第36話 行動力の化身

「ふぅ……」


 早朝五時半だった起床時間も生活に慣れて六時前になっていた。真澄は洗面所で顔を洗い、静かな家で音を出さずに歩く。


――菊姫さんと塩浦はまだ寝てるか。


 朝の家に誰かがいるのは久方ぶりで、しかも家族以外の異性となれば自然と緊張した。


「さてと、まずは弁当作りだ」


 真澄は台所へ入って早速料理に取り掛かる。作り置きのレパートリーは少なく、朝にも料理をする時間がある程度必要だった。


――そろそろ揚げ物にも挑戦したいな。


 そして、いつもの弁当箱を見てふと気づく。


「塩浦の分も必要なのか?」


 道中にはコンビニがあり学校に食堂もあるが、ついでと思って用意する。弁当箱はもう一つ、入る量が物足りなく感じて使わなくなったものが予備にあった。


 急に泊まると言われたときは焦ったものの、今後の方針やジェムリアの貸与など頼りにすることは多い。自分も力になりたい気持ちはあった。


 明日は学校が休みで作り置きは最後。冷蔵庫の残りを消費しながら調理していると台所の戸が開いた。


「おはよう……」


「ああ、おはよう塩浦」


 顔を見せた塩浦は持ってきていた上下灰色のスウェット姿で、眠たげに目元を擦る。


「朝ごはん?」


「弁当のついでにな。塩浦の分も弁当を作ってるが余計だったか?」


「ううん、助かる。ありがとう……」


「顔を洗って来たらどうだ」


「そうする……」


 塩浦が背中を見せると入れ替わりでジャージ姿の菊姫が台所に入ってきた。


「おはよう」


「おはようございます」


 しっかり顔を洗ってきた菊姫は、コンロの前でフライパンを握る真澄の横に立って覗き込む。


「卵焼きだ」


「菊姫さんも弁当いります?」


「お店で食べるし大丈夫」


 料理の匂いを超えてふと鼻についた甘い香りに、真澄はドギマギしてしまった。






「明日は休日よ!」


 学校が終わって放課後。真澄と塩浦の二人は部室へ寄らず、駐輪場のバイクに跨った。


「一度家に帰らなくていいのか?」


「洗濯機を借りるから平気よ」


「うーん……?」


「まあまあ、気にせず名郷の家に帰りましょう!」


「んー……」


 真澄はこの時点で諦め半分にバイクを走らせる。


――塩浦もファイネと出会って新しい発見があったみたいだし、前のめりになるか。


 考え事をしながら帰ってる途中、弁当用の買い物を思い出してスーパーに寄る。無駄に広い駐車場の一角にバイクをとめると塩浦も続いた。


「何か買うの?」


「弁当だったりの食材をな」


「多めに買っておくといいかもしれないわね」


「……」


「あ! お弁当のお礼もかねて、ここはわたしが払うわよ!」


――普段だと遠慮するところだが、任せるか。


 どうせ迷惑をかけられるならバランスを取る意味で、真澄は好きにさせることにした。


 スーパーに入り作る料理を思い浮かべての買い物中に、塩浦がレトルトのカレーをカゴにどっさり持ってくる。もちろん表記は甘口だった。


「……カレーぐらいレトルトじゃなくても作れるぞ」


「そうなの?」


 それを聞いた塩浦は持ってきたレトルトの半分を元に戻し、代わりに甘口のカレールーをカゴに入れた。


――お金を払ってもらうと作らざるを得なくなるな。


 買い物は手早く済ませて二人はスーパーを出る。


「助かったよ」


「これでお弁当と急に泊まった分にプラスアルファもお返しできたわね!」


「いやいや……」


――もうプラスアルファを言い出すとは油断ならない。


 バイクに乗り込んで他の場所へは寄らず、家まで一直線に帰宅した。


「じゃあ着替えるからね!」


 家に入って居間で宣言する塩浦を一人にし、真澄は台所で買ってきた物を整理する。それが終わると自分の部屋で着替えを済まし、どれぐらい待つのが正解か悩んでいるとインターホンが鳴った。


「はい」


『荷物のお届けです』


 一度インターホンを受けて玄関に出ると荷物はダンボール箱だったので、家の中に運んでもらう。


「あ、まだありますんで」


「……?」


 荷物は終わりかと思った真澄だが、次々と運ばれてくるダンボール箱を黙って見守るしかなかった。


 配達員が帰って積み上がる荷物を前に呆然とする真澄の元へ、着替えを終えた塩浦がやってくる。


「タイミングよく来てくれて助かったわね」


 その言葉に送り主を見ると塩浦の名前がしっかり入っていた。


「……訳を聞こうか」


「ここに住むことにしたのよ」


「……」


 真澄は特大のため息をついて天井を仰ぎ見る。


――何かあるとは思ってたけど、予想を超えすぎだ。

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