第15話 多彩なお姉さん
「どうにかスケルトンになってもらえないでしょうか?」
「……」
昼もいい時間になり、真澄は手間がかかって見える冷製パスタを振る舞い乗り気ではない菊姫を説得していた。
「料理は結構するんだね」
「菊姫さんに食べてもらうため勉強しました」
「出た、おべっかだ」
押し問答は食事後まで続いて菊姫がため息をつく。
「ずっと嫌がる私が悪いのかな。スケルトンになりたくないほうが変?」
「いえ、もう菊姫さんの優しさにおんぶに抱っこでやらせていただいてます」
「……きみ、遠慮と可愛げが会話するごとになくなっていくね」
すっかり慣れた真澄は失礼を重ねるのに抵抗が薄れる。もちろん菊姫の人柄があってこそだが、優しさに甘えている意識は持っていた。
「写真を撮るのに協力的なのはわかるけど……じゃあこうしよう。私はきみの言うことを聞いて、きみは私の言うことを聞く」
菊姫は渋々といった様子で提案を口にした。
「受けて立ちますよ。菊姫さんは俺に何をさせたいんですか?」
「それは未来の私が決める」
「なるほど……いいでしょう」
考える時間を長く与える怖さはあるが、お互いに妥協は必要と真澄も納得するのだった。
「今まで、スケルトンには何回なったのかな」
「十回は軽いですね」
「体調に変化は?」
「すこぶる良いです」
「妄想が激しくなってスケベになるだけ?」
「それは生まれつきなんで」
真澄はダンジョン内での撮影を前提に、家にあった懐中電灯など光源になる道具をリュックに詰めて背負う。
ダンジョンに入った後は罠の手前に進み、地面を崩して準備を整えた。
「先に行きます?」
「仕方ないね……」
菊姫は諦めて穴を覗き込む。罠に自分から入るなんて、と最後に言葉を残し思い切りよく飛び下りた。
「んっ……!」
充満する煙に吸うまいと息を止めるも意味がなく――。
「カタカタカタカタカタ!」
あっという間にスカジャンを着たスケルトンが誕生した。
「菊姫さん、手を」
「カタカタカタ!」
真澄は自分の姿に驚く菊姫に声をかけて引っ張り上げる。
「俺もスケルトンになるんで、少々お待ちを」
入れ替わるように自らも穴へ入ってスケルトンに変身した。
『言葉がわかりますか?』
『あ、聞こえるね。ほんと変な感じ』
真澄も穴を這い出て、二人でいつもの小部屋へ行くことにした。
『この奥がファイネと落ち合う場所になってるんで行きましょう』
『異世界人だっけ? その子は元々がスケルトンの設定でいいのかな』
『特殊な魔法でスケルトンになったと聞いてます。罠と違って人間に戻れず、今はダンジョンでスケルトンの状態解除を目指している最中です。ちなみに設定じゃなくて事実なんで』
『本当なら大変だ』
『ずっとダンジョン、それもこんな洞窟内にいるのは気が滅入るどころじゃないですよね。だから、何か力になりたいと思うんです』
『気持ちはわかるけど自分を優先することも必要だよ』
『剣の扱い方を教えてもらってるんでウィンウィンの関係だったりします』
『打算的な考えを持つのはいいと思う』
『菊姫さんとはお互い善意の関係ですよね』
『シンプルにお金の関係だね』
すぐに着いた小部屋は暗く、ファイネの姿は見当たらなかった。
『うーん、ダンジョンに潜ってるんですかね』
『連絡を取る手段は?』
『ありませんよ』
『……何か考えたら?』
『電波が届かない以上は手がありません』
地上とダンジョン間だけでなく、双方がダンジョン内であっても通信は妨害されてしまう。原因は未観測ながら魔力の存在とされていた。
『意思疎通ができるなら時計か何かを渡しておくとかさ』
『……頭が回りませんでした。ただ、仮に会う時間を決めても急な用事で行けないことがあると思うんです。待たされるほうは心配になりますよね?』
『決めた時間の十分や二十分以内に来ないと予定が入ったんだ、で納得できる』
『……菊姫さんって頭も良かったんですね』
『きみの頭が心配になるよ』
二人はしばらく待つことにして木の板の上に座った。
『力になりたいなら椅子を用意するとかは?』
『ダンジョンに地上の物を持ち込むとそのうち取り込まれて消えるみたいなんです。身につけておけば大丈夫らしいんですが』
『この木の板は?』
菊姫が地面に敷かれた板を叩いた。
『ダンジョンにあった物だから平気と言ってました』
『じゃあさ、ダンジョンの素材で家具を作るのはどう?』
『確かに可能性は……とはいえ誰かに頼むのはお金がかかりますし……』
『簡単な物だったら私でも作れるけどね』
真澄は菊姫の多才ぶりに骨を震わすしかなかった。
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