即オチ幼馴染を、ベッドから追い出したかったのにゴスロリ罰ゲームを受ける。


 バイトから帰ってきた僕は、自室に入ると学生鞄をベッドに放り投げた。


(やっぱり、放課後のバイトは疲れるなぁ)


 ネクタイを緩め、そのまま着替えようとすると、鞄を投げたベッドから『ふぎゃっ!?』と猫が潰れたような声がした。

 猫を潰したわけじゃない。なぜなら、僕の家で猫は飼っていないからだ。


 ベッドに顔を向けると、なにやらこんもりと布団が盛り上がっていた。丁度、人一人分ぐらいの小山だ。小刻みに震える小山を見て、僕は嘆息する。


「……人のベッドでなにしてるのよ。オ〇ニー?」

『してません! してませんよ!?』


 必死な否定が返ってきた。

 もちろん、それは猫語でもなんでもなく、女性の声。隣に住んでいるはずの幼馴染、ルコの声だった。決して、僕のベッドに住み着いているわけじゃない。


(なにしてるのこの子?)


 母上様了承済みのため、不法侵入は諦めたけれど、顔すら出さずに人のベッドで丸まっているのはどういう了見だろうか。


『ほっといてください』

「人のベッド占領して言うことじゃないよねぇ」


 とりあえず、邪魔だ。

 バイトで疲れた体に鞭を打ち、無理矢理布団を引っぺがそうとしたけれど、ルコが必死に抵抗してなかなか上手くいかない。


『いやー! 止めてください変態ッ!? 乙女の領域を犯さないでください!』

「僕のプライべート空間を犯さないでくれない?」


 そんなに踏み込んで欲しくないなら、お家にお帰り。

 いつもなら、このぐらいで諦めそうなものだけれど、なぜか今日に限って抵抗が激しい。どれだけ手を尽くそうとも、なかなか出てきやしない。

 僕のほうが先に折れてしまう。


「今日はやたら抵抗が激しいな……」

『ひぃ……はぁ。絶対に出ませんからね』

「……しょうがない。ルコのベッドで寝よう」

『やめてください!』


 半ば以上本気で、隣の家にあるルコの部屋に向かおうとすると、強く止められる。

 けれど、やっぱり顔は出さず、ベッドから出てこようとしない。


(どうしたものかなぁ)


