大人な彼をゲットする

枯れた梅の木

第1話

 北国の地方都市には今年も雪がふり、地方では優秀とされる欅坂けやきざか高校の校舎とグラウンドを雪化粧していた。


 高校の表門へとつづく道路を長靴をはいて登校するのは、欅坂高校の1年生男子、光矢みつやつとむ16歳。


 白い息を吐きながらスマホ片手につもった雪道ゆきみちをサクサク歩いていると、後ろから怪しい人影が近づき務の横からヌッと顔をだす。


 「おはよう務くん、今日もしびれるぐらいにデラ寒いよね」


 ほのかにホホを赤らめた、ナチュラルウェーブのかかるセミロングが印象的な女子は、古月こつき瀬良セラ


 務の同学年で同じクラスの瀬良に話しかけられた務は、なれたように横目であいさつをかえす。


 「おはよう瀬良さん、今日も元気だね」


 自然な形のあいさつだったが、瀬良はなぜかムッとなり。


 「男子で務くんだけは瀬良ちゃんでいいって言ったよね、いつになったらちゃんづけしてくれるのかな、お姉さんはまいどまいどこの距離感が心配になる」


 務はイヤァとつぶやいてから苦笑い。


 「同じクラスってだけでそこまでずうずうしくなれないよ、いろいろ誤解もされるだろうし」


 「えっ、なんで、私たちの関係って誤解されるような関係でしょ」


 「表現には気をつけようね瀬良さん、最近はちょっとした事でも炎上する世の中だし」


 「私はぜんぜんかまわない、瀬良くんとの仲を炎上するぐらい世の中に見せつけてやりたいの」


 まっすぐな瞳で見つめてくる瀬良に、務の顔はひきつってしまう。


 瀬良は務の顔色をうかがいながら、右に左にふらふらしてちょっかいをだす。


 「おうおう兄ちゃん、引きしまった良いヒップしてるね、こちとら目の保養になってビビビとくらぁ」


 「どこでそんな言葉を覚えたかは知らないけど、遠回しにセクハラだよ瀬良さん」


 「遠回しはお気に召さない?」


 瀬良は指をアゴに当てて数秒考え。


 「務くん、お尻触らせて」


 「瀬良さん、それはガッツリ犯罪だから、勝手に恥部ちぶを触っちゃいけないよ、君の将来のためにもね」


 「務くんのケチぃいいい」


 務はそれを聞いて大きな綿雲わたぐもだいの息を吐きだし、必要以上につきまとってくる女子と、同じ歩速ほそくで表門をくぐるのであった。



 高校にしては珍しい薪ストーブで温められた教室では、ホームルーム前の時間を利用して、高校生同士の雑談に花がさき、務も例にもれず瀬良に雑談を仕掛けられていた。


 「ねぇねぇ今日はなに見てんの」


 スマホ画面を見つめる務の腕を制服の上からさすりながら、瀬良は前の座席で足をくむ。


 「うん、答えてあげるから触るのはやめようね瀬良さん」


 「どうして、良いじゃん、私って男子のやわ肌に飢えてんの、触ってないとうつになるって言うか、そんな感じ」


 「瀬良さん、それはカウンセラーに相談するレベルの症状だよ、僕にはどうすることもできないから、とりあえずお触りはやめてほしい」


 それでもやめない瀬良を横から眺めていた、ごついタイプのクラスメイトが話しかける。


 「古月くん、そんなに男子のやわ肌が恋しいなら、中学校時代からラグビーのぶつかり稽古げいこで鍛えに鍛えた、このたくましいショルダーに触れさせてあげるよ、ぞんぶんに味わいたまえ」


 ごつい男子が制服をめくり肩を露出すると、タンクトップの下から幅の広い肩と肩甲骨がむきだし、それを目を細めてにらむ瀬良。

 

