最後のテスト
桜乃
第1話
「やったー!」
相変わらず出来の悪い数学のテストと手元でにらめっこしていたら、教室の前から甲高い声が響いた。誰の声かなんて前を見なくてもわかる。
「すごいね、小笠原さん。三年間通して満点を取り続けた生徒は君くらいだよ」
「でっしょー! もっと褒めてくれたっていいんだよ?」
教師の前でテスト用紙をヒラヒラさせる小笠原。
「うん、でも授業中だからもうちょっと静かにしような」
「ちぇ~」
クラスが笑いの渦に包まれる。
今日が高校生活で最後のテスト返却の時間。普段なら小笠原の態度に腹を立たせたり、訝しんだりする人もいるのだが今日は違った。
みんな思い思いに楽しんでいるようだ。
「ねぇさくっちー、みてよこれ。数学のテスト満点だったよ!」
窓から校庭を眺めようとした瞬間、視界が丸だらけの解答用紙で塞がれた。
みんなとは違い、俺は感慨にふけることができなかった。
小笠原とは幼馴染である僕は、この最後のテストで絶対にこいつにだけは勝とうとしていた。でなければ、優秀な彼女の近くにいる僕は周りから馬鹿にされる対象になるからだ。
「知ってる。あと近いから離れろ」
顔をそらしたまま彼女の頭をチョップすると、「いったーい! DVだ! 暴力だ! 私をまだ歩夢ちゃんと呼んでいた時のさくっちを返せー!」と騒ぎ出した。
昔の話なんてとっくに忘れたっつーの。
「さくっちは数学のテスト何点だったのよ~」頭をさすりながら健やかな胸を肩に押し付けてくる小笠原。
「誰が教えてやるかよ。しかもお前が言うとただの嫌味にしか聞こえないんだよ」
そう言うと、手の隙間から持っていた紙がスルッと抜けた。
「か、返せっバカやろ!」
「ふーん、七十点かぁ」
取り返そうとするも、バレリーナの様な動きで機敏に俺の動きを回避される。あきらめて机上に肘をついた。
頑張ったはずだ。今回こそはって思いで必死に勉強した。引退前で集まる筈だったサッカー部の練習も休んで、俺は小笠原に勝つために勉強した。
それでも俺はこいつに―。
怒りだろうか、悔しさだろうか。わけのわからない感情が、全身を熱くさせた。嫌な汗がシャツに染み込む。
これ以上喋れば喧嘩になりかけない。吐き出る言葉を抑えるように唇を嚙み締めた。
前方の教室の扉がガラガラと音を立てて開く。
「よーし、全員静かにしろー。テストの総成績表渡すからな」
数学の教師と入れ替わりに無情ひげをジャングルのようにはやした担任が入ってきた。
「お、ついにこの時が来ましたかっ! 楽しみだね、さくっち」
結果なんて知っている。またこいつが独占一位で終わりだ。
小笠原は数学だけじゃなくて、満遍なく点数が取れる奴だ。そういうチートじみた奴なんだ、こいつは。
だから、最初から小笠原に勝とうだなんて、凡人の俺には雲を掴む話だったんだ。
最前列にある自分の席に戻る小笠原。去り際に俺の方を向いて笑っていた。きっと、勝利を確信しているのだろう。
彼女から発する香水の香りがどうしようもなくむかついた。
「それじゃぁ、名簿順に呼ぶから、自信のない奴は怒られる覚悟しとけー」
「はーい」と無数の手があちこちに伸びる。担任も生徒もみんな笑っていた。
担任は小笠原の前で、持っている分厚い用紙をめくり始めた。
お前はゼロ点だとか、一生追試していなさいとか、笑えない冗談をみんな、担任に言われながら小笠原の順番が回ってきた。
「小笠原、さすがだね。三年間よく頑張った」
「ありがとうござおます」
賞状を受け取るように、ゆっくりと成績表をもらう小笠原。しかし、何かがおかしい。
―なんであんなに静かなんだ・・・・・・。
椅子に座っても彼女は静かだった。
次第に、生徒が小笠原の周りを囲む。
「どうだった? やっぱり一位?」
「大学はどこにいくの? 東大とか?」
「いや、実は留学目指してたり」
留学。そうか。詳しいことは知らないがあいつの頭があればいけるかもしれないな。
熱かった体が、真冬のように一気に冷めた感覚がした。
「雨宮、雨宮作太はどこ行った」
ぼーとしていると俺の名前が呼ばれた。
「ほれ、成績表だ」
「あ、ありがとうございます」
「それから、おめでとう」
「え」
担任が俺の手元に指をさす。そこには“一位”の文字が書かれていた。
隣に座っている小笠原と目が合う。
眉尻を下げて微笑んでいた。
「おめでとう、さくっち」
その儚げな表情にさっきの会話を思い出す。
―いや、実は留学目指してたり。
だめだ、歩夢。いかないでくれ。
そばにいてくれ。
気づいたら、目に涙が溜まっていた。
腕で目下をこする。
俺の様子に気が付いたみんなが楽しそうに笑い始めた。
だから、なんでそんなに楽しそうなんだよ・・・・・・。
俺は張り付くような笑顔を作った。
最後のテスト 桜乃 @gozou_1479
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