即オチ幼馴染は、エロ本が見つけられなくて水着撮影会を余儀なくされる。


 大きなお尻がフリフリと左右に揺れている。

 部屋に戻ってきた僕が最初に目撃した光景だ。


「……んぐっ。絶対にあるはず……胸がつかえて奥が見えない…………」


 そんなことを呟く大きなお尻。――より正確には、僕のベッドの下に上半身を潜り込ませ、下半身だけが外に出ているルコなのだが、それはともかく。


 整然としていたはずの室内は、まるで幼い子供が玩具箱をひっくり返したかのような有様だ。

 漫画にゲーム機、コスプレカタログや学校の教科書などなど僕の部屋にあるものがこれでもかと広げられていた。


 僕は顎に手を当て、しばし考え込む。

 そして、一つ頷くと片方のスリッパを脱いで――


「赤いセクシャルパンツが見えてるぞケツでか女!」

「ひゃんっ!?」


 ――思いっきり、大きな大きなお尻を叩いてやった。



 ■■


 反省のため、正座をしたルコはやや涙目になっていた。

 スリッパで叩いたらから大した痛みはないだろうに、恨めしそうに僕を睨みながらお尻を擦っている。


「お尻は大きくありません……標準サイズですから」

「ルコのお尻が大きかろうが、超大きかろうがどっちでもいいんだけど」

「よくあり――大きいとしか言ってませんよ!?」


 だって大きいもの。女子高生とは思えない発育の良さだ。

 赤くなった顔で心外だと叫ぶルコに、僕は冷めた目を向ける。


「で?」

「で? で……で……デラックス?」

「お尻の話は終わってる」

「お尻の話はしてませんよ!」


 じゃあ、連想させるようなことを言わないでほしい。


「人の部屋を散らかしてなにしてたのかって聞いてるの」

「あぁ……そちらでしたか」


 そちら以外にどちら様がいるのでしょうね。

 ようやく落ち着きを取り戻したはずのルコは、手遊びをし始める。視線は泳ぎ、冷や汗が流れる。見るからに言いづらそうな様子だ。


「えぇっと、その……ですね?」

「はい、なんでしょう?」


 ニッコリ笑って圧をかけると、ゆっくりと顔を逸らして、ポツリと呟いた。囁くような小さな声であったが、その内容はしっかりと僕の耳に届いた。


「……ナギサが持ってるエッチな本を探していました」

「持ってないから脳内ピンクケツでか女」

「ピンクではないですし、繋げないで! って、持ってない!? そんな、嘘ですよね!?」


 今世紀最大の事件とでもいうように、青褪めて驚きの声をあげる。

 膝に置いていた手をぎゅっと握り、深刻そうに俯く。

 ……僕がエロ本持ってないだけで、どうしてここまでの反応されないといけないの?


