第23話 The DIY

「ふぅ……」


 家に帰り、塩浦のせいでどっと疲れが溜まった真澄は居間に倒れ込んだ。


――昨日は訓練が休みだったしなぁ……。


「……」


――だらだらせず早めに行きたいけど……。


「……よし」


 気合を入れるために声を出して三分。ハッと目が開いて寝落ちを回避し、眠気覚ましに顔を洗って着替えを済ました。


 充電池を忘れず持ってダンジョンへ入り、スケルトンに変身したところで何か音が聞こえてくる。


『なんだ……?』


 奥へ進むごとに音は大きくなって、小部屋でまさかの人物と出会った。


『菊姫さんじゃないですか』


「……真澄か」


 突然の来訪者に驚いた菊姫は見慣れた作業着に安堵する。


『マスミさん! キクヒメさんが来てくださって何かを作ってくれています!』


『物を作るのが得意らしくてお願いしたんだよ』


――というか頼んだばかりなのに。


 行動の早さもそうだが、一人でファイネの元へ来ていることに真澄は謎の感動を覚えた。


『ようやく慣れてくれましたか……』


「……何を言ってるかわからないよ」


――そういえば菊姫さんが人間の姿だった。


「ちょっとスケルトンになってくる」


 やはり居心地が悪い菊姫は小部屋を出て、罠の元へ向かった。


『色々道具を持ってきてくれてるな』


 すでに制作物の全体像は見えている。長方形に加工された厚みがある木の板に小さな穴が縦に六個、横に七個作られ、その穴と同じ大きさになった木のブロックが大量に転がっていた。


『お、新しい板も取ってきてある』


『催促しているわけではありませんよ!』


 ファイネはいつもよりテンション高く、身振り手振りで反応する。


――喜んでくれているようで何よりだ。


『お待たせ。真澄はブロックにした木へやすりがけね』


『了解です』


 スケルトンの状態で戻ってきた菊姫は早速、手伝いを要求する。


『ワタクシも! ワタクシもお手伝いを!』


『お礼だし見てて』


『そ、そんな……』


 なぜか愕然として肩を落とすファイネを置いて、二人は作業に勤しむ。


『あんまり削りすぎないほうがいいんですよね?』


『穴の大きさちょうどに作ったから、気持ち良くはめ込めるぐらいかな』


『わかりました』


 真澄はやすりを手にしながら今日の出来事を振り返る。


『ダンジョンズエクエスを始めてみたんですけど面白かったですよ』


『私もやってみた』


『ダンジョンズ……?』


『カードゲーム、じゃ伝わらないか。ダンジョンを題材にした遊びだな』


『ほほう?』


『ファイネが絵になって登場したとこだ』


『なるほど……?』


 ファイネはピンとこず、地面に行儀よく座ったまま手持ち無沙汰に骨を震わした。


『お昼にアップデートされて実際に見ましたが、雰囲気ありましたね』


『写真ありきの絵作りで良かった』


『調べてみると評判は上々でしたよ』


『エゴサだ』


『いや、それが半ば強制的だったといいますか。俺のことをOkikuだって言い張る人物が現れて』


『友だち、はいなかったね』


『……ただのクラスメイトです』


 切れ味のある返答に真澄は危うく指を削りそうになった。


『斜め上の勘違いが重なった結果なんですけどね。そのクラスメイトがどうも探索者らしくて』


『誘ういい機会だ』


『簡単には誘えませんよ』


『私が友達になってあげて、って声をかけようか?』


『勘弁してください。そもそも誘う以前の問題なんです。チームとかいうのに所属してたみたいで、最近辞めたとかなんとか。怪しくないですか?』


『トラブルがあったのかな。その板、こっちに置いてみて』


『はい』


 菊姫が完成させた絵画を立てかけるようなスタンドに、真澄が言われた通り長方形の板を置いた。


『こんなのよく簡単に作れますね』


『難しいと思うから難しい。やる気になれば簡単』


――やるまで腰が重いのはわかるけど、簡単には無理だな。


『それは?』


『電池式のはんだこて。文字は英語と漢字、どっちにする?』


『漢字にしましょう』


 菊姫は板の上部にはんだこてを使って、日、月、火、水、木、金、土と順に表面を焼いて文字を書いた。


『次はブロックのほうに数字ですか?』


『そっちは別』


 バッグを漁ってはんだこての代わりに出てきたのは、木のブロックと大きさが似ている金属ブロックだった。


『数字の金属ブロックがいっぱい家にあったから、焼印風にやってみる』


 金属ブロックの片面には数字が浮かび、逆側にネジ穴がついていた。


『そんな物、普通家にあります?』


『必需品だね』


『……菊姫さんの生態って謎ですよね』


『初めて言われたよ』


 菊姫は先端がネジになった棒を手に、金属ブロックへ取り付ける。さらにカセットコンロを持ち出し金属ブロック部分を熱していく。


『これは魔法ではなくキカイというものなんですか?』


『そうだな』


 大人しく見守っていたファイネがカセットコンロの火を見て感嘆の声をあげた。


『ワタクシの想像を遥かに超える世界が広がっているのでしょうね……』


『人間の姿に戻ったら新鮮なことが多くて忙しくなると思うよ』


『楽しみです!』


 真澄がやすりをかけた木のブロックへ菊姫が焼印で数字を刻む。


『味が出ますね』


『これが全部終わればニスを塗って終わりかな』


 仕上げが近づくにつれ、ファイネのそわそわが増していった。

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