親フラには気を付けよう

「とりあえず三人をちゃんと布団に寝かせないとな」

「斗和君本当にごめんなさい。お母さんが……」

「いいよ全然。むしろ賑やかな時間をありがとうって思ってるくらいだからさ」


 少し騒がしかったのは否めないけど、俺や絢奈だけでなく母さんたちと合わせての時間は楽しかった。酒の匂いを纏わせながらも絡みは少しめんどくさい部分もあったけど、やっぱり俺はああいう賑やかな空間が好きらしい。

 さて、今絢奈と話していた内容から分かるように三人をそれぞれ布団の上に運ばないといけない。こうなってしまった以上、布団などの用意も終わらせて快適に睡眠を取ってもらいたいからな。ま、その睡眠の先に待ち受けているのが二日酔いでないことを祈ろう。


「それじゃあ布団の用意とかするか。その後に俺が抱えて寝かせればなんとか」


 こういう時に男で力があって良かったなって思うよ。別に大人たちが重たいとかそういうことを揶揄しているわけでは断じてない。決してそんなことは微塵も思ってないことをここに記しておく。

 絢奈に食器を片付けをしてもらう中、俺は布団の用意をして大人たちをそれぞれの布団に寝かせた。途中で神崎さんが寝ぼけて布団の中に連れ込まれそうになったものの、隣に寝かせていた母さんのチョップが神崎さんの額に直撃した。


「クソビッチ……敗れたり……すぅ」

「……私はビッチじゃねえですよ……すぅ……」

「仲いいな本当に」


 決して起きているわけではないのにこの寝言のシンクロ率は凄い。神崎さんはそのまま母さんに抱き着くような姿勢になり、母さんも母さんで神崎さんの頭に手を置くようにしていた。寝相が良いのか悪いのか分からないが、これはこれで絵になるような光景で少し面白い。


「……すぅ……すぅ」


 二人に比べて星奈さんの寝相は大変よろしい。掛け布団を蹴り飛ばすこともなければ寝言を言うこともない、そのまま天井を向くように微動だにしなかった。何というか、こういう部分は絢奈と似ているなと思う。絢奈も別々の布団で寝ている時はこんな感じだからな。逆に一緒の布団でお互い触れられる距離だと、絢奈は俺を求めるように手足を絡めてくることも多いけど。


「おやすみなさい」


 眠る三人にそう言って俺は部屋を出る……その時だった。


「だ、ダメよ斗和君……私は……絢奈の母……なのよ……すぅ」

「……………」


 一体何の夢を見ているのか、少し怖くなった俺は悪くないはずだ。改めて部屋を出る直前、蹴飛ばされていた掛け布団を母さんと神崎さんに掛け直して部屋を出た。キッチンに向かうとまだ絢奈が皿洗いの途中だったので俺も手伝うように隣に並んだ。


「みなさんを運んで疲れてませんか? 休んでて大丈夫ですよ?」

「これくらい平気さ。絢奈の隣に立って手伝いをするのは好きだから」

「その言い方は卑怯ですよもう……」


 絢奈は困ったように笑うも、お願いしますと言って集中するように手元に視線を戻した。それからお互い口数は少なく、淡々と食器を洗う音と水が流れる音だけが響き渡る。

 あぁでも本当に今日は楽しかったなぁ……本当に楽しかった。


「ふふ、本当に楽しかったって顔ですね」


 どうやらバレてるみたいだな。いつもは俺と絢奈、そして母さんが主だけどそこに神崎さんと星奈さんも加わった。二人とも今日初めて会ったはずだけど仲良くなったみたいだ……だから本当に――。


「でも同時に、やっぱり修君の家のことが頭から離れないみたいで」

「……………」


 それもバレてたか……。俺の様子を見て絢奈は当たってましたかと笑い、絢奈は水の付いた手を拭きながら言葉を続けた。


「斗和君、私は正直なことを言えばどうでもいいと思っています。今のこの幸せな世界が守られるのならば、それ以外のことなんて本当にどうでもいいんです」


 最低な女ですねと絢奈は続けたけど俺はそうは思わなかった。俺がもし絢奈の立場だとしたら、きっと同じことを思うだろうからだ。俺のことを思い、今もずっとあの時のことを忘れられない絢奈の立場ならそれも仕方ないのだと。

