Don't say,Sky Arrow
VAN
君と空 前半
どこまでも広く、青く、雲一つない美しい夕焼け空を見て彼女は思わず「綺麗」とつぶやいた。
そんなはずはない、一見綺麗にに見えるこんな空も実際は汚い。工場から出る有毒ガスに自動車からでる排気ガス、窒素に一酸化炭素。穢れの原因でもある人間が皮肉なことに自分たちが作り出したこの外見だけの空を綺麗というのだ。だから私は空を綺麗という人間が大嫌いだ。当然彼女のことも大嫌いだ。
「ねえ…あなたはどう思う?」
その質問に私は永遠に答えることはできなかった。
~20年後~
『・・・聞こえているのか!アサダ!』
通信が回復した。しかしまだ、薄汚い雲の中に雷が複数落ちている。またこの機体に雷が落ちる可能性は非常に高い。我が国が誇る戦闘機も自然にはかなわない。
「すまない、フォックス2。ターゲットロスト。これ以上の捜索も厳しいと判断、基地への帰還を提案する」
『…了解フォックス1。管制塔へ、ターゲットロスト。これ以上の捜索は厳しい、帰還する。』
『こちら管制塔了解、速やかに帰還せよ。』
私の母国、フォルニカ共和国は現在、ジャスール竜国と戦争状態にある。今回のスクランブルもフォルニカ領空にドラゴンの不法侵入に要る。ジャスールは度々、領空を犯し、こちらを挑発している。大規模戦争の機会を作ろうとしているのだ。ドラゴン族は血気盛んな野蛮な種族だ。私は嫌悪している。
基地に戻り戦闘機を格納庫にいれた。コックピットを開けると格納庫の外は相変わらずの曇天だった。
「アサダ、なぜお前ほどのパイロットがターゲットを見失った?まさか情けでもかけたんじゃないのか?敵国のスパイさん。」
「・・・」
「なんだ、だんまりか?・・・っとお呼びのようだ。」
チャールがこの場を後にすると、すれ違いざまに格納庫の奥から部下を3人ほど引き連れた卵のような頭をしたジェームズ少佐がこちらへと歩いてきた。
「アサダ・ユキオ、話がある。この後、私の部屋に来なさい。」
ジェームズ少佐の部屋は本や雑誌がたくさんある書斎のような部屋だがそれらが一切散らかっていない。とても心地がいい。悪いところを唯一あげるとしたらこの部屋は葉巻臭いということぐらいだろう。彼の灰皿は吸い殻であふれている。
「さて、アサダ君。なぜ呼ばれたかわかっているかね?」
「私のスパイ容疑の件でしょうか」
「そうだ、君の伯父さんが敵国ジャスールに亡命した件だが」
「確かに長年屋根の下で生活してきましたが誓って・・・」
「まあわかっている。お前がそんなことするわけがないとな。しかし、周囲のはいまだに疑いのままだ。今のままでは居心地が悪いだろう」
「今よりアサダ・ユキオを第七空師団から特別機動隊に配属する。そして君には戦闘機の代わりに武装竜に乗ってもらう。」
「…すみません少佐殿、その武装竜というのは…」
ジェームズ少佐は私にわかりやすく説明してくれた。
武装龍とは、ジャスールの捕虜である竜をフォルニカの技術を使って生きたまま改造。両腕には20mm機関砲、背部には150mキャノン砲を装備。その他、竜の爪、刃、魔法など。それに加え竜本来の素早さと頑丈さを発揮すれば兵器としては十分である。また、奴隷呪術式により、命令には絶対に従う忠実な兵器となる。
「ですが少佐殿、それは非人道的ではないのでしょうか」
「何をいう、相手は捕虜でも竜だ。人ではない。それにこの作戦にはお前の容疑を晴らす目的もある。あまり考えるなアサダ」
少佐は出会った時から怖い顔だが内面はとても優しい。それを気づかない部下や同僚はよく少佐を怖がっていた。
「アサダ、さっそくだがその竜を見てもらいたい。ついてこい」
少佐は基地のエレベーターを使い、普段私のような一般兵が入れない高レベル区域である地下5階へと私を案内した。
地下5階は研究室がたくさんあるフロアだった。私はその中でも大きめな研究室に連れていかれた。中に入るとガラス越しにその少佐の言う武装竜らしきものが鎮座していた。
