第53話 不気味な鎧

 ファイネが一人で金属製の縄梯子を下りていくと、頭にかぶったヘルメットのライトがすぐに隠れた洞窟の通路を照らした。


 そこで梯子を掴む向きを変えたファイネは両手のみでぶら下がる。体重移動を繰り返すことで梯子を揺らし、ここというタイミング。臆せず手を離して通路に飛び移った。


「カタカタカタカタカタ!」


「戻るときは念のため合図をくれよ!」


「カタカタ!」


 ファイネは真澄へ無事に飛び移れたのを伝えて先を進む。高さが二メートルに幅が一メートルほどと通路は狭い。剣を手にしながら奥へ足を伸ばしていくと、ライトが通路を塞ぐ木の扉を浮かび上がらせた。


「……」


 骨を震わさず静かにヘルメットのライトを消す。扉の隙間から明かりが漏れているが物音は聞こえなかった。


 扉に骨の指を当ててゆっくり押す。中を覗くと洞窟内ではあるものの、奥に長テーブルが置かれ壁際に棚が並んでいたりと広い研究室のような部屋になっていた。


 四隅にはかがり火が設置され青い炎が照らす。人の姿がないなか、ファイネは部屋の中央に意識を向けて踏み込んだ。


 一歩二歩とそこまでは何もなく三歩目に異変が起きる。地面が揺れ出して後ろに移動すると地中を割って鎧をまとった右腕が飛び出てきた。頭、左腕、胴体と続いて二メートル弱の全身鎧が姿を現す。


「カタカタ……!」


 侵入者を排除する目的なのは一目瞭然。ファイネが距離を詰めて剣を叩き込んだその時、空間が歪んで出てきた盾に弾かれた。


 全身鎧は左手に盾を持ち、さらに出てきた剣を右手に持つ。静かに構える状態に意志は見えず不気味さがあるだけだった。


 ファイネは棒立ちから一瞬でトップスピードに走って回り込む。全身鎧の動きは遅く後ろを簡単に取ることができ、腕の関節へ剣を振り下ろした。


 完全に決まる一撃だったが全身鎧の腕は関節を無視し、真後ろへ回って剣を受け止める。


「カタカタ!」


 阻まれたまま剣を振り下ろそうとするファイネだが押し負けて姿勢を低くする。狙いを足に変更し関節部へ細かく切り込むと、その度に黒い液体が噴出した。


 全身鎧の片足が上がって踏み込むのと同時に後ろへ飛ぶ。次の瞬間には複数の鋭い岩が地面から隆起した。


「カタカタ……」


 ファイネは集中するようにその場で剣を構える。そして、溜めていた魔力の一部を解放した。


 剣に赤い光がまとって全身に回る。踏み込むと姿が消えて全身鎧の右腕が肩から斬り飛んだ。次に胴体が腰で切断され首が地面に落ち、ファイネが元の位置に姿を現した。


「カタカタ?」


 全身鎧の動力が魔力なのは感覚でわかっている。各部を斬って魔力を散らしたが手応えはまだ。ファイネは念のため様子を窺い周りの気配を探った。


 変化はすぐに訪れる。地面に転がった全身鎧の切断面から流れる黒い液体が固まり、血管のように細くばらけて脈打つ。それらは地面を経由して再生する動きを見せた。


 じっと待つのは無駄と判断を切り替え近づいたところで衝撃波が発生する。部屋全体を揺らす威力で堪らず吹き飛ばされたファイネだが、壁へ着地後に地面で体勢を整えた。


 その間も全身鎧は変化し続けていた。血管が太くなって重なり伸び、筋肉じみた形に発達する。切断面同士がつながって右腕、胴体と首だけが長くバランスの狂った姿になった。




 ◇




「心配するだけ無駄なのはわかってるけど……」


「心配の前に充電しとくわよ」


 ファイネを見送った三人は帰りのことを考えて準備を進める。真澄と塩浦は菊姫から受け取った充電器のコードをソゾロ零式につなげた。


「電池の取り換えで使えれば楽なんだけど、重さとの兼ね合いが難しいのよね」


「その程度は許容できる活躍ぶりだ」


「そろそろお昼時だね。お腹も膨らませておいたら?」


 菊姫が栄養食のクッキーと水を鞄から取り出した。


「ありがとうございます」


 身体を休めながらも気を張るのは忘れないが、ひと息ついて腹を膨らませる。


「感覚ではあっという間なのに……」


「時間がわからなくなるのはダンジョンにありがちね」


――レブナントの相手で必死だったからな。


 真澄は腕の調子を確かめつつ塩浦を見た。


「射出機構を使った回数はそう変わらないだろ?」


「年季の差かしら。もちろん、わたしにだって腕の疲れはあるわよ。でも帰りの分に余裕はあるから任せなさい」


「助かるよ」


「気になるのは帰り道より師匠が元の姿に戻れるかどうかね」


「それは……」


 そう言われて初めて気づく。スケルトンの状態を癒す罠がある可能性に賭けて、ファイネがダンジョンを探索していたことに。


「確かに一番深い九階層まで見て回ったと言ってたもんな」


「この下になかったら別の方法を考える必要があるわよ」


「うーん、できるのは他のダンジョンを探すぐらいしか……」


――仮に見つけられてもファイネを連れだせないし、難しいところだ。


 その時、地面が微かに振動した。


「地震……?」


「ダンジョンで地震なんて……」


「うおっ!」


 三人が顔を見合わせた直後、地面が派手な音を立てて崩れ出した。

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