第16話 骨と木刀と方眼紙

 時間が経過してダンジョン内の小部屋で人間の姿に戻った二人の元へファイネが帰ってくると、菊姫は驚いて真澄の背中に隠れた。


 真澄は菊姫を落ち着かせつつ二人で再びスケルトンに変身し、ファイネと向かい合うのだった。


『ワタクシはファイネ・バランタインと申します』


『菊姫だよ……ああ、本当に言葉が通じて……』


『ファイネには相談がある』


 自分は正常だと頭を悩ます菊姫を横に、魔物のスケルトンから武器を奪う算段について説明する。


『なるほど、シャシンですね。たとえ武器を持っていたとしてもワタクシの敵ではありません。もちろんマスミさんにも倒せるはずです』


『うん、過信含めできそうだとは思ったけど。武器を持つスケルトンのところへ行くまでに自分のスケルトン状態が持つかの心配があって』


『確かに時間はかかりますね。通常のスケルトンは二階層目にいますが、武器を持つスケルトンは三階層目で出会うんですよ』


『となると、ファイネにモデルを頼むことになる。色々ポーズが必要で任せる部分が大きいんだが……』


 人間の姿では言葉が伝わらないため、細かいポーズの指示は難しかった。


『ポーズですか。経験外なので上手くできるか不安ですね』


『菊姫さんが怖がったら正解ぐらいの気持ちでやってくれればいいよ』


『きみさ、私をなんだと……』


『がおお! というのはいかがでしょうか?』


『……』


 両手を上げて多いかかるファイネを前に、菊姫は言葉を発することなく固まる。


『あの、菊姫さん……?』


 真澄が身体を揺らすも、人間の姿に戻るまで反応は返ってこなかった。






「というわけで、今からダンジョンの奥に進んで写真を撮りに行こうと思うんですが」


「……はぁ」


 菊姫はこいつをどうしてやろう、というジト目を真澄に送る。


「私の言うことを聞く約束、胸にとどめておきなよ」


「……」


――不用意に怒らせると痛い目を見そうだ。


「それより、その木刀をよく見せて」


「どうぞどうぞ」


 真澄は持っていた木刀を素直に渡す。


「あ、叩くのはやめてくださいね」


「態度次第」


 渡された木刀を菊姫が興味深そうに眺める。そして、柄の部分を見てやっぱりと呟いた。


「劔火愁って有名な鍛冶師だよ」


「あ、ファイネも腕のある誰かが作ったはずだと言ってました」


「カタカタカタカタカタ!」


 菊姫は名前に反応したファイネに身体をビクつかせ、先を続けた。


「もし本物ならかなりの額になる」


「かなりというのは……」


「木刀だから上限はあるけど、三十万円でも買う人はいるだろうね」


「マジですか!?」


 真澄は降って湧いた金の話に驚くしかなかった。


「家にあった木刀なのに……」


――じいちゃんのやつ、押し入れになんてものを放り込んでたんだ。


「使わずに置いとかないとダメですね」


「私は使うべきだと思う」


「いや、三十万ですよ?」


「大事に使う意識さえあれば平気」


「とは言っても……」


 ファイネが持ったのを合わせると六十万。二人分の武器を買ってもお釣りが出る額で、簡単には納得できなかった。


「売りたかったら私が買う」


「菊姫さんって骨董趣味があるんですか?」


「そんなとこ。ただ、今払うのは難しいから時間がほしい」


「じゃあ……とりあえず撮影に行きましょう」


 真澄は誰かに売るなら菊姫にしたいが、ベストはプレゼントで格好をつけたいと背伸びな考えを持つ。


――上手く写真を撮れたら売る必要はなくなるし。


 そもそもが祖父の所有物という問題は都合よく頭から抜け落ちていた。


「俺はもう一度スケルトンになりますが、菊姫さんはどうします?」


「……なるよ」


 一人で人間のままいることが居心地悪く感じる菊姫と一緒に、真澄は罠に入って本日三度目のスケルトンに変身した。


『出発でしょうか?』


『道案内を頼む』


『了解です!』


 三人はファイネを先頭にダンジョンを奥へ進み始めた。


『そうだ、こんなの持ってきてたんだけど』


 思い出したように背負ったリュックへ手を入れた真澄は、大きい方眼紙とメモ帳型の方眼紙にグリップが付いたペンを取り出した。


『地図を作るのに使えるかと思って』


『おお! 助かります!』


『後はこれを……』


 小さなポーチがファイネの腰に装着される。


『作業着にしっかり固定できてるから激しく動いても平気だ』


『ありがとうございます! では早速……』


 ファイネは階段を下りて方眼紙へ書き込みを始めた。


『ちょっと、魔物が出るのに気を抜きすぎじゃないかな』


『それが大丈夫なんですよ。ファイネは滅茶苦茶強いんで』


『お任せください。お二人には指一本触れさせません』


 菊姫はそう聞かされても信じられなかったが、考えを改めるのに時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る