第33話 初めての魔法

「未登録のダンジョンって……」


 庭に開いた穴を目の前にした塩浦が驚きの顔を見せる。


「俺が持ってる秘密のひとつだ」


 以前の菊姫と似た反応に、なぜか嬉しくなった真澄は得意げに言った。


「まだ秘密があるわけ……? 名郷ってルールを守るタイプだと思ってたのに」


「この時点で通報する気は?」


「しないわよ。これ、ひめちゃんも知ってるのよね?」


「そうだな」


「はぁ……もう闇討ちレベルの所業ね」


「塩浦ってやっぱり真面目なんだな」


「……今すごく殴ってやりたいと思っちゃった。すねを蹴るでもいいわね」


「鉄板入りのブーツは殺人級だから勘弁してくれ」


 そこまでは軽い雰囲気の塩浦だったが、ダンジョンに入ると急に表情が真剣になる。


「この階層に出る魔物は?」


「魔物が出るのは二階層目以降だ。死霊系と聞いてる」


「誰によ」


「スケルトンになる魔法をかけられた異世界人に」


「……」


 真澄のライト付きヘルメットに照らされた塩浦は足を止める。格好は腰に機械式の剣と小さいながら光量が強い照明具を携えて立派な探索者風だが、耳を疑う言葉に間抜けな顔を見せた。


「名前はファイネだ」


「想像を超えてきたわね……」


「戸惑うのはわかる。実はスケルトンになる罠があって意思疎通をとれるんだけど、どうする?」


「……スケルトンになれって?」


「俺は数えきれない回数変身したが人間の姿に戻ってる」


 塩浦は腕組みをして考える様子を見せる。


「わたし、ダンジョンにある罠はすべからく悪いものだと思ってるのよね」


「罠って言うぐらいだしな。いや、そもそも罠じゃなくてスケルトンになるアトラクションなんだよ」


「アトラクションだったら楽しそうね、ってならないわよ。それに異世界人なんて……本気で言ってる?」


「庭へ突然できたダンジョンに人間らしい振る舞いのスケルトンがいて、自分もスケルトンになったら言葉が通じるんだぞ? 現実離れしたダンジョンが世の中に現れたんだし異世界人がいたってな」


「そういう話は一部で議論されてるけど……」


「とりあえず俺はスケルトンになる」


「……いいわよ、わたしもなってやろうじゃない」


 逆に経験が邪魔になるのではと一瞬心配した真澄だが、安心しつつ罠の元へ行って地面を崩す。


「穴に入ると煙が充満してスケルトンの出来上がりだ」


「慣れてるわね……」


 真澄は迷わず穴に飛び下り、早速スケルトンに変身した。


「カタカタカタカタカタ!」


「うわっ……!」


 さすがに驚いて後ろに下がった塩浦へ、スマホを使って文字を表示する。


【ちゃんと意識はある】


「ダンジョンには慣れてるつもりだったのに、まだまだ不思議なことばかりね……」


 真澄が穴から這い出ると、塩浦は意を決した表情で穴に下りた。


「むぐっ、けほっ……!」


 充満した煙に対する咳き込みはすぐ骨の震えに変わる。


『気分は?』


『……元に戻らなかった時のことを考えると憂鬱よ』


 真澄は穴から引っ張り上げた塩浦と奥へ進む。時計のおかげでダンジョンに訪れる時間を伝えられるため、ファイネとのすれ違いは少なくなっていた。


『来たぞ』


『マスミさん! と、キクヒメさんでしょうか? いつもと格好が違うような』


 待っていたファイネが元気に出迎え、オーバーオール姿に首を傾げた。


『ベテラン探索者の塩浦だ。ダンジョンへ潜る助けになると思う』


『おお、そうでしたか! 初めまして、ファイネ・バランタインと申します。よろしくお願いしますね』


『ああ、うん……よろしく』


 塩浦はたじろぎながらも横にある木製カレンダーを不審に見る。


『菊姫さんが作ったんだよ』


『ひめちゃんって多才なのね……』


『あ、またブロックを入れ替えてるな』


『つ、つい出来心でですね……』


 真澄は木製カレンダーの日付がバラバラに入れ替えられているに気づく。もちろんファイネの仕業で、定番の暇つぶしになっていた。


『ファイネってかなり強いんだが塩浦も訓練をつけてもらってみるか?』


 日付を正しく並べ直して提案する。連絡した菊姫はまだ来ないので、下の階層へ行っての実戦には移れなかった。


『いつもここで訓練をやってるの?』


『主にスケルトンの状態でな。筋肉痛とは無縁だから無理ができる。最近は人間の姿でもしごき、じゃなくて訓練をやってて魔力をまとうようになったみたいだし』


『名郷って魔力の感覚を掴めるのね』


『いや、掴めそうで掴めてない』


『だったら魔力をまとってるってなんでわかるのよ』


『ファイネに教えてもらってだな』


『マスミさんは日に日にまとう魔力量が増えています。簡単なコントロールも近いうちにできるでしょう』


『魔力が見えるってこと……?』


『慣れた探索者なら見えるんじゃ?』


『……精々が違和感を覚えるぐらいで、それを頼りにジェムリアを発動するのよ』


 塩浦が呆れ半分に説明する。


『てっきりジェムリアは簡単に使えると思ってたんだが、魔力のコントロールが必要なのか』


『コントロールなんて大したものじゃなくて意識を集中する感覚ね。だって魔力は観測すらされてない未知のエネルギーなんだから。もし本当の意味でコントロールが可能なら驚きよ』


 探索者の常識はずっと知りたかったことで、真澄は興味を持って話を聞く。


『ジェムリアというのは魔法の発動媒体ですか?』


『魔力を蓄えて魔法を発動するらしい』


『ひめちゃん用に持ってきてるわよ』


 塩浦はオーバーオールのポケットから骨の手でジェムリアを取り出した。


『三角形の宝石に見えるな』


『加工するとほぼこの形に落ち着くみたいね』


『うっかり失くしそうな大きさだ』


 ジェムリアは爪に似た大きさでライトが水色に照らす。


『これは氷の塊を飛ばせるだけであまり威力は期待できないの。でも、Dランクの魔物は頑張れば倒せるはずよ』


『ちょっと貸してもらえますか?』


『ど、どうぞ……』


 まだファイネにおっかなびっくりな塩浦が手渡す。


『見ていてくださいね』


 ファイネがジェムリアを握って岩壁に向けると、手の前方に白い煙が渦巻いてこぶし大の鋭い氷が現れる。そして次の瞬間、勢いよく飛んでいき壁にぶつかって粉々に砕け散った。


――これが魔法……。


 衝撃で表面が抉れた岩壁を見て、真澄はその威力に驚くしかなかった。


『ありえない……』


 横にいた塩浦も同様に驚いて骨を震わす。


『氷の塊があんなに鋭くなるなんて……』


『魔力のコントロールを覚えるとこの程度は簡単にできますよ』


――普段と効果が違ったのか?


『まさか、Sランクの人たちも単純に純度の高いジェムリアを使ってるわけじゃないのかしら……?』


『というと?』


 呟く塩浦に真澄が促す。


『AランクエピックとかSランクレジェンドのカードになってる人って、かなり威力の高い魔法を使うことがあるのよ』


『それが魔力をコントロールした結果かもしれないのか』


――探索者同士でも秘密はあるんだな。


 中には見つけたダンジョンを独り占めするために黙っている探索者もいるだろうと、勝手な想像で自分を正当化する真澄だった。

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