 顔を伏せた絢奈を優しく抱きしめる。


「確かに気にはなるけど、俺は特に何もするつもりはないんだ。俺に出来ることは精々がこの問題に修が気づいた時に相談に乗るくらいなもんだろ……他所の浮気問題に口を挟むなんてめんどくさいことにしかならないなんて分かり切ってるしな」


 それに神崎さんにも気にしなくていいと言われたのもあるからな。いまだあの人のことを全て理解しているわけではないけど、神崎さんがあそこまで言うってことは何かがあるということだ。それこそ俺たち子供が立ち入る必要のない何かが……それなら大人しく神崎さんに任せた方が色々な意味で安心できる。


「俺が首を突っ込んで何かあったら絢奈が悲しむ。それはもう痛いほど分かってるからさ。だから修には悪いけど……俺は絢奈の笑顔の方を守ることにするよ」


 身近なものを守れなくてそれ以外を守ろうとするのは馬鹿のすること……は言い過ぎかな。けどそれも間違ってはないと思う。手の届く距離に居る存在、何度目になるか分からないけどまずはこの腕の中に居る彼女をしっかり守っていかないとだ。


「斗和君、そう言ってくれるのは嬉しいです。嬉しいですけど……ふふ」


 絢奈はまるで困った子を見るような目で言葉を続けた。


「目の前で困っている人が居たとしたら、それがどんなに大変なことでも手を差し伸べてしまうのが斗和君だっていうことは分かってます。もう今更ですよ、何年一緒に居ると思ってるんですか」

「そ、それは……ねえ?」

「ですから、私はずっと斗和君の傍に居ないといけないんです。じゃないと安心できませんからね」


 ……参ったな。絢奈の言葉に俺は目を逸らすことしかできないけど、そんな俺を絢奈は楽しそうに笑っていた。


「ふふ……あははは!」


 彼女にしては声を出して笑うその姿は珍しかった。同時に、俺を見つめるその目はとても優しくて思わず見惚れてしまいそうになった……いや、こうしてその目を見つめ続けている時点で見惚れているようなものだな。

 どれだけの年月が経とうとも、絢奈に向ける想いが衰えるようなことはない。むしろ強くなっていくことを実感するたびにどれだけ彼女のことが好きなんだと思ってしまう。ま、絢奈の魅力なんて語り尽くせないほど知って――。


「あむ……ぅん!」


 そんな考え事をしていた隙を狙うように絢奈がキスをしてきた。ただ唇が触れ合うだけの可愛いものではなく、舌を絡ませる激しいキス。お互いの唾液を交換するように、そして強く、強くお互いを求めるように。


「本当は我慢しようと思ったんです。でも三人ともあそこまでお酒を飲んでいましたから眠りも深いはず……ちょっとは声を出しても大丈夫ですよね」

「確かに大丈夫かもしれないけど……」

「ふふ、それじゃあ――」


 絢奈はその場に座るように腰を下ろし、慣れた手つきでズボンに手を掛けた。


「う~ん、でもよく考えたらこの場所でするのは去年の春振りですね」

「覚えてるんだ……あ」


 絢奈の言葉を聞いているうちに俺も思い出した。確かあの時は少しハプニングが起きたんだ確か……絢奈も同じことを思い出したのかクスクスと笑みを零した。


「明美さんが早く帰ってきて……それで慌てて掃除しましたよね。床がかなり濡れてしまっていて大変だった覚えがあります」

「しかも絢奈は満足に動けなくて……うん、本当に大変だった」

「限界を迎えた直後だったんですから誰でもそうなります!」


 本当にバレるかもしれないって思ったもんな。必死に片づけをしていたけど、内心は焦りに焦りまくってたし。


『あらお掃除? ……って絢奈ちゃん? 顔凄く真っ赤だけど?』

『ら、らいじょうぶれす……』

『呂律回ってないわよ!?』


 別の意味で母さんに心配を掛けたのも懐かしいな。昔を思い返していると、ひんやりとした絢奈の手の感触に意識が戻される。


「苦しそうなのを楽にしてあげるのも私の務めです……ふふ、またメイド服を着てご主人様とメイドさんの秘め事ごっことかしますか?」

「魅力的だけど疲れるからやめよう……」

「えぇ~、残念です♪」


 全然残念そうじゃないんですがそれは……。とはいえ、眠ってしまった大人組に比べて俺たちが眠るのはまだ先になりそうだな今日は。

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