 進展のない状況に僕が悩んでいると、ルコが提案してくる。


『わかりました。では、こうしましょう。勝負です。私をベッドから追い出したらナギサの勝ち。負けたら罰ゲームを受け入れます』

「えぇ……」

『なにが不満なんですか!?』


 自分のベッドを無断で占領されている最中、一方的にこちらが譲歩する勝負を提示されれば、不満に決まっている。

 立っているのも疲れて、ゲーミングチェアに座った僕は、グルグル椅子を回転させる。


「今日疲れてるから寝たいんだけど」

『勝負を受けないというのであれば、大人しく床で寝てください! 男の子でしょう!?』

「僕の部屋なんだけどなぁ」


 そもそも、もう外も暗いんだけど、泊っていく気なの? 君。


 お風呂入ってご飯食べて寝ちゃいたい。

 けど、言葉で説得するよりも、勝負を受けたほうが早そうだ。ピタリと椅子の回転を止める。


「まぁいいや。じゃあ、罰ゲームでルコにゴスロリ衣装着させよう」

『どうして! そう! 罰ゲームに対してだけは! 準備万端なんですか!?』

「着せたいから」


 ルコのためにアルバイトをしていると言っても過言じゃない。

 罰ゲームに対して、やや臆した雰囲気のルコ。言葉に詰まってなかなか返答はなかったけれど、どうやら覚悟が決まったらしい。声を震わせながらも、罰ゲームを了承する。


『ふ、ふふん! ですが、今日は絶対に負けませんからね? 私には負けられない理由があります!』

「あ、そ」


 勝負開始とばかりに、僕はピッと暖房を付ける。

 設定は上限温度。北風と太陽作戦である。


 リモコンの音で気が付いたらしいルコが、悲鳴のような声を上げる。


『あ! この卑怯者!?』

「戦略的と言ってくれ」


 だいたい、力づくが禁止された時点で、こういう迂遠な方法しか手がないわけなんだけど。


 温度計機能付きのデジタル時計の数値が見る見るうちに上がっていく。

 気付けば三十度近くまで上昇し、額に汗を掻く。

 僕でもこれなのだ。布団の中にいるルコは蒸し風呂状態のはずだ。息苦しい呼吸が聞こえてくる。


『ぐぅ……あつい……』

「出てくればいいじゃない」

『絶対に嫌です!』


 強情である。

 とはいえ、やはりこの方法は諸刃の剣。僕自身も熱くて辛い。

 ネクタイをベッドに放り投げ、襟元を緩める。そして、パタパタと胸元に風を送った。


「あー……あっつ」

『そうでしょう。そうでしょうとも。今、暖房を止めれば許して差し上げますよ?』

「なにを許されるんだ。はぁ……アイス食べよう」

『ズルい! 私にもください!』

「布団から出てきたらね」


 ギャーギャーと布団の中で文句を言うルコを置き去りにして、僕は部屋の外へ。廊下は涼しく、心地良い。

 そのまま居座りたい気分だが、勝負のこともある。

 諦めて一階に降りると、冷凍庫からチョコバーを引っ張り出す。溶けるので自分の分だけ。ルコには、諦めて布団から出てきたらあげよう。


 暑苦しい部屋に戻りたくないせいか、足取り重く階段を上ろうとすると、廊下の奥で小さな物音がし続けている。

 ひょっこり脱衣所を覗くと、なぜか洗濯機が回っていた。


「……? 母上様が予約して出掛けたのかな?」


 不思議に思いつつも、階段を上って部屋に戻る。

 布団の四隅から、亀のように白い手足が飛び出ていた。降参も近そうだ。


 ゲーミングチェアに座り直すと、アイスを加える。冷たく、ドロリと溶けて口に広がる甘さがとても美味しい。


「あー。無駄に熱くして食べるアイスは贅沢だなぁ」

『うぅっ……私もアイス食べたい』


 泣き言が聞こえる。

 天岩戸あまのいわと作戦も上々の効果だ。


(あともう少しかなぁ)


 そう思っていると、布団の中から鼻をすする音が漏れ聞こえてきた。


『……ぐすん』

「泣くくらいなら意地張らずに出てきなさいよ」

『わかり……ました』


 どうやら降参らしい。十分に頑張ったほうだ。

 布団が立ち上がり、するりとルコの体から滑り落ちる。

 アイスを食べ進めていた僕は、ようやく姿を現した彼女の格好を見て目が点になる。


「――……はぇ?」

「うぅうううっ……恥ずかしぃ」


 汗ばんだ白い肌を隠すように、ルコは大きな胸を抱きしめる。

 綺麗な流線りゅうせんを描く頬のラインを伝い、滴り落ちた雫が深い谷間に落ちた。

 火照って赤くなった太腿は、言葉にできない艶がある。


 涙で濡れる瑠璃色の瞳は、僕と目が合うと恥ずかし気にそっぽを向く。

 想像もしていなかった格好に、僕はしばし言葉を失う。そして、どうにかこうに絞り出したのは、オブラートもなにもない、直球の疑問だった。


「…………なんで裸?」

「裸じゃありません! 下着は付けてます!」


 確かに黒いえっちぃ下着は付けているけれども。レースがちょっと透けてるのがさらにエロいけれども、そういうことじゃーないんだよ。


 予期せぬ状況に頭が回らない。罰ゲームでえっちぃ格好させてるのとは違い、不意打ちで、心構えがなかったので、内心とても焦っている。

 なるべくルコに視線を向けないようにしつつ、質問する。


「他意なく訊くけど、その……僕のベッドで自慰行為をしてたわけじゃないよね?」

「してません!」


 真っ赤な顔で否定する。

 良かった。なにが良かったわからないけれど、とにかく良かった。


 僕が安堵していると、ルコは布団で体を隠し、気まずそうにしながら、下着姿で僕のベッドにいる理由を説明し始める。


「ジュース飲みながら部屋でナギサを待ってたんですけど」

「前提条件がおかしい」


 まず上がるな?


