第37話 非売品の試作型
「もー、機嫌直してよ名郷!」
居間のテーブルで憮然と座る真澄に塩浦が声をかけ続ける。
「ほら、剣を持ってきたの。わたしが使ってるのと同じソゾロ零式! 非売品の試作型でレアなのよ? ラインの色はゴールドにしたんだから。ほら、カッコいいでしょ?」
内心気になる真澄だが、さすがに黙って荷物を送りつけるのはやりすぎだという意思表示のため我慢する。ただ、怒り方がわからないので難しい顔をして黙るしかなかった。
――しかし、引き時が行方不明になってしまったな。
「来たよ」
「ひめちゃん!」
その時、仕事終わりにやってきた菊姫が二人の顔を順に見る。
「玄関の荷物は霞?」
「この家に住まわせてもらおうかなって……?」
「また随分なことを考えたね」
「名郷が怒っちゃったのよ」
「うん、普通の反応だ。じゃあさ、私の家に泊めてあげるよ」
「ほんとに?!」
「……菊姫さんは迷惑じゃないんですか?」
「名郷が喋った!」
「……」
「二人を頼りにするんだし私も協力しよう。でも、提供するのは寝床だけ。ご飯は真澄が作ってくれる? 私の分もね」
「それぐらいは……」
「ここのヒノキ風呂も使わせてくれるかな。あれは良かった」
「もちろん使ってください」
「わたし! わたしは探索者のアドバイスができるから! 武器とジェムリア以外にも色々役に立つわよ!」
真澄は今が引き時だと思ったところでふと塩浦が涙目なのに気づき、まさか自分のせいかと慌てて話しかける。
「あー、うん……まあ落ち着くところに落ち着いたか! ソゾロ零式だっけ? これは使っていいんだよな?」
まったく怒っているつもりはなかったので、黒色にゴールドは似合うなどと取り繕うように口を回した。
「好きに使ってちょうだい。ここにある引き金が射出用の機構でね……」
木刀に変わる新しい武器の説明を中心に、互いがいつもの調子に戻ろうと空回り気味に言葉を交わす。
「きみたちって見てて飽きないね」
「……」
そして、一人客観的な位置の菊姫には敵わず会話もそこそこに庭のダンジョンへ向かうのだった。
『おお! 今日はマスミさんも新しい剣を!』
スケルトンになった三人がダンジョンの小部屋へ向かうと、待っていたファイネが嬉しそうに話しかける。
『これからはこの剣で訓練に挑んでいいか?』
『はい、いくらでもかかってきてください! ワタクシもキクヒメさんに持ってきていただいた剣を使うことでパワーアップしましたので』
真澄は訓練の厳しさが増す予感に自然と力が入った。
『ひとつ聞きたいんだけど、わたしにも魔力はあるのよね?』
『ありますがマスミさんとキクヒメさんに比べてとても少ないですね』
『ひめちゃんよりも少ないなら……やっぱりスケルトンの状態になるのが重要なのかしら』
『スケルトンは魔力体って話だし、関係はあるのか?』
――探索者を続けていた塩浦が持つ魔力が少ないのは意外だ。
『魔法の発動媒体がジェムリアでしたよね? 魔力量が多いと魔法を発動させる回数も多くなり、戦闘にとても役立ちます。スケルトンの状態が影響するのでしたら積極的に試すといいかもしれません』
『ジェムリアはダンジョン内に存在する魔力を蓄えて魔法を発動するはずじゃ……』
『それだと時間がかかってしまいます。ですから、自分が持つ魔力をジェムリアに流し込んで魔法を発動するのがワタクシの知る使用方法になります』
『そんな……』
塩浦にとっては突飛すぎるやり方で驚きの表情を見せる。
『AランクエピックにSランクレジェンドの探索者だっけ? そいつらは威力の高い魔法を使ってるんだろ?』
『威力に関してはね。続けざまに魔法を使えるのは純度の高いジェムリアで、長い時間ダンジョンで魔力を蓄えるしか方法が……』
『同じようにスケルトンになる罠があったり?』
『可能性を考えたらきりがないんだけど、間違いなく言えるのは多くの探索者がたどり着けずにいる場所だということよ。ほんとびっくりしちゃうわね』
あまりピンとこない真澄は小さく相槌をついて、納得した風に何度か頷いた。
『明日は時間に余裕がある日なんだが、昼から来てもいいか?』
『もちろんです!』
訓練が終わってファイネに伝えるべきことを伝えてなかったため、真澄が居残りで再びスケルトンに変身していた。
『時計で言うと……この時間だ』
木製カレンダーに置かれた時計でおおよその時間を示す。
――こういう時は便利に使えるな。
『一緒にダンジョンへ潜って俺たちが役に立つかを見てくれ』
ファイネの実力を考えればダンジョンの攻略で足を引っ張る可能性が高い。実際に同行し、率直な意見がほしかった。
『魔物の相手を少しでも引き受けてくれると助けになりますよ。魔力の限界量は元の姿を参考にされているようで日々蓄えられていますが、スケルトンの状態で戦うと魔力を消費してしまいます。下層に強力な魔物がいることを想定し、魔力をできる限り蓄えておきたいのです』
『なるほど……』
――つまり、純粋に実力を伸ばすのが正解だったか。
やってきた訓練に間違いはなく、真澄は覚悟を新たにダンジョンへ臨むことにした。
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