即オチ幼馴染は、ポーカーに敗北しおっぱいがまろび落ちそうなバニーになる。


「このエッチなバニーガール服をルコが着ます」


 五月初旬。最後の授業を終えてゴールデンウィークを迎えようとする前夜。

 届いた荷物の空箱を無造作にベッドへ放り投げ、僕が広げたのは黒と白のコントラスト鮮やかなバニーガール服だ。


 服なのか? と疑問を抱きそうな布面積に、体のラインが露骨に出るだろうキュッとしたフォルム。頭に付ける黒のウサ耳がとてもチャーミングな逸品だ。


 四月のバイト代を使い、通販で頼んでいた物がようやく届いたのだ。今日の僕はちょっと興奮している。


 そんな僕とは対照的に、ルコの表情は冷め切っていた。ドン引きと言ってもいい。ゲーミングチェアに座ったまま、逃げるようにスーッと僕から離れていく。

 両手を広げて、僕との間に壁を作るようにして言う。


「着ません」

「着させます」

「絶対着ません」

「そんなエッチな身体なのに?」

「なんの関係がありますか!?」


 ルコはゲーミングチェアを蹴り飛ばす勢いで立ち上がると、両腕で大きな×ばつを作る。


「絶対に着ませんからね! む、胸元とかそんなガバッって……零れちゃいますよ!?」

「だいじょうぶだいじょう……零れてもいいじゃない」

「いいわけありますかーッ!!」


 全力拒否。

 もちろん、本当にポロリされては僕も困ってしまうが、サイズはピッタリだし問題はないはずだ。零れそう……だけど零れない。それぐらいがナイスなフェチズムというものだ。


(うむ)


 大きく頷く。ついこれから零れそうになるおっぱいに目が吸い寄せられると、頬を赤らめて胸を隠すように体を抱きしめる。そうすると、むにゅっと潰れて形を変えるのがまたえっちぃ。


「節制してる癖に、どうしてそんなエッチな服を買うんですか?」

「エッチな服を着たルコを見たいから」

「心底変態ですね……」

「否定はしない」

「してください!」


 変態である自覚は持ち合わせているので、否定はできないのだ。じゃなきゃ、嫌がる幼馴染にエッチな服を着せようなんてしない。Q.E.D.証明完了


「で、嫌? 着るの」

「い・や・で・す!」

「じゃあ、勝負は?」


 むっ、とルコが悩む素振りを見せる。

 いつもはルコから挑んでくるが、今日は珍しく僕からだ。


 普段ならコスプレ衣装が届いても、僕から勝負を挑む真似はしないけれど、今日はタイミングが良かった。バニーコスが届いた時に、僕の部屋にルコが居たのだから。これは、コスプレの神様がルコにバニーガール服を着せろというお告げだと思う。そんなこたーない。


「勝負で僕が勝ったら着てくれる?」

「それは……」ルコが言葉に詰まる。「ナギサが負けたら?」

「僕が着る」

「女の私でも抵抗のある服を、どうしてそう躊躇なく着れるんですかッ!?」


 当然の疑問。

 それは僕の記憶を呼び起こし、仄暗い気持ちにさせる。


「そんな躊躇……もうないよ」

「そ、そうですか」


 僕の黄昏た空気を察して、ルコは無暗に追及してこない。

 うふふのふ。メイド喫茶で着る服がメイド服だけだと思う? バニーガールだって経験済みだとも……。


「と、ともかく! 私にも多少メリットはありますけど」


 あるのか、僕のバニーガールに、メリットが。


「負けた時のデメリットが大きすぎます。なので、勝負なんてしません!」

「うん、わかった」

「……へ?」


 素直に引き下がると、ルコが肩透かしというような、意外そうな声を漏らす。なぜ驚く。


「あ……あの?」

「なに?」

「いえ……いいんですか? そんなあっさり」

「嫌なんでしょ?」

「はい」

「なら、無理強いはできないよね」


 着てほしいは着てほしい。けれど、本当に嫌がっているなら、僕も無理強いはしない。

 特に、今回はルコからではなく、僕から挑んだ勝負だ。断られたら、それまでだ。


 この話はこれで終わり。ベッドの上にある段ボールをカッターで解体する。そして、ぺったんこ。部屋の隅に置き、ベッドに腰掛ける。


(新着小説はないかなぁ)


