第11話 個人撮影会
「数歩先の地面が崩れて穴ができます」
罠の手前、真澄が立ち止まって最後の説明をする。
「スケルトンの状態は数十分持続後に解除されますけど、それまで言葉は話せません」
「私の言葉も聞こえない?」
「聞き取れるはずです。こっちから言いたいことがあったらスマホを使いますんで」
菊姫はまだ疑い半分の眼差しで腕を組む。
「わかった。スケルトンになってみて」
「はい」
罠の位置は完全に把握済み。真澄は地面を先に崩して後ろへ視線を送り、ゆっくり穴に下りた。
「っ! 大丈夫なの……?」
すぐに充満した煙を見て慌てた声を上げる菊姫だったが、次の瞬間には驚きに変わった。
「カタカタカタカタカタ!」
「本当にスケルトンだ……」
「カタカタカタ!」
「何を言ってるのか全然わからない。待って、このままで一枚……」
菊姫は這い上がろうとする真澄を制止させ、カメラを構えた。
「眩しい。ヘルメットを渡して」
「カタカタカタ!」
脱いだヘルメットは穴の少し後ろに置かれてダンジョン内を照らす。
「次は服。スケルトンが着てたらおかしい」
「カ、カタカタ……」
「そんな姿で恥ずかしがることじゃない」
言葉が通じなくても仕草や身振り手振りで伝わる情報はある。真澄はもじもじ身体を動かしながら、異性の前で初めて服と下着を脱ぐのだった。
「よし……」
脱いだ服は写らないようにヘルメットの側へ置かれて、撮影会が始まった。
「まずは普通に……そう、何も考えず……」
パシャパシャとシャッターを切る音が響く。
「手を上げて……あ、今のいいよ。今度は馬鹿みたいに両手を上げたり……這い出る感じも見せて。うん、雰囲気出てる。逆に落ちちゃいましたとか……違う、やっちゃったじゃなくて呆然自失? そう、うずくまって哀愁のある背中を……うん、すごくいい」
指示を出され褒められ、真澄は不思議と高揚感を覚えた。そして、待っているだけではなく自らポーズを取りシャッターが切られるのを期待するまでに。
「穴に落ちたスケルトンって、結構嵌まるね」
菊姫にも熱が入り、スカジャンをはだけさせて撮影を続ける。純粋な楽しさと手応えに時間を忘れるほど、枚数が積み重なっていった。
「うつむき加減に」
「カタカタカタ!」
「落ちないよう壁に張りついて」
「カタカタカタ!」
「その場でジャンプ」
「カタカタカタ!」
「地面に倒れて死んだふり」
「カタカタカタ!」
「そのまま顔だけ上げる」
「カタカタカタ!」
「そこでブリッジ」
「カタカタカタ!」
次第に何が正解かわからなくなっていく。疲れ知らずなスケルトンの真澄に対し、菊姫は頬を上気させて額に汗を浮かべていた。
その時――。
「カタカタカタカタカタ!」
通路の奥から骨が震える音が聞こえてくる。
「何?」
気づいた菊姫が目を凝らすと暗闇にスケルトンの顔が浮かび上がった。
「本物のスケルトン……!?」
真澄にはファイネが来たとわかっても、事情を知らなければただのスケルトン。充電がきれたのかヘルメットのライトは消え、灯りの当たり具合から作業服が見えずらく疑問を感じられなかった。
「真澄! 早く上がって!」
「カタカタカタ!」
逃げなくても大丈夫とは伝わらず、スマホを取ろうにも引っ張られては難しい。結局は促されて穴を這い上がった。
「来て!」
菊姫は手を引いたまま、ライトが生きたヘルメットを引っ掴んでダンジョンを引き返していく。
「カタカタカタ!」
「走るよ!」
真澄は意外な速さに躓かないよう気をつけながら、水着で魔物を背景に撮っていた画像を思い出す。あれは足の速さを頼りに撮影したのだろうと、冷静な想像が働いた。
「カタカタカタ!」
「もうちょっと!」
入口まで行ったとしてもスケルトンの状態では地上に出られないので困っていると、タイミング良くむず痒さが身体を駆け巡る。
「お……?」
「ほら、見えた!」
二人は最後の急な坂で足がもつれて転んでしまい、絡まり合った。
「っつう……!」
手を引いていた菊姫を地面に真澄が上に乗っかる。地上へ出たということはスケルトンの状態が解除されたということ。しかも撮影のために服は脱いだまま。
「ご、ごめんなさい!」
一瞬で事態を把握した真澄は飛びのいて大事な部分を隠す。
「……別に平気」
菊姫は意味なく二度三度頷いてシャッターを切るのだった。
「ちょ、撮らないでください!」
「もう少し鍛えたほうがいいと思うけど、そういう身体が好きな人もいる。大丈夫」
「何を言って……! 未成年の裸を撮るのは犯罪ですよ!」
「何年かすれば成年でしょ?」
「意味わかりませんから!」
続く撮影会に真澄が家へ逃げ帰ろうとすると、ダンジョンの入り口奥で何かが聞こえた。
「カタカタカタカタカタ!」
「ファイネ!」
転んだ際に落としたヘルメットが地上に出てこられないファイネを照らす。その手にはダンジョン内に置いてきた真澄の服と下着が握られ、旗よろしく振り回されていた。
「助かった!」
「何を……!」
服を取りにダンジョンへ入ろうとした真澄を菊姫が腰に手を回して捕まえる。
「ど、どこ触ってるんですか!」
「早まらないで! 撮った写真はネットへ上げずに保存しとくだけだよ!」
「いや、死ぬつもりなんてないんですって! というか削除しましょうよ!」
「カタカタカタカタカタ!」
庭でのひと悶着は、辺りが暗くなるまで続くことになった。
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