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本国から来るスタッフに同行したのだろう。マラカイの後ろからは、ネイサンがこちらに来るように要請した優秀なスタッフが顔を見せている。彼等はネイサンに黙礼だけし、余計な挨拶は抜きで、持参した資料をネイサンに手渡した。
「ご苦労だったな」
エレインの秘書官サラからの資料は、エレインの現在地に関する詳細だった。
レイノックスからの資料も合わせ、サラはネイサンと同様に、エレインの現在位置は例の山小屋である可能性が高いと締めくくっていた。
「ネイサン様」
資料に目を落とすだけで、ネイサンは完全にマラカイの存在を無視していた。そんなネイサンに焦れて、マラカイが大きく一歩踏みだし、ネイサンの目の前に立つ。
一見冷静そのもののネイサンに対し、マラカイは頬を真っ赤に紅潮させて髪を乱し、目をぎらぎらとさせていた。
「どういうことなんですか。あなたがついていながら、なぜエレインは」
「失礼だぞ、マラカイ!」
すぐにネイサンの部下の一人が叱責したが、マラカイは無視した。
「こんな事になって! エレインを無事に取り返せなければ、俺はあなたを一生恨みますっ」
ようやく、ネイサンはマラカイに視線を向けた。
ネイサンの部下に腕を捕まれて後ろに引っ張られながらも、マラカイは挑むような目でネイサンを睨んでいた。
(馬鹿か)
はっきりとマラカイを見下し、ネイサンは口の端を上げる。しかし、ある意味、羨ましい。
人目を気にせずエレインの安否のみを案じ、その悲しみと苦しみを隠す努力をする必要もない。自分こそが世界で一番エレインの安否を知る権利があると言わんばかりの顔と態度。
だが。
(残念だな)
ネイサンはちらりと笑みを浮かべた。
馬鹿にされたと思ったのだろう、マラカイがかっと頬と耳を赤くした。
「なぜ、お前がここにいる」
今度は、ネイサンがマラカイの方へと一歩近づきながら、そう言った。意識して話さないと、笑い出してしまいそうで、平坦な口調になった。
「誰の許可をとって来ている? 俺は許可などだしていないぞ」
「そ、それは」
「ユージンは知っているのか?」
「…………」
「責任者は俺だ。俺の指図なしに勝手に来てもらっては困るな」
「ネイサン様。俺はっ」
「それともなにか。エレイン様に関して、お前には何か特別な権利でもあるというのか」
二人は女王黙認の恋人同士というだけのことで、将来を誓い合った婚約者でもない。以前のように、マラカイがエレインの専属警護をしているわけでもない。
マラカイは真っ赤になり、屈辱のためだろうか、小さく震えだした。
(今、彼女の警護をしているのは俺だ。彼女を救い出すのも、この俺だ)
マラカイを前にしていると、このまま高笑いしてしまいそうで、ネイサンは彼に背を向けて手にしていた資料に目を落とした。
「ネイサン様、お願いです。俺に彼女を捜させてください」
「エレイン様の居場所は、ほぼ特定されている。今の段階では捜す必要もない」
「でしたら、俺に救出に行かせてください!」
こらえきれず、ネイサンはくっくっと低く笑いながら、必死のマラカイを振り返った。
「エレイン様がいるのは、この山頂だ。しかも、今は吹雪に道が閉ざされている。お前では遭難するのがおちだ」
「そ、そんなことっ! やってみなければ」
「わかるさ。それにお前が遭難すれば、エレイン様だけではなくお前を捜索する者まで必要になる。今、お前のためにさける人員はない」
「もし俺が遭難しても、放っておいてください!」
「いい加減にするんだな、坊や」
突き放す口調で言い放ち、ネイサンは軽蔑も露わにマラカイを睨んだ。
「さっさと国に帰れ。事が済んだら、命令違反で裁判でもなんでもやってやる」
「どんな罰でもうけます。だからどうか、彼女の救出には参加させてください」
「駄目だ。お前には荷が重すぎるし、適任でもない」
ぐっと、マラカイは奥歯をかみしめ、必死で懇願していた態度を一変させた。震える拳を握りしめ、憎しみをこめた目で、ネイサンを睨みつける。
「それで、あなたが行くわけですか」
マラカイの言いたいことを察して、ネイサンは笑みを浮かべた。
「そうだ。俺が最も適任だからな」
マラカイは実戦経験がない。だが、ネイサンにはうんざりするほどある。マラカイは山岳地帯についての知識はないが、ネイサンはクーデター時、山岳地帯に潜伏していたこともあって詳しい。
そしてなにより、軍人として、マラカイとネイサンとでは格が違いすぎる。それは歴然たる事実で、マラカイにはもうどんな反論も出来なかった。
「国へ帰れ」
ネイサンは、部下にマラカイを連れ出すように指示した。
無事に救出された後、エレインがこの事を知れば、きっと激怒するだろう。なぜマラカイを帰したのかと、ネイサンに食ってかかるに違いない。
だが。
(構うものか)
ネイサンの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
酷く残忍に見える笑みだった。
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