第7話 劔火愁

「ふっ、ふっ……ふっ、ふっ……」


 真澄はのどかな田舎道を軽くランニングする。昔から咳が出ることが多かったので自由に走れるのは気分が良かった。


――そういえばダンジョンでも咳は出なかったな。


 すれ違うのは祖父世代の人や軽トラばかり。バイクで慣れた風景も自分の足で走りながらだと新鮮に感じる。


 少し息が上がってきたところで目標が見えてきた。電信柱の下、公衆電話と一緒に並んでいる自動販売機だ。


――いきなり現れるし初めて見たときは謎に怖かったな、と……?


 自動販売機の陰から一人の女が現れる。長い金髪にスカジャンとレザースカートという格好で、カメラを手に公衆電話を撮っていた。


――たまにいるヤンキーみたいな人だ。


 真澄はチラチラ見つつも絡まれるとスケルトンより怖そうなので素通りする。しかし、自動販売機の飲み物を当てにしていたため道を外れ、川沿いでストレッチを始めた。


――上着に桜の柄があると思ったら骸骨もあったな。


 スケルトンには縁があり不思議と親近感が湧いたが、しばらくストレッチに励んで女がいなくなるのを待つのだった。




 ◇




「あぁ、身体の節々がだるい……」


 素振りとランニングをした翌日。学校から帰ってきた真澄は全身の筋肉痛にやられ、居間で転がっていた。


――眠たくなってきたけど……。


「よし!」


 声で気合を入れて立ち上がる。ファイネとの距離を縮めるために、一日一回ぐらいは言葉を交わしておこうと思うのだった。


 制服から作業服に着替えて庭に出る。ダンジョンに入って歩く洞窟の道も馴染みになった。ただし、未だに本当の魔物と出会っていないので恐怖心は変わらず持っていた。


「すぅ、はぁ……」


――空気は地上より澄んでる気がする。


 真澄は途中、緊張しながらスケルトンへの変身を済ませた。


『ん?』


 急に身体が軽くなったように感じて頭にクエスチョンマークが浮かんだ。


『あ、筋肉痛がなくなってるのか』


 スケルトンの副次効果に気づき、真澄はテンションを上げる。


――でもずっとスケルトンの姿でいるのは無理だしな。


 意外に便利な罠なのではと考えつつも、気を取り直して小部屋へ進む。そこで出迎えたのは両手に音楽プレーヤーをのせたファイネだった。


『マスミさん! 壊れてしまったのでしょうか!?』


 慌てたファイネに反し、音楽プレーヤーは静かに黙りこくっている。


『たぶん大丈夫』


 真澄は音楽プレーヤーを拝借する。念のため持ってきていた充電池に入れ替えて電源をオンに。続けて再生ボタンを押した。


『もう治ったんですか!?』


 ファイネは流れ始めた音楽に興奮を見せる。


『電池がなくなってた、と言ってもわからないか。魔力とか魔法って言葉は通じる?』


『もちろんです』


『魔法の動力源みたいなものが魔力だとしたら、音楽プレーヤーのような機械を動かすのが電力で……まあつまり、魔力切れに似た状況だっただけ』


『なるほど。そういうことでしたか』


 上手く説明できなかった真澄だが納得した様子に安心する。


『ヘルメットの灯りは役立ってる?』


『はい、灯りのおかげで気持ちまで明るくなります』


『ならそっちも電池を交換しておこう』


『ありがとうございます!』


――暗闇の中に居続けるのは気が滅入るだろうな。


『他に必要な物があれば持ってくるけど』


 真澄は受け取ったヘルメットの電池を入れ替えて返す。


『いえ、武器もいただいて十分すぎるほど助けになっていますので』


『そう?』


『それに地上のものを持ち込んだ場合、時間が経つとダンジョンに取り込まれてしまうんです』


――そんな制限が……。


『あれ、音楽プレーヤーは?』


『大事な物なので持ち歩いています!』


『置いておかなければ大丈夫なのか』


『下に敷いている木の板はダンジョンで拾った物で、こういった場所に置いておくと長く持つことはあります。ですが、取り込まれるまでの時間がバラバラで難しいですね』


――逆に言えば簡単な物なら持ってこれそうだ。


 短い付き合いながらファイネが恐縮するタイプなのはわかっている。それでも手助けしたい気持ちと合わせ、ダンジョンのイロハを学びたい打算的な考えが頭の中を巡った。


『木刀の使い心地は試せた?』


『はい! 驚いたことに魔力の通りが良く抜群の使い心地でした!』


 ファイネが前のめりに熱く語る。


『これを作ったのは相当腕のある方に違いありません!』


『そんなにか。じいちゃんの家に眠ってたやつだからなぁ』


『柄の部分に彫られているのが名前でしょうか』


『えっと、劔……火愁か?』


――いかにもな名前だな。


『ツルギカシュウさんですね。感謝を胸に使わせていただきます』


『じゃあ、金属の武器はいらない?』


『うっ、それがですね……』


 少し言い淀んでファイネは続ける。


『ここのダンジョンには死霊系の魔物が多くいまして』


『スケルトンみたいな?』


『はい、その通りです。高望みにはなるのですが打撃効果を強めるため、さらに重い武器があると助かるかもしれません』


 真澄は戦いに関する部分はしっかり意見をするところに、経験の豊富さを感じるのだった。

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