「大丈夫だ、あちらからは見えない仕組みになっている。そこにこの竜に関する資料とこの部屋のキーカードがある。今日からこの部屋の使用権をやる」
そういうと少佐はこの部屋を後にした。私は竜を見つめ激しい憎悪をぶつけた。竜は黙っている。
この竜のコードネームはヴィルヘルム。種族はシルバニー、銀色の鱗に体内のにある火炎袋が特徴の珍しい色の種族だ。外見は美しいが、同胞を何人もその爪と炎で葬ってきたのだ。
「二コラ・・・」
私はそうつぶやきこの研究室を後にした。
寮に帰るとチャーチルとその他3人が私の帰りを待っていた。どうやら歓迎はしていないらしい。
「アサダ、どうだったよ、あの少佐になんて言われたんだ?除隊か?それとも軍法会議か?」
「・・・」
「少しは黙ってないで何とか言えよぉ!」
彼は逆上しその汚らしい拳で私を殴ろうとした。だが残念ながらそれは見事にかわされ、その隙に一発奴のみぞおちに肘を入れてやった。彼は嗚咽をはき地面に倒れた。連れの3人は拍子抜け、怯えてどこかへ消えてしまった。私はあきれ、自分の部屋に戻ることにした。
「待てよアサダ」
振り返るとチャーチルの拳が私の頬をえぐった。私は反動でよろめく。
「俺のこと、いつまでも見下してんじゃねぇぞ」
その言葉を背に私は部屋へと向かった。チャーチルもあきらめたのかどこかへ消えてしまった。
~明日~
基地内に警報が鳴った。緊急スクランブルである。ターゲットは昨日と同じ種族の竜だが今回の相手は編隊を組んでおり大規模戦闘が想定される。基地内のパイロットたちは片っ端から出動させられた。
「アサダ、どこへ行く?お前は違うだろ?」
整備員の一人が研究室のカギを私に投げた。
「その研究室はカタパルトにもなっている。操縦方法は…大丈夫そうだな」
地下5階の研究室につくと昨日の竜はガラス越しに私を待っていたかのようにそこにいた。
「頼むぞ」
ガラス越しの部屋へと入り、専用のスーツを身に着け、竜の背中へ乗った。するとエレベーターのように上へと上がっていく。見上げるとハッチが開き、外の曇り空がはっきりと見える。
完全に地上に出ると竜は滑走を必要とせずに空へ飛び立った。戦闘機なら準備に2分はかかるがこいつは準備という時間を必要としなかった。
『…こちらフォックス1、全機に次ぐ。作戦区域Bポイントにて第七編隊と合流せよ』
専用スーツに付属していたヘルメットからチャーチルの声が聞こえてきた。昨日のことを引きずっているのかどこか暗い彼の声はどこか私を不快にさせた。
「こちらフォックス2、了解」
竜は音速を超える速さで目的地へと羽ばたいた。
暗黒の雲をかき分けていくと昨日見た落雷が降りそそぐあの光景があった。そこには私を筆頭に第七編隊がフォーメーションを保ったまま空を飛んでいる。向こう側を専用ゴーグルで見ると今回のターゲットとなる竜の大群がこちらへと向かっている。
『こちらフォックス2、攻撃命令が出た。全機攻撃を開始せよ』
その合図とともに戦闘機からは誘導ミサイルの弾幕が発射された。それは竜の大群へと向かって飛んで行ったが、ミサイルは落雷によって竜の大群に届く前に撃ち落されてしまった。私たちはすべなくドックファイトを余儀なくすることとなった。
『…こちらフォックス4、後ろにつかれた!助けてく…』
『死ねぇ!この害獣どもめ!』
戦場の悲惨さが無線から伝わってくる。戦力としてはこちらが有利だが油断してはいけない。
「ヴィルヘルム!」
音速の速さで武装竜は20mm機関砲を確実に敵に打ち込んでいく。いくら頑丈な竜の鱗でも対竜用に作られたこの機関砲の前では無力である。あっという間に2匹撃ち落した。
「あれが」
ほかの竜とは別格の竜がいた。あれがこの大群を率いる長だろう。先にドックファイト仕掛けたのは私だった。武装竜の素早さを生かし、あっという間に背後についた。あとは弾丸の雨を食らわせるだけだった。
刹那、視界がまぶしいほど光った矢先武装竜の機能すべてがシャットダウンし、武装竜と私は気を失いそのまま地上へと撃ち落されてしまった。
