君と空 後編
私の手と足を老婆は震えた手できつく縛ると、玄関の外からなにやら騒がしい物音が聞こえてきた。その次に木でできたドアがゆっくりと開いた。
「失礼、特別警察だ」
制服を着た竜族の男は言った。その男の後ろにはここまで来たであろう竜が待機していた。今まで戦場でしか竜の姿を見たことがなかったせいか、この男が乗ってきた竜はあの忌々しい竜とは小さく、かわいらしい容姿だった。
「あとはよろしく頼むよ」
こうして私は月の光に照らされる中、捕虜留置所へと連行された。あの老婆の家からはるか遠く、竜に乗せられた。目隠しされた私はその景色を見ることはなかったが、顔を冷やす風がただただ気持ちよかった。
「なぜ、貴様は抵抗しない?フォルニカの兵士。」
警察の男は私に以外にも優しい口調で言った。
「お前には関係ない、がしいて言うなら罪滅ぼしさ」
私がそういうと鼻で笑った警察の男は私の目隠しを取り外してくれた。
そこには見たこともないような景色が広がっていた。自然は豊かで人工物らしいものは地平線の先まで見つけることはできない。代わりにあるのは自然の中で作られた民家や田畑、山、川などなど。
「綺麗な場所じゃないか、敵国は」
「敵国の兵士さんにそういってもらえるとはな」
夜光に照らされた敵国ジャスールの景色を眺めた。星がきれいに輝く様は長く空の旅の時間を早く感じさせた。そんな星空を見ながら私は眠りについた。
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顔面に冷たい水をかけられた私は無理やり起こされた。いつの間にか私は手足を鎖で吊るされ、動けない状態にあった。そんな私の目の前には制服を着たガタイのいい竜族がいた。彼は私を見るなりフッと鼻で笑った。
「さあ尋問を始めようか、フォルニカの竜乗り。」
腹に鈍い一撃が鋭い痛みに代わると全身を駆け回った。嗚咽を漏らした私を容赦なく尋問官は尋問を続けた。
「フォルニカの情報をなんでもいいから吐け、全部吐き出せ」
「そうだな…とっておきの情報を教えてやる…フォルニカの空は糞だ」
高笑いした尋問官はもう一発私の腹めがけて重い拳を振りかざした。内臓という内臓が口からでてきそうだ。
「そこまでだ」
運がいいことに尋問は一時中断となった。尋問室のドアを開けたのはたいそう立派な制服をきた竜族だった。そしてその後ろから続々と竜族が押し寄せた。
「これよりアサダ・ユキオを公開処刑とする」
私は大勢の竜族に尋問室から連れていかれた。
「私をどこに連れていく」
「人間ごときが口を開くな!」
顔に袋をかぶせられた私はそのまま連れていかれるがままに歩いた。尋問室の外はがやがやと騒がしい雰囲気だった。
足が止まったかと思うと私は膝の後ろを思いっきり蹴られ、地面に膝をついた。
「古きから、人間は人間の思うがままにこの星を顧みず、汚していった。おかげで海や川は汚れ、魚は減った。大気が汚染され私たちは自由に飛ぶことができなくなった。すべては人間のせいだ。この罪は人間にあるのだ!」
人間に対するヘイトスピーチが始まった。まだ見えないがスピーチに対する声援が耳を裂くように聞こえてくる。
「そしてここに一人の人間がいる。この人間は今我々が戦っているフォルニカの空軍兵であり、多くの同志がこの兵士によって倒れていったのだ。しかし、この兵士はもっと重大な罪を犯した。我々ジャスール王家、二コラ・アルデバラン女王をさらった。女王は現在捜索中である。がしかし、この男がやったことは現に許しがたいことである」
「殺せー!」
「八つ裂きにしろ!」
「よってこの男の死をもって、ジャスール国に繁栄と勝利を!」
顔にかぶせられた袋を取り上げられ私はその景色を見ることとなった。民は狂喜乱舞している。私の命が残酷に消えるのを彼らは待ち望んでいるのだ。
私は斬首台に首を無理やりおかれた。ひんやりと冷たい感覚がさらなる恐怖を植えた。
「ああ、そうか彼女はこれよりも、もっと苦しんだのだな」
『殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!』
声援はだんだんと厚みを増し鋭くなってきた。そろそろギロチンが私の首に落ちてくるだろう。
ああ、これでよかったのだ。私の死をもってジャスール、そして何より二コラに償いができるならこれでいいのだ。
そして歓声は聞こえなくなった。
『アサダぁ!』
私を呼ぶ声が拡張器のような音質で聞こえてきた。
次の瞬間、市民が密集していた大広間に一つの鉄の塊が落ちてきた。それは市民の中に埋もれるとまばゆい光とともに大爆発した。先ほどまで凱旋パレード状態だった公開処刑場は一瞬にして死のパレードと化した。
「速やかに抵抗をやめ、地面に頭を伏せろ」
いつの間にかフォルニカの軍事ヘリで囲まれたこの場所に戦おうなんて思う竜族はさすがにいなかった。処刑人も市民もそれを見ていた王族もこの一言の放送に逆らうことはたとえ誇り高き竜族であってもできなかったのだ。
快晴の空を見上げるとヘリから兵隊が雨のように降りてくるのを見た。
「アサダ、助けに来たぞ」
いやな声の主は、チャーチルだった。
「なぜ助けに来た?」
「勘違いするな。上からの命令だ」
チャーチルはその傷だらけの手で私を処刑台から解放した。
あれほど盛んだった広場は今や絶望と化している。民や王族に限らずここにいる竜族はみなそろって地面に伏せている。この状況はまさにフォルニカとジャスール間の戦争における答えをそのまま表していた。
「アサダ、無事か」
着陸したヘリからジェームズ少佐は降りてきた。
「ええ少佐、おかげさまで」
「ジャスールの王都『グリタニア』は陥落した。時期に終戦を迎えるだろう。お前には気の毒なことをしたがお前がトリガーとならなければ、平和は当分先の話だったろう」
私と少佐は制圧したこの王都を処刑台からしばらく眺めた。
これが勝利の景色なのだろうか。兵隊が市民に銃先を向け支配している。焦げた焼死体からは不快なにおいが漂いあたり一面に充満していた。勝利の空は、戦火のせいか黒い雲で気持ちが晴れなかった。
グリタニア侵攻作戦から約一か月、激しい戦いの末我々フォルニカは勝戦国となった。前線では母国で治療中の私に代わり、あのチャーチルが戦果を挙げていた。その後彼チャーチル率いる第7師団は国民栄誉勲章を授かった。今やフォルニカのヒーローは彼らである。
私は武装竜の投棄、喪失により軍事裁判にかけられたが立役者を刑に処す訳にはいかないという上層部の意見により不問となった。今は軍を除隊し静かに暮らしている。
しかし戦争が終わった今でも考える。二コラの、二コラとしての最後の言葉を。しかしながら答えを出すことはできない。彼女が最後に見たあの空はもう二度とないのだから。
Don't say,Sky Arrow VAN @loldob
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