第27話 ソゾロシリーズ

「お待たせしました」


 頼んだものが運ばれてきて塩浦が嬉しそうに食べ始める。待っている最中にOkikuに関連した話題を何度も振られた真澄だったが、菊姫が奥に行ったまま姿を見せなかったので適当に誤魔化していた。


――ようやく菊姫さんに聞いてもらいながら話せるか。


「まず、塩浦の過去の話に興味がある」


 カウンター横の定位置に戻った菊姫を横目に、真澄は少しボリュームを上げて質問を始めた。


「ん、むぐ……美味しいものを食べてるときに嫌なことを聞くのね……」


「辞めた理由を聞きたいだけだ」


「単純に先々を考えて、もうちょっと落ち着いたキャラでやりたかったのよ」


 塩浦はつまらなそうな顔で唇を尖らせた。


「わたしは探索者一本で生きていくと決めたの。カスミンのままじゃ先細りは明らかで、相談したんだけどキャラを変えるのはダメって言われて。そりゃあ恩もあるのよ? 初心者同然の頃からサポートしてくれたんだし。でもね、わたしには未来があるの。向こうはカスミンで再生数を稼げれば満足するんでしょうけど、最後になんて言われたと思う? 道具は黙ってろ、よ。結局は喧嘩別れでさよならすることになったわけ」


 鼻を鳴らし、憂さを晴らすようにフレンチトーストを頬張った。


――聞いた限りは方向性の違いみたいな形か。


 理由事態にそこまでのトラブルはなく安心できても、問題は隠しておきたい出来事かどうか。菊姫と同じく良好な関係性を築ければ一番だが、すぐに信頼するのは難しかった。


「来る前にも聞いたが、カスミン時代の姿は今の自分と無関係を貫きたいのか?」


「そういう気持ちはあるわね。ただ、探索者を続けるといずれはバレると思うの。だったら、これからは素の自分を出しちゃうぐらいで良くない?」


――聞かれても困る。


「それに……」


 塩浦はスマホを操作して真澄に見せる。


「武器か?」


 画面には刀剣が映っており、機械らしさのある鞘が特徴的だった。


――確か動画で見た覚えがあるな。


「わたしの家は小さな町工場なのよ。家族経営のね。こんなご時世でしょ? 経営が傾いて一時は潰れそうになって。そこに現れたのがダンジョンだったの。普通チャンスと思うじゃない? 試行錯誤で武器を作って完成させたのがソゾロシリーズ。射出機構を備えたナイスな武器よ。居合いみたいなカッコいい動きができるの。宣伝の手段が少なくて初めこそ売れ行きはいまいちだったけど、わたしが使ってるうちに広まり始めて今では二か月待ちなんだから!」


 探索者一本で生きていくと言った背景を知って、いつものお人好しが疼く。


――でも上手くいってるほうか。


 どちらかといえば助けてもらうのは自分だと思い直す。探索者の経験値は圧倒的に負けているのだ。


「素の姿ってことはカスミンと決別したい気持ちはあるんだよな?」


「仄めかすのはありよね。カスミンにもファンはいるんだし。たとえば低レアリティのカードをこの姿で撮影するの。レアリティが上がったらメガネを取って髪の毛もほどいて、活動的な格好になったりしてね。まったく効果が違うカードに設定されそうだし、注目を集めるはず!」


――そんなところまで考えてるとは……。


「ダンジョンズエクエスのシステムで名称は深化だったか」


 探索者のカードは同名のレアリティ違いで実装されていき、重ねると特別な効果を発揮する。高いレアリティに認められるとプレイヤーのカード使用頻度が上がるので、より人の目に付きやすくなり宣伝効果を見込めた。


「そのためにはOkiku、あなたの力が必要なの!」


「もう一度言っておくが、俺はOkikuじゃない」


「頑なね」


――自分を棚に上げてよく言う……。


「はっきりさせておくとOkikuは俺の知り合いなんだ」


「あら、そうだったの?」


 そこはあっさり信じる塩浦に力が抜ける。


「正直、Okikuは素性がバレるのを避けたいと思ってる。俺もまあ秘密のいくつかは持ってるし。塩浦と関係を深めたときに言いふらさないかを危惧してるんだよ」


 真澄は遠回りに聞いても無理な相手だと悟り、正面から話を切り出した。


「信用の問題なのね。わたしを信じてもらう根拠……は難しいけど担保なら考えがあるわ。フォトグラファーらしく恥ずかしい写真を撮ったら?」


「いや、恥ずかしいって……え?」


「水着、じゃ弱いし裸はどう? 世の中に出回ったらわたし、困っちゃうわよ?」


「……」


 そんな解決方法があったのかと雷に打たれたように驚いてしまう。


 そして、固まる真澄の耳に咳払いが聞こえた。目の前にいる塩浦はコーヒーを飲んでいるので、音の主が菊姫なのはすぐにわかった。


「一度持ち帰って相談の上、結果を報告したいと……」


「そう?」


 塩浦はフレンチトーストの欠片を最後に平らげ、コーヒーを飲み干した。


――覚悟を聞けただけでも気持ち的には十分なんだが、菊姫さんだしな……。


 残ったコーヒーを飲みながら、自分の裸写真も撮られていたことを思い出す真澄だった。

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