第40話 ≒居合

「さあ! ダンジョンへ出発よ!」


 昼食を軽く、とはいえ戦いへ挑むために三人は腹を膨らませてダンジョンへ入った。


「菊姫さんが手袋って珍しいですね」


「ジェムリアを失くしそうだったからここに」


 菊姫は左手につけた指ぬき手袋の甲を指差す。そこには一枚の鉄板が縫い付けられていた。


「その下にあるわけですか」


「わたしのブーツに仕込んであるジェムリアも同じだけど、何かに固定して使うのが一般的ね」


――実用性を考えるとそうなるんだな。


「名郷は灯りをヘルメットに頼るんじゃなくて、もっとスマートな道具を使ったほうがいいわよ」


 塩浦は自らが腰につける照明具を揺らしてアドバイスする。


「考えておこう」


「それで、今日も罠には入ったほうがいいのかしら」


「スケルトンの状態は疲れを感じないから必須だ」


 ほど良い緊張感を持ちながら罠の元に向かうと、作業服のスケルトンが出迎えた。


「カタカタカタカタカタ!」


「……」


――ファイネとわかってても急だと一瞬身構えてしまうな。


 真澄を先頭に、菊姫と塩浦が順番にスケルトンに変身して準備を整える。


『みなさんおはようございます!』


『おはよう』


 ファイネは待ってましたとばかりに元気な挨拶をした。


『よーし、今日はわたしの面目躍如! 張り切っていくわよ!』


『はい、頑張りましょう!』


――ファイネと塩浦は似たところがあるんだよな。


 魔物の相手をする予定でも地図はファイネに頼り切り。先導を任せて先を行く。


『私がサポート役なら地図を読めたほうがいいのかな』


 菊姫は背負った鞄を自然に叩いて、呟くように聞いた。


『任せられる人がいるときは任せるのが一番! わたしだって地図は苦手で見たくないんだもん』


――塩浦にはダンジョンのことを色々頼ろうとしてたが、得手不得手はあるか。


『ワタクシは得意なのでご安心ください!』


『さすが師匠!』


 パーティに塩浦が加わって、いくらか騒がしさが増した一行は階段を下りて二階層に入った。


『ここからは素手のスケルトンが出てくるぞ』


『そんな魔物へっちゃらよ!』


『余裕なのはわかるがくれぐれも油断だけは……』


『わたしが油断なんてすると思う?』


――普段の態度を見てれば自然にな。


 ファイネのすぐ後ろに塩浦が位置取り、菊姫が続いて最後尾を真澄が担当する。


「カタカタカタカタカタ!」


 その時、突然ダンジョン内に響いた骨の音に皆が立ち止まった。


『早速来たわね。一発目は派手に行くわよ!』


 景気づけの他、ジンクスがあるのかもしれないと真澄は何も言わず見守ることにした。


 塩浦は先頭に立って体勢を低く下げ、左手で鞘を固定して右手で柄を握る。剣はまだ抜かず、派手さとは正反対の待機を続けた。


「カタカタカタ!」


 明るい照明具が魔物のスケルトンを照らし出す。直情的に狙いは真正面。塩浦は距離が縮まるもジッとその場で動かない。


「カタカタ!」


 そして、目前まで迫ったスケルトンにようやく反応する。身体が前傾になり鞘先が上を向き、破裂に似た小さな音と刃鳴りが重なって衝撃音が続く。スケルトンは前方に骨を散らせてはじけ飛び、いつの間にか抜かれた剣の切っ先が天井を指していた。


――速すぎて剣を振るのが全く見えなかった……。


『ふふん、すごかったでしょ』


『想像を超えてたな』


 訓練では使っていなかったソゾロ零式が持つ射出機構の威力を目にし、真澄は素直に称賛の言葉を呟く。自分でも何度か宙を前に試していたが、腕が無理に振られて上手く扱えていなかった。


『ファイネは今の攻撃も簡単に防げたりするのか?』


『虚をつかれると驚くでしょう』


――驚きで済むとは……。


『あ、ソゾロシリーズは全部電動式で射出機構の回数に限度はあるわよ。気をつけてね』


『その前にまだまだ練習が必要だ』


『攻撃を当てる対象がいれば適当でも大丈夫よ。速度が威力そのままになるんだから』


『実戦で試すには……』


 あまり自信がない真澄がふと横を見ると、ファイネがいつも通りに骨を震わせた。


――お前ならできると言われた気がするな……。


 ネガティブだった気持ちもスパルタ振りを思い出すとポジティブに変わってくる。良し悪しは別に、真澄の精神状態はファイネに引っ張られていた。


 魔物のスケルトンを一体退けた後も魔物の相手は塩浦が引き受ける。二階層から三階層に入り武器を持ったスケルトンが現れてもそれは変わらずだったが、三体同時に魔物が出たところで真澄が加勢に入った。


『一体ぐらいは任せてもらおう』


『わたしが片づけるまで粘っておいてもいいわよ』


――さすがに負けてられないな。


 真澄は道中拾っておいた小石を投げて注意を引く。


「カタカタカタカタカタ!」


 魔物は剣と盾を持ったスケルトン。怖さはなく余裕を持って相手をできる自信があった。


――試すなら早いうちがいいか。


 体勢を低く保ち鞘を左手で押さえ、塩浦の真似をして柄を握ってタイミングを待つ。人であれば不信感を覚える姿も魔物には関係なかった。


「カタカタ!」


 まだ人間の姿には戻っていないため一発二発攻撃を受けても平気の精神で我慢する。


『よし……っ!』


 真澄は頭の中で塩浦の動きを繰り返して鞘のロックを解除後に射出機構を起動するが、備えていても腕の振りが間に合わない。しかし、正面のスケルトンへ攻撃が当たると骨がばらけるどころかその威力に砕け散った。

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