「どうしましょう……このままでは勝負が」

「勝負?」


 僕のこめかみがピクリと動いた。なにやら気になる単語。

 睥睨へいげいするように見ると、ルコは『しまった』というように片手で口を押さえる。そして、叱られた子供が自白するように、おどおどしながら話始めた。


「その……先日、会長とお話したんですけど、その時に『ナギサがエッチかどうか』で少し問答をしまして」

楠乃花くすのは女学園って暇なの?」


 由緒正しいお嬢様学園の生徒会長と副会長が揃ってなんの話をしているんだ。僕の性癖しか話題にないぐらい、話すことがないのか。

 嫌だぞ、僕は。ティーパーティでキャッキャウフフと楽しそうなお嬢様たちが、実は男の性癖について話しているとか想像もしたくない。


 僕が酷く嫌そうに顔を歪めると、慌ててルコが言葉を重ねる。


「仕事は全部終わらせてました! それに、重大な内容です。私はこれまでの経験を元に、論理的にナギサがエッチであることを説明したんですよ?」

「論理的にエッチであることを説明」


 理知的なのか、頭が湧いているのか判断に困る。


「それだというのに、会長はエッチじゃないかもしれないって言うものですから」

「どっちが正しいか勝負しようと?」

「そうです。その通りです」

「へぇ……」


 無意識に、僕の口から低い声が零れた。

 ちょっとだけ、面白くない。

 そのせいで、発した言葉にも知らず棘がこもってしまう。


「脳内ピンク尻軽ケツでか女様は、一体どんな罰ゲームを受けるの?」

「変な呼び方しないでください! だいたい、なんで罰ゲーム受ける前提なんですか?」

「尻軽だから」

「……なんかちょっと怒ってます?」

「怒ってない」


 僕は唇を尖らせる。

 その行動そのものが、不機嫌なのを察してほしいという態度に他ならない。無自覚だったとはいえ、子供染みた真似をしてしまい、内心恥ずかしくなる。構ってちゃんか、僕は。


「勝ったら命令権を貰えるんですよ」

「全裸で校内朝礼?」

「ッ!? しません!」


 目を白黒させて首を左右に振る。

 わかってるから、そんな慌てなくいいのに。


 ルコは申し訳なさそうにしながら、僕の様子を伺うように上目遣いで見てくる。


「その……勝手に探したのは申し訳ありません。ただ、エッチな本を出してと言って、出すものでもないでしょう?」

「いや、出すけど?」

「なぜ!?」

「一緒に読む」

「セクハラですよ!?」


 罰ゲームとはいえ、いつもセクハラしてるから大丈夫。

 なにより、僕がルコに隠すような物はない。


「けど、さっき言った通りない物は出せない。だから、ルコは大人しく白のスクール水着で朝礼をして、水鉄砲でじわじわ透けて恥ずかしい思いをしてきてね?」

「変態思考止めてください!」


 当たったところから透けていくの、いいよね。ただ裸にするより、興奮を覚える。これがフェチズムというものか。


 けど、ルコは僕の態度を勘違いしたようだ。

 頑なにエロ本を隠そうとしているように見えるらしい。


「……最初からわかっていました。素直に出すはずはないと」


 真っ直ぐに人差し指を伸ばし、僕に突きつけてくる。


「徹底的に探させていただきます!」


 まぁ、うん。もう好きなようにしてくれ。


 ■■


「ない」


 ベッドの下を探し、


「ない!」


 机を探し、


「ないっ!」


 クローゼットを探し、


「ないッ!」


 室内の至る場所を探しても、ルコはエロ本を見つけられないでいた。

 そう広い部屋ではない。三十分もあれば隅から隅まで捜索可能だ。ルコは四つん這いになって、打つひしがれる。

 顔上げたルコが、キッと僕を睨みつける。


「なんでないんですかッ!?」

「元から存在しないから」


 手持ち無沙汰だった僕は、ゲーミングチェアに座ってスマホのデイリーをこなしていた。アプリを開いては何度かタッチし、次のアプリへ。うーん、作業ゲー。

 飽きてきた僕とは違い、相変わらずルコのテンションは高い。そんなはずはないと、目を皿のようにして室内を見渡す。


(少しは僕の言葉を信じてほしいものだ)


 なんて、大変遺憾だと思っていると、


「そんなはずはありません! いつも私に布面積の少ないコスプレ衣装を着させたり、おっぱいだお尻だとセクハラ三昧なナギサが、エッチな本を持っていないわけがありません!」

「うーん。身から出た錆」


 ぐぅの音も出ない正論パンチに、反論の余地もない。日頃のセクハラが祟った信頼失墜だった。

 そんなわけで、僕の言葉を一切信用しないルコは再びエロ本捜索へ。どこを探すのかと思えば、辞典を箱から出し始めた。思春期男子がエロい物を隠す場所をよく理解しているようで。


(片付け大変そうだなぁ)


 ルコに放り投げられた物が次々と山となっていく光景を見て、僕は遠くを見つめるしかなかった。



 デイリーミッションもこなし、暇になってしまった僕が、高校の宿題に勤しんでいると、突然ルコが驚きの声をあげた。


「こ、これは……!」

「え……あったの?」


 今度は僕が驚く番だ。

 なにせ、エロ本がないと言ったのは嘘でもなんでもない事実。ないはずの物が出てきたら、そりゃ驚くに決まっている。

 ガラガラとゲーミングチェアを動かし、ルコの背後に回る。そして、わなわなと震えるルコの後ろから、彼女が広げる本を覗き込み――得心した。


「私のエッチな写真集ッ!?」

「あー、それか」


 ルコが見ているのは、僕が作製したルコ写真集だ。

 これまで罰ゲームによって撮り貯めたルコの写真を収録した珠玉の一冊。

 学生服やメイド服、チャイナ服にスーツ姿となんでもござれ。布面積の少ない、おぱーいが強調された少しばかり過激な写真もあるけれど、写真集とはそういうものだ。仕方ないね。


「しかも、製本までされて……JANコード!? ちょっとナギサ!? 売ってませんよね、これ!?」

「売ってないよ。雰囲気出るようにしただけ」


 個人的に楽しむ物なので、誰かに見せるつもりはない。見せたくもないし。


「はわっ……こんなはしたない…………はわわっ!?」


 写真によって、これまでの痴態を思い出すのか、ルコの顔は真っ赤だ。顔から火が出そうな雰囲気である。写真とはいえ、二の腕でむぎゅっと零れそうなおっぱいを強調させる己の恥ずかしい姿を見れば、その反応も当然か。


 グルグルと目が回って混乱しているルコが言う。


「捨ててください」

「いいけど……データあるし、それVol.5だし」

Volumeボリューム.5!?」

(良い発音だなぁ)


 幼馴染として、小さな頃から撮り貯めてきた写真が、ただ一冊の写真集に納まるはずがない。

 いわば星見ほしみルコの成長記録だ。Vol.6も絶賛作製中。


 ぐしゃぐしゃに顔を歪め、赤面するルコは羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。

 けれど、これで終わりじゃない。

 僕はポンポンとルコの肩を叩くと、ワントーン下げて耳元で囁く。気分はクビを告げる上司だ。


「ところで、僕の部屋からエロ本は出てこなかったわけだけど」

「そう……ですね?」

「――落とし前は、どうつけてくれるのかな?」


 錆びたブリキの玩具のような緩慢さで、ルコは首を回す。

 怯えたように揺れる瑠璃色の瞳が僕に向けられた瞬間、僕はこれ以上ないぐらいの笑顔を浮かべた。



 ■■


 余計な騒動に巻き込んだ責任を取るため、急遽始まったのは撮影会。

 黒のビキニに着替えた煽情的なルコが、ベッドの上で日焼け一つないお尻を恥ずかしそうに持ち上げていた。


「親指加えて振り返って、その無駄に大きなお尻をグッと。グッと突き出すんだよぉ!」

「うううぅ……どうして、どうしてこんな」


 泣き言を零しつつも、僕の言うことにはしっかりと従う。四つん這いになって、更に突き出されたお尻は大事な部分が見えてしまうのではないかと思うほどにきわどくエッチだ。パシャパシャとスマホのタップが止まらない。


(次回の写真集は特別編の水着特集を作ろうかな!)


 なんて、写真集の構想練りつつ、僕は満足気に頷く。


「ねぇ接写していい? 接写。きわどく撮りたい」

「どうしてこんな変態なのにエッチな本の一つや二つないんですか――ッ!?」


 ルコの心からの絶叫が家中に響き渡った。

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