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私は気が付くとそこはベッドの上だった。見慣れない天井に壁が木でできている。どうやらここは民家のようだ。隣には出来立てのスープとパンがいい香りを醸し出している。
「起きたかい」
ドアが開く音とともに老婆がその姿を現した。しかし驚いたのは、老婆は人間ではなかったのだ。頬に緑の鱗があり、額には角が生えている。そして後ろには太い尻尾がだらんとぶら下がっている。私は人間の民家ではなく敵国、ジャスールの民家にとらわれてしまったらしい。
「腹もすいているでしょう、人間の口に合うかどうかわからないけど食べなさい。」
「毒が入っていない保証はないだろう」
「大丈夫だ人間、貴様を殺そうとこの老人にはどんな得もない」
今まで気づかなかったが腹の虫が叫んでいるのを感じた。屈辱だがここは出された料理を食することにした。パンは普通だったが、スープ味としては香辛料が効きすぎて胃がムカムカしたが腹がすいている私はそんなことはお構いなしに料理を次々口の中にほおばり、食べ残すことなく完食することができた。
「私はこの後、ジャスール政府に連れていかれるのか」
老婆は笑いながら言った。
「敵国の私がわざわざ貴様に飯を食わせた意味をよく考えろ」
「そういえば、私と一緒にいた竜はどうなった」
「気になるか人間」
老婆は私が食べた食器を持ち、キッチンへ向かった。体が痛む中、回復しつつある体力を使い体を起こし、私もキッチンへと向かった。
そこには暖炉で温まる椅子に座った少女の後ろ姿があった。少女は不気味なことにピクリとも動いておらず、呼吸もしているとは思わないほどだった。
「この子は?」
「貴様の連れだよ」
顔を見ると目を瞑った人形のようなかわいらしい容姿が目に入った。だがそんな要旨は私を悲観させた。
「二コラなのか?」
20年前、この少女の姿は子供時代を一緒に屋根の下で暮らしていた二コラ・アルデバランと瓜二つであった。
「なぜ彼女がここにいる…?」
動揺する私に老婆は少しきつい口調で言った。
「貴様とこの子は空から落ちてきた。この意味が分からないというのかね?人間」
「…つまり私が乗っていた武装竜は…」
老婆はあきれたのか大きなため息をついた。そのため息は竜族であるせいか炎が混じっていた。
-二コラ・アルデバラン-は雨が降る夜に、海沿いにある崖の頂にある私の家にやってきた。彼女曰く家族とけんかし、家出してきたと。それ以来少しの間だったが彼女とは一緒に暮らしていた。私の家は酪農家で彼女はよくその手伝いをしてくれていた。とてもいい子だった印象がある。だがそんな彼女を私は好きにはなれなかった。無邪気なところは静か好きな正反対な私をよく困らせた。なのでよく彼女とは喧嘩をしていては親に叱られていた。
「懐かしいな、二コラ」
そんな彼女は20年前、竜によって殺された。
「ねぇ、あなたはどう思う?」
彼女が指さした空からは突如、火炎の球が降り注ぎ不運なことにその火炎の球は彼女を狙うかのように、ピンポイントで落下した。一瞬のことで助けることもできなかった私は家へ逃げるしかなかった。だが、唯一の逃げ場も目標の的だった。家も酪農場も、そして家族も燃やし尽くされた。
空には竜が群を率いて進行してきた。その中にいたのは銀色の竜、後に敵国となるジャスール国の前線を張るシルバニー族と呼ばれる竜だった。
その日を境にフォルニカとジャスールでは戦争寸前の冷戦状態へと突入した。町では徴兵のチラシがいたるところで貼られていた。行き場を失った私は家族、そして二コラのために軍に入り、残虐なる竜を一匹たりとも根絶やしにすると決めた。それなのに…
「貴様はこれからどうしたい人間?」
老婆は片付け終わった皿を震えたその手で食器棚に丁寧に入れた。
「私を突き出してくれ」
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