第35話 中辛のカレー
「はっ! ふっ!」
塩浦が気合十分に振るう剣をファイネが木刀を使って軽い動作で弾く。互いの武器は金属製と木製ながら、ぶつかり合っても剣戟の音が絶えず響いていた。
――自信がありそうだっただけに剣の動きが綺麗だな。
経験不足の真澄でも自分との違いをはっきり理解できた。今後の参考にするため身体や手足の動きを意識して学ぶ。
「ぐぬっ!」
剣の重さもあってファイネの反撃には中々間に合わない。対抗するように攻撃こそ防御と打ち込む速度を上げる様は気迫に溢れていたが、体力は長く続かなかった。
ファイネが木刀で剣を地面に叩き落したところで訓練は終わりを迎える。
「カタカタカタカタカタ!」
「んあー! ぜんっぜん当たんない!」
塩浦は悔しそうに後ろへ倒れて肩で息をする。
「二番弟子にしては良くやったほうだな」
「……名郷とは一度手合わせをしたほうがいいのかしら」
「カードゲームみたいにはいかないぞ」
一番弟子を取り合うノリは不思議と続いて、横にいた菊姫がぽつりと呟く。
「青春だね」
「……」
「……」
その言葉に訓練で妙なテンションになっていると気づき、年頃の二人は照れて黙り込むしかなかった。
「結構暗くなってるなぁ」
いつもより早めにダンジョンを出たものの、すでに辺りは暗くなり始めていた。
――ここで平日に塩浦とダンジョンへ潜るのは時間的に厳しいか。
ファイネとの訓練が精々で、塩浦を優先にすれば余裕ができるなどと考えつつ三人は家に入った。
「お茶ぐらい出すが長居は無理だぞ」
「ちょっとひと眠りしようかしら」
「俺の言ったことがまったく伝わってないな」
真澄がお茶を運んで居間のテーブルを囲む。
「ふぅ……異世界人と聞いて驚いたけど気持ちはわかるわね。あの人外じみた動きは異常よ」
「今は元の姿に戻る手伝いをできればと思ってる。ダンジョンにこもりっぱなしはきついはずだ」
「でも、元の姿に戻れてもダンジョンを出られるかは保証できないわよね。魔物だってそうなんだから」
「それは……」
異世界人と魔物、どちらもがこの世界にとってはイレギュラーな存在で、ダンジョンを出られないという共通の性質を持つ可能性はあった。
「やってみなくちゃわからないのは確かだし、手伝うのは手伝うわよ」
「甘い考えを持つなってことか」
「現実は甘ければ甘いほうがいいんだけど。カレーと同じようにね」
その時、居間に腹の鳴る音が二つ響く。
「……」
しかし、誰が誰にツッコミを入れるわけでもなくお茶をすする音が続いた。
「お腹が空いたわね」
「帰れば温かい夕食が待ってるだろ」
「家には友達の家に泊まると言ってあるから、わたしの分は用意されてないのよ」
「……ん?」
「わたしと名郷ってもう友だちよね」
「友だち……なのか?」
縁遠かった言葉につい引っ張られるが、ハッと我に返る。
「まさか、この家に泊まろうとしてないよな?」
「外はもう真っ暗でしょ? か弱い女子を一人で帰す気?」
「……」
――ここで認めると、なし崩し的に今後も泊める流れになる可能性が……。
ダンジョンへ潜るのに都合はいいが同級生、しかも異性となれば許容範囲を超えていた。
「何か言ってやってください、菊姫さん」
「友達ができて良かったね」
「……」
期待した反応とは違って真澄は肩を落とす。
「ダンジョンには泊まり込みで挑むことだってあるんだから。お互い慣れておく必要があるでしょ? つまり予行演習ね」
「……せめて、あらかじめ言っておいてくれ」
「次があれば気をつけるわよ。ていうか、女子が家に泊まるのに一体なんの不満があるの? 普通は喜んで迎えるものでしょ? もしかして、わたしに魅力がないとでも言うのかしら」
「そういうわけじゃ……菊姫さんの家に泊まる道もあるのかなって」
すがるように助けを求めると、菊姫は変わらずの無表情で口をへの字に曲げた。
「仕方ないね。きみとの約束を育てると思って、私も今日はこの家に泊まってあげよう」
「ありがとうございます! って、ここに泊まるんですか……?」
「何か問題?」
「いえ、ぜひともお寛ぎいただければと……」
「落ち着くところに落ち着いたわね!」
「……」
頼りになると思っていた塩浦だが、色々な問題ごとも覚悟する必要があると真澄は頭を悩ますことになった。
「……」
真澄が夕食の準備をしに居間を離れ、二人になった空間に沈黙が訪れる。
「事前に言っておいても良かったと思うよ」
お茶を飲もうとしてコップが空だったのに気づいた菊姫が、不意に話しかけた。
「少し驚かそうと思って……」
「気持ちはわかる。真澄の慌てる姿は面白い」
「実は明日になったらもっと驚くことがあるんだけど」
「キャンセルは?」
「難しいのよ」
「まあいいんじゃない。迷惑をかけあうのも青春だ」
「……ひめちゃんって青春が好きなの?」
「霞が恥ずかしがるから言ってるだけ」
塩浦は意外だった菊姫の性格に、困ったように笑う。
その後、二人で親睦を深めていると真澄が時間をかけずに料理皿を運んできた。
「もうできたの?」
「急だったし、レトルトだ。匂いでわかってたと思うがカレーのな」
「もちろん甘口なのかしら」
「家の常備は中辛だ」
「……」
テーブルに三つカレーが並び、塩浦は口を結ぶが匂いに負けて腹の音を鳴らした。
「食べ物にまで文句をつけちゃダメよね……」
仲良くいただきますをして真澄と菊姫が美味しそうに食べ始める。その横で塩浦は一人難しい顔をしながらスプーンを握り、カレーを口へ運ぶたびに悲鳴を上げるのだった。
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