第34話 無骨な剣

『師匠! わたしにも魔力のコントロールを教えてください!』


 ファイネの実力を知るや否や、塩浦は全てを受け入れて態度を変えた。


――意外に現金なやつだったな。


『師匠……悪くない響きです』


――ファイネも乗り気だし。


 真澄は自分も普段から師匠呼びをしたほうが良かったのかと一瞬考えるも、今さらかと思い直す。


『お待たせ』


『あ、お疲れ様です菊姫さん』


 菊姫は荷物を持ってスケルトンの状態で小部屋にやってきた。


『ひめちゃん! 師匠に教えてもらえばDランクの魔物なんて簡単に倒せるわよ!』


『師匠って?』


『塩浦はファイネの軍門にくだる道を選んだみたいです』


『ふーん?』


 真澄と塩浦の二人を軽く流し、下ろした荷物の中から一本の剣を取り出す。


『これ使えるかな?』


『おお……買ったきてくれたんですか?』


『家を探してたら見つかった。参考になると思って』


『普通、探した程度で見つかります?』


『当然』


 その剣は握りと剣身のみで形作られており、無骨さが際立っていた。


『武器なら実家のソゾロシリーズを使ってほしいんだけど』


 塩浦は腰に下げた剣を持ち上げる。鞘の形状は大きさの異なるひし形が立体的に組み合わさったようで、色はベースが黒に青のラインが走っている。握り部分は銃のグリップに似ていて独特な形だった。


『二か月待ちなんだろ? それに高そうだし』


『いくつかは予備に置いてあるわよ。お金は取らずにレンタルでいいんだから』


――くれるのかと期待したのに。


『ひめちゃんもカードになるときはぜひ!』


『商売っ気を出しすぎていいのか?』


『出しすぎるぐらいがちょうどいいのよ』


『キクヒメさん! その剣、握らせてもらってもいいでしょうか?』


『いいよ』


 真澄と塩浦が商売について意見を交わす横で、ファイネが剣を受け取った。


『やっぱり……木刀と同じ製作者ですよね?』


『銘が入ってないのにわかるんだ』


『確か劔火愁でしたっけ』


『劔火愁! 本物なの?!』


 話を聞いた塩浦は興奮気味に、無骨な剣を食い入るように眺める。


『さすが木刀でも三十万する職人。塩浦も知ってたのか』


『当たり前よ、って木刀も見せて!』


 二本の木刀を手にすると、くぼんだ目が輝いて見えた。


『銘が入ってる……』


『ファイネによると魔力が通りやすいらしいし本物の可能性は高いな。菊姫さんが持ってきたのは収集物だったんですか?』


『かもね。見た目から未完成のはず。持ち手には私が革を巻いておいたよ』


『これを持ってカードになれば一躍人気に……』


『塩浦は実家の武器を宣伝するんだろ』


『そ、そうよね……』


『この木刀をカードにしようって話をしてたんだがどう思う?』


『大賛成! そうだ、木刀をカード化した後にひめちゃんが木刀を持って探索者のカードになれば、特殊な効果をつけてくれるかも! 注目を集めてから、わたしと名郷がソゾロシリーズを持ってカードになるの!』


『まあ、そこらへんは任せる』


 商売に色気を出す塩浦だったが探索者の事情にはもっとも詳しい。頼りにして間違いはなかった。


『使いやすさはどうかな。握りにくいなら工夫するけど』


 軽く剣を振るファイネに菊姫が確認する。


『ばっちりですね』


『たぶんファイネが一番上手く使えるだろうし可愛がってくれ』


『ありがとうございます!』


『俺も塩浦が武器を貸してくれるみたいなんで、菊姫さんにお願いした武器の購入はキャンセルさせてください』


『モデル料は?』


『そもそも、調べたら素人のモデルがもらう額は雀の涙だったんで』


『それを言えば撮影の手伝いもしてもらってたよ』


『あ、だったら約束がまだ残ってましたよね。俺が菊姫さんの言うことを聞くやつ。モデル料とチャラにしましょう』


『ダメ。大事に育てとく』


『いやいや……』


――育つものじゃないですから。






「っ!」


 人間の姿に戻った真澄は木刀を持って恒例の訓練を行う。四人でダンジョンに潜るなどやれることはあったが、訓練内容が気になる塩浦たっての希望だった。


「いっ……!」


 ファイネに打ち込みを続け、時折くる反撃を弾くが鋭い動きに合わせるのは難しい。スケルトンの状態と違って生身なので寸止めで終わるものの、弾くタイミングがずれるとかなりの痛みが伝わった。


「カタカタカタカタカタ!」


 木刀を振る速度が目に見えて落ちたところでファイネが木刀を下ろす。真澄は後ろに倒れ込んで深く息を吐いた。


「あー、疲れた……」


「いつも頑張るね」


 涼しい顔の菊姫はまず魔力を感じ取るために、ジェムリアを握って集中する。


「教える気満々だったけど、名郷って十分実力があると思うわよ」


「マジか。塩浦と同じぐらい?」


「そこまでじゃない、と言いたいわね。わたしも師匠に訓練をつけてもらおうかしら」


――この短期間ですっかり弟子面が板についたな。


「師匠! お願いできますか?」


「カタカタ?」


「これって言葉が通じてないの?」


「そもそも日本語がわかってないんだよ」


「スケルトン同士だといいわけね。じゃあまた罠に……」


「いや、武器を抜いてみてくれ」


「こう?」


 真澄は横に移動してファイネを見ながら塩浦を指差す。


「カタカタカタカタカタ!」


「よし、いつでも打ち込んでいいぞ」


「え? 木刀じゃなくてこのまま?」


「ファイネの実力は見てただろ。一度、普段通りにやってみたらどうだ」


「ていうか、名郷は師匠の言葉がわかってるの?」


「塩浦とは付き合いの長さが違うからな」


「……」


 一番弟子は自分だと張り合いたくなった真澄に受けて立とうとする塩浦の二人を、菊姫があくび交じりに見ていた。

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