第51話 暗闇の先

「カタカタカタカタカタ!」


 人間の姿で魔力を扱った真澄の成長をファイネが喜ぶ横、塩浦が悔しさをにじませていた。


「実力が同程度と言ったのは早まったかしら……」


「経験に物を言わせて罵るぐらいしてくれてもいいんだが」


「ゾンビもどきを相手にしたのは初めてで経験が通じないのよ! それになんで罵らなきゃ、って前も似たようなこと言ってなかった?」


「ただの冗談だ」


「……次は名郷が先に行ってみてよ」


「塩浦のやられ方、もとい戦い方を参考に真打登場パターンで行こう」


「わたしを噛ませ犬扱いなんて偉くなったわね……」


 真澄の案、というよりも塩浦の意地で陣形はそのままに真っすぐ伸びる通路を先へ進む。息が詰まるダンジョンの構造上、緊張感に欠ける会話がバランスを取るのにちょうど良かった。


 地図はファイネが作成したものを菊姫が見て指示を出す。直角に曲がるT字の分かれ道も迷わず二体目のゾンビもどきを発見した。


「見てなさいよ……」


 塩浦が気合を入れて鞘を握り、一度動きを見た魔物へさらに慎重さを増して近づく。


「ふぅ……」


 ソゾロ零式を存分に使ってやろうという意思が傍から見てもわかりやすく伝わった。しかし、その気構えが功を奏することになる。


 照明具が全体を照らした瞬間にゾンビもどきが動き出す。塩浦はかなりの速さにも反応し体勢を下げて前に傾いた。続けて破裂音と刃鳴りが重なって、目前に迫ったゾンビもどきが衝撃と共に後ろへ吹き飛んだ。


「さっきより全然柔らかいわね」


 地面へ転がったゾンビもどきに動きが見えたため、塩浦は前傾姿勢を保ったまま片方の踵を上げる。次の瞬間には風が吹いて前方へ勢いよく駆け出し、途中で宙に飛んで一回転。振りかぶった剣を叩き込んだ。


「ほっと、これで終わりかしら」


 上手く着地した塩浦は呟きざまに振り向いてドヤ顔を見せる。


「動画で見たことがあるような派手さだな……」


「一種のパフォーマンス芸よね」


――いかにもな探索者のイメージだった。


「名郷も練習したら?」


「いや、さすがに無理だろ」


「風のジェムリアは離脱用に使えたほうがいいわよ。さっきの動きぐらいできるようにならなくちゃ。ひめちゃんだって撮りがいあるでしょ?」


「映えはするね」


「俺が映えてもなぁ……」


「モテるよ」


「うーん……探索者にとって必要なら頑張るか」


「名郷ってわかりやすいわよね」


「ツッコミを期待して言ったんだ」


 その後も真澄と塩浦が入れ替わりでゾンビもどきを倒していく。攻撃、防御、速度に差があるため、それぞれが得意なタイプを担当することでスムーズに先へ進む。出てくる数は一匹ずつで冷静に対処が可能だった。


「カタカタカタカタカタ!」


「訓練に付き合ってくれたファイネのおかげだな」


「師匠はなんて?」


「お前ら中々やるなって」


「大体とはいえ平気で会話するんだから……」


「カタカタカタカタカタ!」


「今のは階段が近くにあるっていう意味かしら」


 ファイネが前方を指差したのを見て、塩浦が対抗するように真似をして指を差す。


「うん、地図に書いてあるね」


 菊姫が言った通り歩いてすぐの場所に下の階層へ続く階段が現れる。結果、五階層もファイネの手を借りずに突破することができた。


「上々の首尾だったわね」


「でもまあ、ここはファイネ一人で走り抜けられる混み具合だったしな」


「次が頑張りどころよ」


「レブナントだったか」


「ゾンビもどきの個体差を濃く煮詰めた強さだけど、名郷なら一撃で倒せるのかもね」


「武器へ魔力をまとわせるのには限界があるんだが」


「ソゾロ零式の充電にも限界はあるんだし、出し切るつもりで挑みましょう」


 鞘の上部にはメーターが埋め込まれており、表示はすでに半分を切っていた。


「出し切って無理だったらファイネに頼るしかないか」


「あ、念のため階段を下りる前に灯りを消すわよ」


「了解」


 勝手を知る塩浦に従い照明を消すと、視界が暗闇に覆われて何も見えなくなる。


「さすがに恐怖を感じるな……」


「名郷ってお化け系も苦手なの?」


「暗いダンジョンを怖がるのは別の理由だろ。菊姫さんはお化けが怖いとか可愛いとこあったりします?」


「私は可愛いからお化けが怖いとも言えるのかな」


「逆に考えることじゃないですよね。しかも自分で可愛いって」


「きみは私を可愛くないと思ってるんだ?」


「どちらかと言えば綺麗系かと」


「ひめちゃんは可愛いのも絶対似合う! 今度フリフリの服を持ってくるわね!」


「着ないよ」


「師匠も合わせて四人で着たら楽しいわよ!」


「カタカタカタカタカタ!」


「俺が勘定に入ってそうなんだが。スケルトンの状態でもさすがにな……」


 暗闇に目を慣らすためしばらくその場で待機後、塩浦を先頭に六階層へ挑む。真澄、菊姫、ファイネの順に階段を踏み外さないよう慎重な足取りで続いた。


「……」


 自然と呼吸が静かになる。体感的に長い時間が流れて、ようやくといったところで塩浦の足が止まった。そして、その先に浮かぶ不気味な光景に真澄と菊姫が息を飲む。暗闇の中には無数の赤い光が揺らめいていた。

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