「零しちゃって……濡らした服を洗濯してます」

「洗濯機が回ってる理由はそれか」


 少々言葉は足りないが、おおよそ状況は理解した。

 つまり、僕の部屋でジュースを飲んでたら、零して服にかかった。そこで、一度家に帰って着替えてくればいいのに、戻るのを面倒がって洗濯機を回して、自分は下着だけで部屋に居たわけだ。

 そこで折り悪く僕が帰ってきて、慌てて布団を被って隠れて出てくるに出てこれなかった、と。

 ……おバカなのかな? この子は。


「ぐずっ……申し訳ありません」

「はぁ……」


 流石に今回の件は、悪いと思っているらしい。

 僕はため息を付いて立ち上がる。クローゼットからスウェットのセットを引っ張り出すと、ルコに投げつけた。


「――へぶっ!?」

「いいよ、今日は僕の負けで」


 それだけ言い残して、さっさと部屋を出ようとする。今更とはいえ、着替え中のルコを見る気はおきない。


「ふへ? な、なんでですか?」

「うるさい理由は聞くな。それ着て早く僕のベッドからどいて――ファブって干す」

「臭うと!? 私が臭いと言うんですか!?」

「その恰好で近付くないでっ」


 迫ってくるルコから逃げるように、僕は部屋を飛び出した。バタンッ、と大きな音を立てて扉が閉まる。

 覚束ない足取りで脱衣所に行くと、丁度乾燥まで終わったらしい。完了の音が鳴っていた。


 洗面台に両手を付き、鏡と向かい合う。


「……今日寝れるかなぁ」


 僕のベッドに、下着姿のルコ。

 エロいなぁで終わらない、その先を想起させる状況は心臓に悪かった。なにもわかっていないルコを前にして、生々しい想像をしてしまったことが、恥ずかしく、居たたまれない気持ちになる。


「……はぁああ」


 体の中から溜まった熱を吐き出すように、俯いて嘆息する。

 顔を上げると、鏡の向こう側で僕に似た男が顔を真っ赤に染め上げていた。



 ■■


「素敵ですナギサ! 凄く似合ってますよ!!」

「ゴスロリ衣装似合ってるって言われて、喜ぶわけないよね」


 部屋の戻った僕は、コスプレ会場のレイヤーになったかのような気分だ。

 ルコのために用意したはずの真っ黒なフリフリゴスロリ衣装を身に纏い、ベッドの上で膝を付いて座り込んでいた。


 スマホのシャッターを切るのはもちろんルコだ。

 元々着ていた服は乾いたのだけれど、僕の貸した服を着たまま、興奮した様子であらゆる角度からカメラを向けてくる。いつも僕がやっていることとはいえ、その目は少々怖い。


(と、いうか。着れちゃうんだなぁ、これ)


 ルコは女性にしては身長が高く、僕は男性にしては身長が低い。また、僕が華奢なせいもあって、呆気なく着れてしまった。

 女装に対して羞恥は抱かないが、少し悲しい気持ちになる。


 一通り撮り終えたルコが、残念そうに眉尻を下げる。


「惜しむらくは、胸元がダボついていることですね」

「ルコが無駄に脂肪を蓄えてるからだよ」

「――ッ!?」


 ガーンッ、とルコがショックを受けたように仰け反る。

 僕はそんな彼女の反応を気にも留めず、膝を抱えて小さく丸くなる。


「あの……なんか怒ってます?」

「怒ってないよ。アイスでも食べて大人しくしてて」

「ふぼっ!?」


 アイスをルコの口に突っ込む。

 目を白黒させるルコだったが、アイスの冷たさと甘さにやられたようで、直ぐに幸せそうに顔を蕩けさせた。


(単純だなぁ……)


 なんて思いつつ、僕はぽふりとベッドに倒れ込んだ。

 ……アイスとも違う、甘い香りが鼻孔を擽って、心臓が一つ跳ねた音がした。

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