即オチ幼馴染と、意味のない電話をしながら買い物してる。
店内の入り口に張り出されたチラシを確認。タイムセールは十一時から。時間的にまだ余裕がある。
カゴをカートに載せた僕は、青果コーナーから順に廻っていく。
(レタス高いなぁ)
買うか否か。値札を見て悩んでいると、ポケットのスマホが震える。振動から察するに電話だ。ポケットから取り出し画面を確認した僕は、表示されている名前を見て瞼を半分落とした。
(買い物中なんだけど。出たくないなぁ)
長くなりそうだ。
けど、出なかったら出ないで帰ってからのご機嫌取りが面倒になるのは確定的だ。仕方なく、僕は緑の受話器マークをスライドさせる。
「……なに?」
『なんで家にいないんですか?』
「買い物」
電話相手のルコは応答一番文句。しかも、内容はあまりにも理不尽だ。
不満そうなのが、スマホ越しでも如実に伝わってくる。
『スーパーですか?』
「そう」
『行くならどうして私も誘っていただけないんですか?』
「……家の買い出しに付き合ってもらう理由ないでしょ」
『理由がなくては誘わないんですか?』
(理由がないと誘わなくない?)
レタスの重さを比べながら、僕はそんなことを思った。もちろん、声には出さなかったけれど。
比較的綺麗で重いレタスをカゴに放り込み、次の食材へ。今日はシーザーサラダでいいかなぁ。
「用ないなら切るけど」
『切らないでください』
「なんで」
『むしろ、なんでそう切ろうとするんですか?』
「そりゃ、買い物で忙しいから」
バラ売りの玉ねぎを袋詰めするのも一苦労だ。
『私と買い物どっちが大切なんですか?』
「うわぁ……めんどう」
心の底から嫌そうな声が出た。スマホの向こうで、むっとした雰囲気がした。
『めんどくないです。で、どっち?』
「買い物」
『ナギサのバカッ!』
「ねぇ? この回答が決まってる質問って意味あるの?」
『あります』
「どんな?」
『ルコって言われたら嬉しいでしょう?』
「へぇ……」
『興味持ってください!』
忙しくなかったらもう少し構ってもいいのだけれど、何分買い物中だ。ルコの相手をしている暇はない。
(肉……肉……細切れでいいっか)
『……なに買うんですか?』
「あぁ、この無意味な電話続けるんだ」
『質問に答えてください』
「はいはい」
『はいは一回!』
「はーい」
子供のようなノリで伸ばして返す。不満そうだけれど、追加の説教はなかった。
僕はスマートウォッチで時間を確認する。
「今日は卵がタイムセールだから、それ買う」
『タイムセール……いくら安いんですか?』
「百円ぐらい」
『……わざわざ狙って買いに行く必要ありますか?』
「ルコと買い物行きたくないわぁ」
『どうしてですかっ!?』
そーいうところ。
一般庶民とお金持ち。僕とルコ。
金銭感覚の違いは如何ともし難い。わかっている。その程度で嫌いになったりはしない。
けれど、人が食費を抑えようとしている横で『なんでもいいでしょ』とか言われたら、イラっとするのである。やっぱり、誘わなく正解だったと改めて思う。
「他には、今日のお昼とか夕飯用の食材」
『なにを作る予定なんですか?』
「決めてない」
『……決めてないのになに買うつもりなんですか?』
「安い食材見てから決める」
焼きそばの麺安いなぁ。ボーナスポイント付くし。お昼決定ぃ。
『食べたい料理に合わせてではいけないのですか?』
「安くて美味しくムダなくがモットー」
家計が火の車……というわけでもないけれど、絞れるところは絞りたい。必要な部分まで削る気はないけれど、無理なく減らせる部分は減らして、母上様を楽させたい。
(旅行も連れていきたいし)
こんなことをルコに言うと、
『私が全部出しますから行きましょう』
とか、嬉々として言うので絶対言わない。そういうのは……なんか、違う。
「ちなみに、ルコの今日のご飯は?」
『お寿司をデリバリー』
「リッチィ」
ちょっとした軽口。
返ってきたのは、寂しげな素っ気ない言葉だ。