 なんて、スマホを取り出して小説投稿サイトをチェックし始めると、ルコがなんとも言えない表情をして僕を見ていた。捨てられた仔犬みたいな目をしている。


「でも、ほら、もっとこうないんですか? 勝負してくれるまで駄々をこねるとか、拗ねて口を聞かなくなったりとか……」

「ルコじゃん」

「違います」


 疑わしげに見つめると、ルコがふいっと視線を逸らした。自覚はあるらしい。 


「させないよ、ルコが本当に嫌なら」ルコを見る。「させたこと、あったっけ?」

「ない……ですけどぉ」


 奥歯に物が挟まったような物言い。

 豊な胸の前で手遊びをし、なにやら困った雰囲気を醸し出している。


 決心が付いたのか、絡まった指がほどける。そして、斜め上に顔を持ち上げると、腕を組んで偉そうに言ってきた。


「し、仕方ありませんのでその勝負受けてあげます!」

「のーせんきゅー」

「どうしてですか!?」


 なにやら驚愕している。断られると思っていなかったらしい。

 体を前のめりにし、ルコが迫ってくる。ビークールビークール。落ち着きなさい。顔がおっぱいに触れそうです。


 見上げた先にあった戸惑いで揺れる瑠璃色の瞳に、僕は問う。


「嫌なんでしょ?」

「そう……ですけどぉ」

「無理しなくていいよ」


 残念だが仕方ない。鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥ほととぎす


「む……ぐぅ」

「なんで不満そうなのよ」


 話を持ち掛けた僕が諦めているというのに、どうしてルコのほうが悔しそうなのだろう。断ったのに。ルコの情緒が不安定問題。


「しょ、勝負を」

「ん?」

「勝負を受けさせてください……お願いしますっ」


 ……えぇ。

 唇を浅く噛み、まるで無理矢理言わされているかのように、ルコは耐え難い屈辱に震えている。じわり、と目尻に涙が溜まる。

 当然、僕はそんなことを言わせようとはしていない。


 肩を震わせるルコを見ながら、僕はベッドに手を付いて嘆息する。


「難儀な性格してるよね、ルコは」

「うるさいですよ!」


 僕が勝負を挑んだはずなのに、結局、ルコが勝負を挑んで僕が受けるという流れになった。



 ■■


 勝負はポーカー。

 十回勝負して、最後のチップが多かったほうの勝利だ。

 バニーだからという安直な理由で僕から提案した。運が悪いのによく承諾したなとつくづく思っていた……のだけれど、意外にも折り返し時点でルコの方が若干チップが多い。


 六戦目。山札から引いたカードを見て、ルコは瞳を光らせる。


「この調子なら……いけそうですね」

「意外と冷静だよね」

「当然です」


 手札を二枚入れ替えたルコが、ふふんっと鼻を鳴らす。良い役が揃ったらしい。


「運勝負とはいえ、冷静に対処すれば負けはありません――ストレート!」

「流石、副会長様は違うよねぇ……フラッシュ」

「……っ!?」


 ルコが目を見開く。フラッシュはストレートより強い。

 ひくひくとルコの頬が引き攣る。


「ふ、ふん! 一回勝ったからどうだというんですかっ!? まだ私のチップの方が多いですからね!?」

「ケトルかな」


 直ぐ熱くなるとこがそっくり。


「うぐ……うぐぐぅ」


 案の定、熱くなってしまったルコは、その後の勝負も悉く敗北し、チップの所持数は逆転していた。

 ルコはトランプを強く握り過ぎて、くしゃりと皺が寄ってしまっている。物を大事に。


「どうして……どうしてこんなことに……?」

ドロップ棄権しようよ」

「……負けたみたいでなんか嫌です」

「向いてないよね、ポーカー」


 豊かな表情も含めて。


「こ、このままではあのムダにエッチなバニーガールを着ることに……っ」

「そんなに嫌なら勝負しなきゃよかったのに」

「ため息つかないでください!」


 呆れるなとは無理な相談だ。

 ルコは唇を結び、俯く。


「確かに罰ゲームは嫌ですし、とても恥ずかしいです」


 けど、と言葉を重ねる。


「ナギサが私のために服を用意してくれたといこと自体がうれし……ではなく、肥しにするのも勿体ないと言いますか」


