第54話 異形とゾンビもどき

「引っ付いて!」


 塩浦の声に真澄と菊姫は慌てて身体を寄せた。その間にも地面が割れて三人は落下する。


「ふぅ、落ち着くのよ……」


 自分に言い聞かせるように、塩浦は状況と正反対の言葉を呟いた。


「風よ!」


 叫びに呼応して落下速度が弱まる。地面だった岩々が先に落ち、積み重なったところへ滑空しながら三人は着地した。


「助かった、のか……?」


「まずは武器の確認!」


 それぞれが岩の隙間を探し、荷物を拾っていく。


「俺のは大丈夫だ」


「こっちも全部あるかな」


「わたしも見つかったわね」


 ひと安心したところで顔を上げると五メートル以上の高さを落ちてきたのがわかった。


「ジェムリアの魔力が回復しても、二人を抱えて上がるには厳しいのかしら」


「なんとか引っ張り上げてもらうかファイネを待つかだなぁ」


 今いる場所がファイネの向かった先なのは明らか。岩で洞窟の入り口が半分ほど塞がって先へ進むには屈む必要があった。さらにその反対側は崖で暗闇が広がる。


「前も後ろも危なそうだね」


「また地面が崩れる可能性はありますよね。とはいえ、洞窟側も天井が崩れることを考えると……」


 真澄と菊姫が揃って塩浦を見る。ファイネがいないなか、ダンジョンで頼りになるのは一人だけ。


「先がある洞窟内のほうがマシでしょう。生き埋めになっても師匠が助けてくれるわよ」


――暗闇に落ちる未来よりはマシか。


 不測の事態で早鐘を売った心臓は落ち着いてきたものの、感覚はまだマヒしている。何か行動を起こすべきだという方向に考えは傾いた。


 真澄を先頭に屈みながら洞窟内へ入る。菊姫と塩浦が続いたところで再び地面が小刻みに揺れて、緊張が走った。


「……もしかしてこれ、奥で戦ってる影響だったりする?」


「ありえるわね」


――あのファイネがここまでになる相手……。


 真っ先に思うのは自分に手伝いができるかどうか。


「邪魔になるだけよ」


 それを察した塩浦がジト目でため息をついた。


「覗いてみるのは?」


「……」


「ほら、ファイネならちょっとの邪魔ぐらい平気だろ?」


「その言い分は気が緩み過ぎ。気になるから、って素直な理由のほうが賛成しやすいわね」


「滅茶苦茶気になる」


「じゃ、行きましょうか」


「え?」


 あっさりした返答に真澄は間抜けな声を出す。


「狭い通路より広い空間を探したほうがいいってだけ」


「なるほど、言われてみればそうか」


「そこで師匠が戦ってるのなら見守るしかないわよ」


「臨機応変という大事な言葉がある」


「便利に使う言葉ではないわね」


 三人は照明具の灯りを頼りに通路を奥へ進む。度々襲う揺れが大きくなるにつれ、天井が崩れる心配とファイネが戦う相手への興味が増した。


 少しすると中途半端に開いた木の扉が前方に現れる。静かに近づいて様子を窺うと、激しい戦闘が行われているのが確認できた。


 部屋の中央には右腕と胴体、首が長い異形の魔物。そして、対峙するファイネの周りを何匹ものゾンビもどきがうろついていた。


(なんだあれ……)


 真澄は自然と小さな声で漏らす。


(あの中には飛び込めないわね……)


 ファイネはゾンビもどきに攻撃されても無視し、異形に集中する。腕の攻撃は伸びた胴と合わせて範囲がすさまじく、振り回されて威力が膨らんだ。


 骨の姿では受け止められず避ける他ない。部屋中に及ぶ攻撃はゾンビもどきを巻き込むが、数が減るたびに地中から湧いて出た。


(攻撃に転じられてない、のか?)


(師匠だったらできる隙はありそうだけど……)


(何か狙いがあるのかな)


 菊姫の一言に考えるが、その何かは誰も思いつかなかった。


(……ゾンビもどきの注意を引けば多少は助けになるんじゃ?)


 今もファイネはゾンビもどきの攻撃を受けつつ、異形の攻撃を避けている。


(どんな行動が邪魔になって助けになるかなんて、わからないわよ)


(さすがに邪魔には……)


 こそこそ話し合う最中、扉を挟んだすぐ近くの地面からゾンビもどきが湧く。三人は息を飲んで固まるが、ファイネよりも距離が近く探知に引っかかった。


(……)


 真澄が手を横に伸ばして菊姫、塩浦の順で一列になって後ろに下がる。地上に這い出たゾンビもどきは身体を震わせて通路に入った。


(俺が……!)


 小さな声はそのままに、真澄は剣を抜いて迎え撃つ。ソゾロ零式の充電は不十分。射出機構は使えなかった。

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