『別にそんないいものではありませんよ』
「知ってる」
羨ましいといえば羨ましい。
けれど、それをルコが喜んでいないのは十二分に理解している。互いに事情を知っているゆえの、遠慮のない会話だ。
だからといって、フォローしないかと言えば、そんなことはない。
「……今日、なんか食べたいのある?」
『……!』
スピーカーからガタッと物音がした。ルコが立ち上がったのかもしれない。
『スペアリブ!』
「またぁ?」
声に色が付いているなら、先ほどまでは青で今はオレンジといった印象だ。顔も見えないのに、感情がとてもわかりやすい。
「食べたでしょ、この前」
『チンではなく、出来立てを食べたいんです!』
「帰ってこないからぁ」
『うっ……だって忙しかったから』
僕の小さな棘に、バツが悪そうなルコの声。
忙しいのは重々承知しているけれど、待てど待てども帰ってこず、ようやく連絡が来たと思ったら謝罪と『帰れない』という可愛い熊さんスタンプ。結局、僕と母上様もレンジで温めて食べることになったのだ。小言の一つも言いたくもなる。
うん。まぁ、けど。
「しょうがないなぁ」
『……! やりました!』
我ながら甘いよなぁ。
自分自身に呆れるけれど、喜ぶルコの声に自然と頬が緩む。
そうこうしているうちに、待ちに待ったタイムセールの時間。
カゴ車に乗って現れた卵の山。取り合って割れないようにか、店員さんが手渡しているのを無事受け取れた。
大した節約にならなくても、こういうのは嬉しいものだ。小さな達成感に顔も綻ぶ。
ついつい得したからアイスでも買って帰ろうかなんて、気が緩んでしまう。けれど、我慢我慢。せっかく安く済ませている意味がなくなっちゃう。
粗方買い物を済ませたので帰りたいのだけれど、僕のお会計を邪魔するものがあった。
「じゃあ、切るよ?」
『むっ……繋いだままでもいいではありませんか』
「支払できないし」
『スマートウォッチ』
スマートウォッチに搭載されたIC機能で払えということだろうが、お断りである。
「QRでポイント還元されるの」
『その分払うと言ったら?』
「切るよ?」
冷ややかに言うと、ルコが慌てて止めてくる。
「ほんとに用件なくかけてきたの?」
『……あると言えばあります。ないと言えばありません』
「なぞなぞだぁ」
どういうこっちゃと思っていると、スピーカーの向こう側が静かになった。
(電波が悪い?)
カートを引いて移動しようとすると、言いづらそうな、不安そうな声が僕の鼓膜を震わせた。
『理由……ないとダメですか?』
「……いいんじゃない、別に」
なんて、素気なく返してしまったけれど。
理由も意味も、なんにもなくて。
電話したいだけ。話したいだけ。
そんな子供染みたルコの思いと行動が、ちょっと嬉しかったなんて……なんとなく気恥ずかしかった。十分、僕も子供だ。緩んだ頬が熱くなる。
高まる熱を冷やすように、僕はアイスコーナーの扉を開ける。真っ白な冷気がとても心地良い。
「アイスいる?」
『ハーゲンのバニラ』
高いよお嬢様。
■■
買い物から帰ってきて、昼食を食べた僕とルコ。
結局、買ってしまったハーゲンを美味しそうに食べるルコを見て、僕はアイスに劣らない冷えた視線を向けた。
「う~ん! 冷たくて美味しぃ」
「……わざとやってる?」
「……?」
ルコが首を傾げる。
すると、スプーンから滴り落ちた白い液体が、油断して緩んでいる胸元に落ちていく。魅惑な曲線を描く胸を沿うようにして、白い水滴が深い谷間に吸い込まれる。
(外ではキチッとしてるのになぁ)
不思議だ。なぜだろう。
考えて、苦笑する。ほんと、僕は子供のように単純だ。
「ま、いいけど」
わからない様子のルコには応えず、僕もスプーンで掬ったアイスを口に含む。
火照った体に丁度良い、ひんやり感。口いっぱいに広がる甘さに舌鼓を打ち、僕は機嫌良くアイスを食べるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。