第2話

 前日よりも積雪が5センチほど増量した雪道で、務と瀬良はどうでもいい会話で盛りあがる。特に瀬良の方が。


 「きのう犬の散歩してたら、雪ですべって尻もちついちゃって、尾てい骨に蒙古斑もうこはんが再生してた」


 「青アザだね、それは蒙古斑じゃないよ」


 「してさ、ウチのチワワを踏みつぶすところだったの」


 「もちろんチワワちゃんは無事だったよね」


 「うん、ヤツめ野生の本能でかわした上に、尻もちついた私にグルルルって威嚇してた」


 「とうぜんの反応だよ、小さな生命の危機だったんだから」


 「ご主人さまに対して生意気でしょ、だから餌の時間にビーフジャーキーを鼻先にぶらぶらさせて、じらしてやったの」


 「動物虐待」


 「そしたらさ、チワワのヤツ、私の足に噛みついてきたの、もう痛いのなんのって」


 「横暴な飼い主に天罰がくだったんだ」


 「痛さを具体的に表現するとね、足のツボが刺激されたぐらいの激痛だった、おかげでライフポイントが回復したみたい」


 愛犬と瀬良の良好な関係性に、務は氷点下の朝に少しだけ暖かくなる。



 務はクラスメイトの人物A・人物Xと、昼休みの食堂に向かうとちゅう、となりクラスの女子に呼び止められる。


 「光矢くん、少しいい」


 務はしばらく無表情のまま考え。


 「たしか隣のクラスの・・」


 「夏目なつめ聖子せいこさんだろ、この学校の男子ならみんな知ってるぞ」


 ごつい方の人物Xが耳うちするが、それでもピンとこない異性に鈍感な務。


 「話があるんだけど」


 あきらかに告白っぽい夏目の表情に、他の二人は目が点になり、続いて当事者を残してその場からフェードアウトする。


 「話ってなにかな」


 「ここじゃちょっと、場所を変えない?」


 務は頭とホホを掻いてから、気づかれないぐらいの小さなため息をつき、言われる通りに場所を移した。


 「光矢ばかりがなぜモテる、しかも今度は校内1の美少女で才女と名高い、夏目聖子さん、世の中は不公平だ」


 「入学当初は絵に描いたような告白の嵐だったけど、最近は少なくなって忘れかけてた、彼はやはりイケメンなんだよ」


 「男の価値はたくましさで決まる、体育会系はみんなそう思う」


 「体育会系はね、しかし夏目さんも学校で告白なんて勇気あるよ、噂の段階でもネットで拡散する時代に」


 「とうぜんだ、校内1の美少女はプライドも鋼でできている、うわさ程度でメンタルを病んだりはしない、その意味では彼女もゴリゴリの体育会系だな」


 「それは違うと思う」


 人物Aと人物Xが興味本位の会話をしながら歩きすぎると、廊下の壁に背中をつけ、くちびるをキュッと引きしぼる瀬良が立っていた。


 一瞬だけ瞳に嫉妬の炎が燃え上がったかと思うと、次の瞬間、がっくりと肩を落とす。



 校内1の才女に告白された次の日でも、務は何事もなかったかのように朝の登校時間、雪をふみながら欅坂高校の表門を目指していた。


 表門の直前まで来たとき、務はあることに気づきふりかえってみる。


 そこにはいつもなついてきた、ハイテンションガールの瀬良がいない。


 務はなんとなく違和感を覚えたが、そんな日もあるだろうぐらいにしか、この時は考えていなかった。


 だがその日から瀬良は話しかけるどころか、視線も合わせようとはせず、さすがの務も耐えきれずに自分から話しかけたが。


 「瀬良さん、昨日さ」


 務が勇気を出して話しかけると、瀬良は背中をむけて他の女子のもとへ歩き去ってゆく。


 「眉子まゆこ耳子みみこぉおお、この前さ動画サイトでモノマネ芸人が綿棒のモノマネしてて、マジうけた」


 「綿棒のモノマネってなに?」


 「瀬良ちゃんの戯言をまじめに聞いちゃダメ、ところで私たちのこと顔のパーツで呼ぶのはやめて、名前で呼びなさい」


 敬礼する瀬良は。


 「ハイ、了解しました、これからはお二人のことを、ブルーとイエローで呼びますです」


 「イエローはどっち?」


 「乗っかるな、どっちも却下だ」


 ガールズトークで盛り上がる瀬良たちを、教室のすみで見つめる務の内心はひどく動揺していた。


 翌日のランチタイムにも務は話しかけるが。


 「瀬良さ」