 ルコの握っているトランプが、原型を留めないぐらいクチャクチャになる。けれど、そんなことはどうでもよくなった。


 僕は目を見開いて、しどろもどろに焦るルコを見る。ふと、口から耽溺したような熱い吐息が零れた。

 緩んでしまった口元を、トランプで隠す。


「そっか」

「……なんですか、その生暖かい視線は」

「別に」

「笑ってますよ目が! わかった風な態度は止めてください!」


 ルコは怒るけれど、僕は笑みを深めるばかり。

 納得のいかない様子でルコはむーっと唸る。


「だいたい、ナギサこそどうしてそんなにエッチな衣装を私に着せたいんですか?」

「……? エッチだから」

「無垢な子供のような目で馬鹿なこと仰らないでください」


 事実だし。


「……本当に、それだけですか?」


 重ねて問われ、ちょっと考える。

 エッチだからというのは正しい。こう、むぎゅっとしたおっぱいや、桃のような熟れたお尻を見るのはとても好きだ。興奮する。いいね。


 ただ、その根本というか……本質はきっと、そういったよこしまなモノじゃなくって、もっと純粋なものだ。

 ふっと息を抜いて、微笑む。


「好きだからじゃ、ダメ?」

「……――っ」


 僕の返答に、ルコは言葉を詰まらせる。

 瞳を限界まで見開き、呆けたように口が開く。瑠璃色の瞳は泳ぎ、顔は食べごろのように赤く熟れていく。


「ほ……」


 ようやく発した小さな声。せきを切ったようにルコの口から言葉が溢れた。


「――……ほんっとうにナギサはエッチですね!? エッチなことが好きだからなんて、困ってしまう変態性ですっ! まったく、まったく……ほんと、まったく」

「そ、いいけど」


 僕は素っ気なく返し、手札を投げて見せる。


「ロイヤルストレートフラッシュ」

「嘘ぉっ!?」


 ハートのスート絵柄が並ぶ中、ただ一枚、道化師が意味深に笑っていた。



 ■■


 先ほどとは違った意味で顔を赤面させるルコが、体を抱くようにして剥き出しの両肩に触れた。


「ま、待ってくださいっ……ほんとにこれで全部なんですか!?」


 僕の目の前に立っているのは、羞恥心に震えるあまりにもセクシーでエッチなウサギさんだった。


 首輪のように巻かれた襟とリボン。白い肌を外気に晒す肩から胸元は、蛍光灯の光を反射して雪ウサギのようにきめ細やかで真っ白だ。


 太腿から伸びる網々あみあみタイツはただ剥き出しにするよりもエッチく、タイツの食い込みが心にグッとくる。肌の白さとタイツの黒さが合わさって視覚的なエロさは完璧だ。


 ぴょこんとお辞儀するように垂れたうさ耳と、ふさふさの白い尻尾がこれでもかと可愛さを演出している。可愛いとセクシーのコラボレーション。最初にバニーガールを考案した人は、きっと天性のフェティシズムだ。神様も手を叩いて絶賛したことだろう。


「あぅ……」


 弱きな声を漏らし、ルコは僕の視線から逃げようとする。

 少し動いただけなのに、ゼリーのようにプルンっと揺れる胸が今にもまろび落ちそうだ。


「零れちゃう……っ」

「サイズぴったりのはずなんだけど」

「どうして正確なサイズを知っている……!」


 見ればわかる……はずだったのだが、零れ落ちそうなおっぱいを見て、僕は愕然とした。そんなことがありえるのだろうか。


「え……まだ大きくなってるのッ!?」

「なに衝撃受けてるんですか!?」

「世の女性が泣くよ、ほんと」

「わ、私だって分けられる物なら分けたいぐらいですよぉ」


 そのうちルコは月のない晩に背中を刺されるかもしれない。容疑者はぺったんこ。

 ずり落ちそうになる胸元をどうにか押さえているルコ。そのせいで、余計に胸が寄せられて谷間が凄いことになっている。


(……入れたいな)


 つい、とある欲求が顔を覗かせる。 


「ねぇ?」

「なんですか?」

「おっぱいにチップ挟んでいい?」

「いいわけありますか、おバカ様!」


 頭をウサ耳で叩かれた。

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