第8話 初めての殺気

『ちょっと相談があって、スケルトンの状態で剣を振るのはやっぱりやめたほうがいい?』


『初級者の内は余計にですね。武器を握ってみて力の入れ方から普段と違いました』


 真澄は想定した答えに肩を落とす。


『何かそうお考えになられた理由があるのですか?』


『スケルトンの状態だと筋肉痛を気にせず素振りができるかなと』


『なるほど。でしたら試してみましょう』


『……そんなに軽く決めて大丈夫なのか不安はある』


『初級者には修正のしやすさもあります』


 物は言いようだと思いつつもファイネを信頼することにした。


『ですがスケルトンで剣を振るばかりではなく、人間の姿でも行いましょう』


『日を開けずに?』


『そこは厳密に考える必要はありません。数も身体に馴染ませる程度で構わないかと』


――それなら休まずに続けられそうだ。


 真澄は人間の姿のときに体力作りへ比重を置こうと決める。楽な方法はなくとも効率よく進めれば近いうちに、Dランクの魔物なら戦えるレベルになるのではと期待を抱いた。


『じゃ、人間に戻る前にやってみよう』


 早速、木刀を握って姿勢を正す。


『やはり少し前傾姿勢になっていますね』


――む、もっと背筋を伸ばすのか。


『ワタクシもしばらく気づかなかったのですが、人間の姿とは色々な部分で差異が生じています。あくまでスケルトンの状態であって、自らの骨格と無関係なのが原因でしょう。おそらく背丈も違い、体重の感じ方で普段の動きができなくなっているはずです』


『あぁ、スケルトンの状態っていうのはしっくりきた』


 歩き方一つとっても身体のちぐはぐさはどこかにあった。


『正しく剣を振る意識より慣れるのを優先しましょうか』


 ファイネは木刀を握って真澄の正面に立った。


『人間に対して牙をむく危険な魔物であっても、生命を感じさせる相手に攻撃を仕掛けるのは精神的に緊張を覚えます。ですが、ためらいは自らを追い詰める行為。できる限り自然体を心掛けなければなりません』


 言われた内容は真澄にも理解できる。ダンジョン未経験者にとっては動物と魔物に大した違いはない。それはスケルトンのような魔物にも言えた。意志を持ち動いて見える相手への攻撃には、必ず忌避感が付きまとう。


『さらに、攻撃を仕掛けるということは仕掛けられるということでもあります。魔物には優しさなどなく、ただただそこにあるのは殺意です』


 淡々と続く言葉には重みがある。真澄はスケルトンの姿ながら冷や汗が出た気がした。


『では、自由に打ち込んできてください』


『それは……』


 ファイネは片手で握った木刀を真澄に向けた。構えと言えるほどの姿勢には見えない。木刀を持っただけの単純な動作だ。しかし、えも言われぬ何かが確かにあった。


『ワタクシが怪我を負うことはありません』


 スケルトンなのであるとすれば骨折でしょうか、という軽口でさえ自然と背筋が伸びた。


『訓練です。さあどうぞ』


『……わかった』


 真澄は覚悟を決め、木刀を両手で握って振り上げる。


『はっ!』


 どうにでもなれと正面に打ち込んだ一振り。加減をするだけの技量と経験のなさから力いっぱいになったが、軽く弾かれてしまった。


『次』


『ふっ!』


 ファイネの声で反射的に振った二本目も弾かれる。


『次』


『はあっ!』


 三本目四本目と間を空けずに続けていく。素人丸出しの動きだが速さは衰えない。疲れ知らずに回数は五十本をあっという間に超えた。


 そして、ついに真澄のスケルトンが解除されて人間の姿に戻ったそのとき――。


「っ!」


 ぞくりと背筋に冷たいものが走る。握っていたはずの木刀が一瞬で弾き飛び、真澄はファイネが発する何かに気圧されて後ろへ倒れた。


「カタカタカタカタカタ!」


「……」


 わけがわからず呆然とする真澄に、いつもの調子に戻ったファイネが手を伸ばして立ち上がらせる。


「カタカタカタ!」


「えっと……」


――今日の訓練は終わりってことでいいのか?


 真澄はファイネが落ちた木刀を拾って背中に隠したのを見て推測する。


「またスケルトンになるのはな……」


 学校帰りだったためスマホが示す時間は夜に差し掛かっていた。


「カタカタカタ!」


「あー、じゃあ今日は帰ろうかな」


 真澄は肩を優しく叩かれて納得し、手を上げてファイネと別れた。地上へ戻る最中に身体の調子を見て筋肉痛以外に変わりないのを確認する。


「スケルトンでの運動は人間の姿に無影響か」


――最後、初めて罠に落ちたときと同じで肝が冷えた……。


 あれも訓練の一環だったのかとため息をつく。真澄にとって、初めて経験する殺気だった。

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