 逃げるように瀬良はクラスメイトの方へ。


 「食堂にカツカレー食いに行こうぜ、こん畜生!」


 「今日はお弁当あるから」


 「こん畜生ってなんだ、瀬良ちゃん言葉がいつもおかしいよ」


 一人とり残された務に人物Xが気軽に声をかける。


 「古月さんがカツカレーなら、俺はカレーうどんを食う」


 「食堂のカレーうどんって味うすいよね、僕は苦手だ」


 「最後はツユを白米に乗せて、カレーライスで2度お得」


 事情を知らない人物Aと人物Xはお気楽だった。


 次の日は務が近づこうとしただけで、瀬良はダッシュで遠ざかり友達のもとへ。


 「君たち、ドレッシングルームに行かない?」


 「ドレッシングルーム?」


 「トイレって言え、ウチの学校にそんなオシャレな施設はない」


 理由も告げられず、とつぜん無視されつづける務の心には、めずらしく怒りが込み上げてくる。 


 その日の放課後、終業のチャイムが鳴ると同時に立ち上がり、今度こそ瀬良を逃すまいと、一気に詰め寄ろうとしたが、横をむいたとたん、教室を全速力で出てゆく瀬良の背中が見えた。


 ショックを受ける務と、務を無視する瀬良の逃亡劇はそれから何度かつづき、その様子を観察していた人物Aと人物Xが、それをネタに暇つぶしの会話を成立させていた。


 「ただならぬ雰囲気ですぞ人物Aくん」


 「ただならぬ雰囲気ですな人物Zくん」


 「人物Z?だんだんと呼び名のランクが下がっているような」


 「いやいや、これはむしろランクアップですよ」


 「どの辺が?」


 「その辺じゃないかな、ほらその辺」


 「・・・」


 務にとってカスほども救済にならない会話は、その辺で終息した。



 粉雪がふる日に瀬良は務から逃げるためか、屋上のフェンスの前で黄昏たそがれていた。


 しかし真冬の屋上は死ぬほど寒く、白い息をはき出しながら屋上扉を開き、教室に戻ろうとして階段下を見下ろすと、鋭い目つきをした務が立っている。


 「ようやく捕まえた」


 一歩一歩、固まる瀬良に近づく務。


 右、左、右と瀬良は両サイドから逃走を図るも、サイドステップで行手をはばむ務。


 瀬良はそんな務をキッと睨んで。


 「どいて」


 「どかない、無視する理由を聞くまでは」


 「聞いてどうすんの」


 「聞いてから考える」


 小バカにするような微笑みを浮かべる瀬良。


 「ただのクラスメイトだよね、無視してもほっとけばいいじゃない、にとってなんのデメリットもないっしょ」


 あんたと言われて小さな怒りがふつふつと湧いてくる務。


 「勝手な言いぶんだね、さんざん積極的なアプローチしといて、それとも押し引きも作戦の内かな」


 瀬良はそれを聞いて、オーバーアクション気味に乾いた笑いを披露する。


 「なにそれ、私は魔性の女かっつうの」


 「だよね、君はそんな姑息な手を使う女の子じゃないし、そう思いたい」


 「どう思おうとあんたの好きにしたら、鬱陶しいからどけって言ってんの」


 あくまで頑なな態度の瀬良に温和な務もついに切れ、瀬良を後退させる勢いで無言の圧力で迫ってゆく。


 「なっ、なによ」


 瀬良を壁際まで追い詰めた務はなりふり構わず壁に手を置くと。


 「あんたって言うな、わざとでも腹が立つ」


 古臭い少女コミックの定番に、照れることのない瀬良はうすら笑い。


 「あいやー、これがリアル壁ドンっすか、小っ恥ずかしいなや」


 「ふざけてもどかないよ」


 務の強い意志を感じた瀬良は1どだけため息をつき。


 「思春期の女子は熱しやすく冷めやすい、それぐらい常識でしょ」


 聴き終えると同時に務の表情から怒りの色が消え、代わりに落胆の感情がにじみでる。


 そのまま背中をむけ。


 「そっか、確かにそうかもしれない、強引なことしてごめん」


 階段を降りるとちゅうに一瞬とまってから。


 「もう2度と話しかけたりしない、さよなら」


 永遠の別れのような言葉を聞き、瀬良の胸にチクリと針が刺さった。


 「待って!」


 思わず出した瀬良の呼び止める声は、自分でも驚くほど務をホッとさせる。

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