第26話 スピールト愛

「そうよね……所属してたチームの名前を出したんだもんね……」


 塩浦はヘルメットとゴーグルを外し、髪の毛を撫でた。


「メガネは?」


「伊達だからいいのよ」


「じゃあ今日、学校を休んだ理由って……」


「免許を取ってきたに決まってるじゃない」


――決まってはないな。


「バイクまで買ってきたのか?」


「これはパパのよ。もらったの」


「……」


 真澄も祖父のバイクをもらったようなものなので飲み込むが、塩浦のバイクは新品同然に綺麗で現代的な形だった。


「原付なんだよな?」


「もちろん。カッコいいでしょ?」


「高そうだ」


「名郷のバイクもレトロで可愛いわよ」


「そりゃどうも。で、俺を追ってた理由は?」


「家がわかればいつでも押しかけられるからね」


「……」


 困った方向への行動力に真澄は呆れるしかなかった。


「まあ、俺も用はあったしちょうどいい」


「わたしの写真を撮ってくれるの?!」


「話がまとまればその未来もある。塩浦はチームにいたときのことを隠してるのか?」


――格好以外にも猫をかぶっていると自分で言ってたぐらいだ。


「それはねぇ……うーん、複雑な感情が渦巻くところなのよ」

「へぇ……」


――なんとなく長くなりそうだな。


 駐車場ではなく落ち着いた場所で聞きたいが候補はファミレスしかなく、完全に逆の道だったため面倒が勝つ。


「ファミレス以外に話をできる場所ってあるのか?」


「あなたの家」


「……」


 塩浦の即答に諦め、スマホで地図を開いて調べる。駅周辺にちらほら飲食店はあるがそこも通り過ぎているので、さらに近場へ焦点を当てた。


「喫茶店っぽいのが近くにあるけど……スピールト愛っていう変な名前の店だな」


「名前は聞いたことがあるわね。ロシアの人が店主みたいよ」


「塩浦ってロシア語は?」


「スパシーバ!」


「話せるなら大丈夫か」


「え、ちょっと!」


 真澄は困らせてやろうとヘルメットをかぶり、バイクに乗って走り出す。


――さすがにある程度の日本語は通じると思うが。


 塩浦の行動力に引っ張られて気楽に考える。普段だと緊張する初めての店も誰かがいれば平気だった。


 ゆっくり走っているとバックミラーに現代的なバイクが映り、あっという間に横へ並ぶ。


「わたし! ロシア語なんて話せないんだけど!」


 知ってた叫びは無視して調べた道通りに先を進む。途中で道を曲がって山方面へ一直線だ。


 緩やかな坂のため速度はそこそこ出る。といっても塩浦には敵わず、せっつかれながら目的地へ到着した。


 砂利が敷かれた場所に二台の車がとまっていて、そばにレンガで造られた二階建ての建物がある。真澄は敷地に入りバイクをとめてヘルメットを脱いだ。


「見た目はお洒落だけど看板がな……」


 味のある外壁とは裏腹に、スピールト愛と書かれた看板が場違いで違和感を加速させる。


「なんだ、日本語が書かれてるじゃない」


 すぐ横にバイクをとめた塩浦が安心したように呟いた。


「よし、塩浦が先陣を切ってくれ」


「こんな場所で営業してるんだから日本語ぐらい通じるわよ」


 物怖じせず店に入っていく塩浦の後ろを真澄が追って入る。店内は外観と打って変わって木造でカウンター席とテーブル席に分かれていた。カウンターの後ろに酒瓶が並ぶのが気がかりだが、各所の表記は日本語なので安心した。


「いらっしゃいませ。なんめ、い……?」


「二人です」


 出迎えたのは古めかしいメイド服に身を包んだ店員で、明らかに面識のある顔だった。


「……」


「……」


――菊姫さん、だよな……?


 店員はどこからどう見ても菊姫だがいつもの服装と違いすぎて、黙ってお見合いしてしまう。


「どこに座ればいいでしょうか?」


「こちらへどうぞ……」


 動揺する真澄とよそ行きの塩浦は一番奥のテーブル席に案内された。


「いい雰囲気の店ね。何を頼もうかしら」


 塩浦は機嫌良く開いたメニューを眺める。


――でもまあ、ここで働いてるだけと思えば……。


 一方の真澄はカウンター横へ下がった菊姫を気にするが、謎多き生態の一端を垣間見れたのは良かったと納得する。そして、ここで塩浦と話をすれば説明する手間が省けると前向きに捉えた。


「フレンチトーストが美味しそうね」


「夕食前にか?」


「こんなの食べた内に入らないわよ。名郷は決まった?」


「……俺はアイスコーヒーでいい」


 塩浦が上品に手を上げると菊姫が注文を取りに来た。


「フレンチトーストが一つとアイスコーヒーが二つ、お願いします」


「かしこまりました」


 菊姫は考えることを放棄した無表情でお辞儀し、カウンター横から奥に続く場所へ姿を消した。


――カウンター部分とは別に調理スペースがあるのか。


 他に客どころかスタッフもいないため店内は静かだった。


「繁盛してないのかしら」


「夜がメインなのかもな」


 真澄はカウンターの後ろに並ぶ酒瓶を見ながら推測する。


――菊姫さんは学校から帰ると会えることが多いし、日中に働いてるんだろう。


「ところで塩浦の服って……」


「可愛いでしょ?」


「ああ、うん……」


 塩浦は自身が着るオーバーオールを引っ張り、アニメキャラのワッペンが目立つ部分を見せた。


 カスミンのイメージとかけ離れたファッションを心掛けているのか、それとも好んで着ているのか。どちらか悩んで中々言い出せなかった真澄だが、趣味は人それぞれかと素直な感想は控えることにした。

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