……なめっく……? ……ちょっと何言ってるかよくわかりませんが」
首を傾げる”伝道者”に、さすがの狂太郎も愕然とする。
――どうやらこの世界の住人、食事する習慣がないらしい。
後で詳しく聞いたところ、この世界の生き物は皆、太陽光に含まれる、――なんか、魔法的な不思議エネルギーを吸収することによって活動しているらしい。
言われてみれば、『デモンズボード』においても登場人物が食事をするような描写はなかった気がする。
とはいえそれは、ゲームの演出的に食事描写が省かれているだけで、プレイヤーの見ていないところでものを食べている設定があってもおかしくはないはずだ(※5)。
――だが……そうか。
この、終末的に荒廃した村を見回す。
確かにこの村、ゲームだった頃からすでに、生活感のない空間だとは思っていた。
――この世界の”造物主”様がどういう存在かは、よくわからんが。
ゲームのデザインから逆算して、この世界の人間は「食事をしない」という結論に至ったらしい。
「うーん。これは参ったな」
「???」
首を傾げる”伝道者”を横に、その時ばかりはさすがの狂太郎も、苦い焦燥に囚われた。
腹の中に入っているものは、……ミラノ風ドリアが一皿に、冷たい水が一杯。
――もし、何らかの理由で”世界の救済”が不可能だとわかった場合、ぼくは食事なしで一ヶ月、飢えと戦う羽目になるのか。
さすがの彼も、そればかりはごめんだった。
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(※3)
すでに触れたとおり、異世界での固有名詞は省略させていただいている。
(※4)
本編とはあまり関係がないが、”福音”をギリシャ語で”EVANGELION”という。人型ロボットの名前ではない。
(※5)
後に彼は、この手の事象に出くわすたび、”造物主特有のウッカリ”とか”神々の設定ミス”、”異世界バグ”などと呼ぶことになる。
だがそれは、ここの他、いくつかの異世界を救済したあとの話だ。
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