第10話 秘密の共有者
「お茶とお茶請けです……」
「気が利くね」
真澄は予想外にヤンキーのお姉さんを家に招き、なぜかもてなすことになった。
「名前は?」
「名郷真澄です……」
自分の名前を言うだけでも語尾がすぼみ、弱みを握っているはずなのに立場では完全に負けていた。
「真澄か。女の子みたいな名前だ」
「……初めて言われました」
――いきなり下の名前で呼ぶとはさすがヤンキーのお姉さん、もといエッチなお姉さん。
「あなたの名前は……」
「菊姫」
「素敵な名前ですね」
「おべっかはいい」
菊姫はお茶請けを口に放り込み、続けてお茶を飲んでのどを潤した。
「それで、何か言いたいことがあるのかな」
「えっとですね、菊姫さんには探索者の先輩として色々教えていただきたいというか……」
「私は探索者じゃないよ」
「え?」
「ん?」
まさかの返答に真澄が間抜けな顔を晒す。
「ああ、ダンジョンで撮ったやつを勘違いしたんだ? てっきりスケベ星人なのかと思った」
「もしスケベ星人だったら……」
「誠心誠意サービスしたよ」
「……」
わざとらしく髪をかき上げる菊姫の姿に、つい生唾を飲み込む真澄だった。
「冗談だから。きみ、簡単に名前も住所も教えてさ。水着を着た女の子の弱みにつけこんだなんて噂、学校で広がったら生きづらくなるよ」
「そ、それは……」
まさしくその通りで真澄は言い返せない。転校の理由が不埒なトラブルと勘違いされかねず、攻勢が一転した。
そもそも本来の目的は相手が探索者であってこそ。もちろん健全にあわよくばとは思っていたが、そんな考えは本人を前に影を潜めてしまう。
「両親は帰ってくるの?」
「ここは祖父の家で、その祖父もほとんど帰って来ません……」
「へぇ、訳ありだ」
意図した展開と違ったので帰ってくださいとは言いにくく、真澄はくつろぎだす菊姫と会話を試みるしかなかった。
「……菊姫さんは写真家なんですか?」
「いきなり嫌な質問」
「あ、別にそこまで聞きたい話じゃ……」
「それも失礼。私が撮った風景のやつは見た?」
「過去の投稿に多かったですね」
「ふーん、興味津々なんだ」
「いや、その……」
「そういう写真の場合は見向きもされなかった。上手くいかなかったら自分に自信がなくなるでしょ? 魔が差して水着姿を載せたら閲覧数が伸びてね。誰かみたいなスケベ星人が多くて困る」
菊姫は真澄を見て控えめに笑う。
「嫌になるけど、カメラで食べていくなら自分のプロデュースも必要なのかなって」
「ああいう投稿で稼いでるんですか?」
「あれは宣伝用のお試しで写真の稼ぎはゼロ。だから今の私は写真家なんて大層なものじゃない」
高校生相手に変なことを喋ったね、と口をへの字に曲げてため息をついた。
真澄は話を聞いて少し親近感を覚える。自分が探索者になりたいように、菊姫は写真家になるため苦労している。怖いヤンキーというフィルターが薄れて何か力になりたいと、お人好しの発作が起きた。
「菊姫さんも撮ってましたけど、ダンジョンの写真とかって需要あります?」
「写真素材の販売サイトでは人気なほう。危険な場所だし探索者を雇ってたらお金がかかる。専門でやってるのはごく少数かな」
「スケルトンを自由に撮影できたらいい線いきませんか?」
「迫力ある絵が撮れたらね」
「用意するんでちょっと待っていてください」
「……?」
訝しむ菊姫を置いて、真澄はいつもの服装へ着替えることにした。
「こっちに来てください」
「そんな恰好で庭に出てどうす……何この穴?」
「ダンジョンです」
「まさかこれ、未登録の……」
菊姫は驚いた顔で言葉を詰まらせた。
「きみ、私よりバレちゃダメな秘密を持ってたんだね」
「もっとダメな秘密があるんで大丈夫です」
「私が通報するとか考えないの?」
「菊姫さんを信用してますんで」
「素直に水着の件とお相子って言ったら?」
「通報しないならしないで共犯者ですよね」
「笑顔で言うことじゃない」
真澄はダンジョンがバレる心配より、秘密の共有ができて少し胸が軽くなる。
「実はここに、スケルトンになる罠があるんですよ」
「ダンジョンで写真を撮る前に念のため調べたけど、そんな罠ネットのどこにも……」
「もしあれば迫力ある絵が撮り放題ですよね」
「……」
「じゃあ行きましょうか」
「何か起きたらすぐに逃げるよ」
二人は真澄を先頭に、ダンジョンへ入ることになるのだった。
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