 「ハァ?なにきんつける気だてめぇ、バッチいからあっちいけ」


 瀬良の一撃がそうとうのダメージになり、ごつい男子の頭の中は一瞬まっ白になる。


 「あまりにひどい言葉で頭の中がショートしたか、残念ながら古月さんにとって光矢くん以外の男子はみんな、腐りかけの生物なまものなのさ」


 三人の様子をうかがっていた、もう一人の男子生徒がごつい男子の肩をたたいてなぐさめた。


 そのやりとりを聞いた瀬良は嬉しそうに。


 「人物じんぶつAくんは乙女心を理解してる、親友の人物Wにもよぉく言い聞かせてやってね、女子と話すときは言葉を選ぶようにって」


 脇役としての固有名詞をつけられた、人物Aと人物Wがポカンとしていると、務が真剣な目つきで瀬良に忠告する。


 「どんな言葉がイジメに発展するかわからないんだよ、言葉を選ぶのは瀬良さんの方じゃないかな」


 瀬良が視線を合わせ何か言い返そうとするが、あまりの真剣な表情に強気な女子も弱気になり。


 「ごめんなさい務くん、どうか許して」


 目をそむけて反省する瀬良に務も言いすぎたかなとフォロー。


 「僕こそ余計なこと言ってごめん、ただ瀬良さんがわかってくれて安心した」 


 これで話が終わると安堵していると、瀬良が机に顔をふせ嗚咽まじりに泣き出した。


 「ちがう!務くんはまだ私のことを許してない」


 「えっ、どうしてそんなことを」


 「だって務くんの目は私の大切なモノを強引にうばった、あの時の鋭い視線と同じだもの」


 身に覚えのない突然の告白に言葉を失う務、そこへ部外者の人物Wがわりこんでくる。


 「光矢ぁあ貴様ぁああ!その悪い目つきで古月さんのナニを奪ったんだぁああ!!」


 「人物Xさん、私はいいの、憧れの務くんに奪われるんだったら、でも、さんざん全てのモノを捧げたのに、ボロ雑巾のように捨てられるかと思うと、涙がでて止まらない」


 「おのれぇぇええ!いたいけな乙女の純情をもてあそんでおきながら、ボロ雑巾のように捨てるきかぁああ!そんな奴を天が許してもこの人物Xが絶対に許さんぞぉおおお!!」


 固有名詞がいつの間にか、人物Wから人物Xへとすりかえられる中、務は静観するクラスメイトの人物Aに、助けを求めるビームをおくった。


 するとそれに気づいた人物Aは。


 「高校生にして大人のオーラをまとう、草食系イケメンの代表格みたいな人だと思ってたけど、あんがい雑食系だったんだね」


 瀬良は顔を伏せながら人物Aの制服をひっぱり。


 「務くんにとって誰が雑食だ、人物Aよ、あんまりなめたクチ聞いてるとこれからあんたのこと、虫の名前で呼ぶけどいい」


 「それはちょっと」


 「白状しろ光矢ぁああ!お前はいったいどんな羨ましいモノを、古月さんから奪ったんだぁあああ!!」


 周辺が騒然とするなか、務だけが一人つぶやいた。


 「奪われたのは僕の自尊心だよ」



 「ねぇねぇ、朝のことまだ怒ってんの、いいかげん許してよ」


 ほぼ休眠状態の自然研究同好会に所属する務は、放課後の図書室で本を読んだり、それをスマホで調べたりしていると、当然のように瀬良が隣に座ってかまってちゃん。


 「もう怒ってないから、瀬良さんの指で僕の指をいじるのはやめてほしい」


 「なんでやめるの、これって動物のグルーミングと同じだよ、ただのスキンシップ」


 「人間同士はね、恋人や夫婦でもないかぎり、男女が相手の同意なく身体に触れちゃいけないんだよ」


 「同性ならいいの」


 「そう言うこと言ってない、もうそろそろ触るための理由をムリやり作るのは止めようね」


 理由を作ることがNGだと認識した瀬良は。


 「ムラムラするから抱きつきたい」


 「思ったことをダイレクトに口にするのは控えよう、君の未来や親御さんのためにも」


 言われてアヒル口で抗議の意をしめす瀬良は、あくびをしてから。


 「いつもいつも飽きないね、なに調べてんの」


 「いろいろ」


 ふぅううんと瀬良は鼻で返事して。


 「務くんって将来はなに目指してんの」


 「なんども聞かれてなんども答えた気がするけど、できれば派閥や人間関係で邪魔されない、研究職につきたいと思ってる」


 「コアラやミミズの研究とか?」


 「そうだね、研究している人はいるけど、それは置いといて、学閥なんかで研究が阻害されるぐらいだったら、海外に行くこともありかな」


 瀬良は急に机をたたいて。


 「やだ!務くんは海外に行かせない、だって遠いし会えなくなるし」


 務は羽毛うもうのようなスマイルを浮かべ。


 「だっらら一緒に行けばいいよ、異文化に触れることで瀬良さんの人生も豊かになるはずだから」


 無意識に発言した務の言葉に、顔どころか体全体が赤くなる瀬良。


 「ねぇ気づいてる務くん、それって聞きようによっては愛の告白か、プロポーズの言葉だよね」


 自分の不用意な言葉に、いつも慎重でクールな務は耳まで赤くなり。


 「いやそうじゃなくて、特別な関係じゃなくても海外には行けるってこと、誤解をさせたならゴメン」


 「あわてちゃってウブね、そう言うとこ好き」


 からかうような視線の瀬良に、務はネクタイをゆるめてから。


 「僕はトークが巧みなホストじゃないんだ、ただの高校男子、異性に対してはウブな方が普通だと思う」


 机にヒジをつきながら、イケメンを見つめる瀬良の瞳は興味しんしん。


 あいかわらずのストレートな視線に、務は照れ隠しでスマホを閲覧する。


 「務くん、子供は何人ほしい、私、がんばってバンバン産んであげる」


 「まずは友達以上の関係になって、しかるのち親御さんに婚姻を認めてもらい、それから結婚式の日取りを決めないとね、その意味で僕たちはファーストステップも超えてない、瀬良さん、図書室での妄想はほどほどに」


 そんな風に一般の男子高校生より落ち着いた性格の務は、いつも瀬良に遊ばれるのであった。

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