第39話 仮装と木刀と撮影会
「ふわぁ……」
休日でいつもより遅い起床だったが、真澄は眠さに拍車がかかったような顔で朝食を済ませる。
「さあ! 撮影を始めるわよ!」
「……塩浦は元気だな」
「これぐらい普通でしょ?」
――普段の文学少女面で抑えていたものを発散させてそうだ。
菊姫と塩浦は流れで真澄の家に二度目の宿泊をし、今日に備えていた。
「あれ、菊姫さんは?」
「もう準備しに行ったわよ。昨日の夜に持ってきた照明だったりレフ板っていうのかしら。色々な機材をね」
撮影は任せるしかない真澄だが、できることはやろうと目を覚ます。撮影場所に向かうと掛け軸の前に三脚やライトが置かれてまさに想像通りの環境だった。
「本格的ですね」
「最低限の準備はしておきたいかな」
菊姫は刀置きの台に木刀をセットし、一度カメラのシャッターを切った。ケーブルでつながった隣のノートパソコンに写真が表示されて、そこで写り具合を確認する。
「木刀を置くだけじゃ面白みがないね」
「いい写真に見えますよ」
「うーん……」
「ひめちゃん! これ!」
そこで、塩浦が嬉しそうにダンボール箱を抱えてアピールした。
「試してみようか」
「名郷は前みたいに覗いちゃダメだからね」
「前みたいに?」
「不可抗力だったんですって!」
「へぇ?」
菊姫は冷めた目のまま、塩浦と一緒に部屋を出て行った。
――まったく、余計なことを……。
一人になった真澄は腕を組んで置かれた木刀を正面、斜めなど様々な角度で眺める。次にスマホのカメラ越しに見て満足げに頷いた。
「こういう絵はダンジョンズエクエスで既視感があるんだけどな」
ゲームを起動してカード群を端から確認する。
「パワーハンマー……シルバーソード……岩砕きの斧、ポイズンソードか」
――どれも背景は簡素的に見える。
「あ、もしかすると……」
未所持のカードが非表示になっているのに気づき、設定を変更して武具のみを表示させた。
「なるほど、レアリティが高いカードは凝った作りになるのか。エクスカリバーとか正宗って、またわかりやすく強そうだな」
エクスカリバーは岩に刺さったシンプルな絵だが背景の書き込みは相当で、Sランクレジェンドの箔押し加工が豪華さを演出する。正宗のほうは鎧を着こんだ男が刀を握って派手なオーラをまとっていた。
――上のレアリティを目指すには工夫が必要らしい。
カードをしばらく眺めているところへ、戸が開いて二人が戻ってくる。
「おお……」
部屋に入ってきた菊姫の新鮮な格好を前に、真澄は息を漏らした。
「感想は?」
「滅茶苦茶似合ってますね。メイド服と甲乙つけがたいです」
「一言多い」
――弓道着姿に似ているな。
白い作務衣に深い紫色の女袴は和風の印象を強める。ポニーテールにした髪には黒のメッシュが入っていて、菊姫と認識するのに数秒の時間を要した。
「髪の毛のメッシュみたいなやつ、カスミンでも使ってたな」
「洗うと落ちる便利なのがあるの。後は口元を布で覆えば顔バレしないはずよ」
「白い布とこっちの面は?」
「面頬っていうものみたいね」
「黒にゴールドの歯か。牙があって鬼に見えるな」
菊姫は面頬を手にして口元へ装着する。
「こっちのほうが目立つね」
「このまま探索者のカードになれそうなぐらいキャラが立ってますよ」
「何枚か撮ってみよう。霞はシャッターをお願い」
「押すだけでいいのよね」
自らが被写体のため、掛け軸の前でいくつかポーズを撮って塩浦がシャッターを切った。
「レフ板持ちます?」
「持っては来たけど必要ないかな」
――唯一仕事をできそうなポジションが……。
菊姫は撮った写真を確認しながら悩むように何度も首を傾げる。余計なことをせず見守るのも大事と思っていた真澄だが、ふと写真の改善点が頭をよぎった。
「……」
喉から出そうな言葉を飲み込むかどうか迷っていると、いつの間にか横にいた塩浦に足を踏まれる。
「何か言いたげな顔ね」
「これは喉詰まりに苦しんでる顔だ」
「瞬きが多くなった」
「……」
言われて以降、意識するようになって瞬きの回数が増えた真澄は負けを認めて口に出す。
「劔火愁の名前をもう少し大きく写したほうがわかりやすいかもなって」
どの写真も劔火愁の銘を確認できるサイズだが、やはり全体像に比べると弱かった。
「……そうだね」
菊姫も指摘に気づいて顔を少し赤くする。衣装を着こんで自らのプロデュースに考えが傾いてしまい、木刀よりも本人が目立つ絵になっていたのだ。
「私も写真家としてまだまだ至らない点ばかりだから。二人とも気になったところがあれば遠慮せずに言ってほしい」
「お色気要素を追加しましょう!」
「却下」
「じゃあ手! ひめちゃんの手は綺麗だし木刀の対比でいい感じに写らないかしら」
「……劔火愁の名前に注目を集める効果はあるのかな」
そして、木刀の撮影は菊姫が納得するまで続いて午前が終わるのだった。
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