僕に与えられた時間
僕にとって幼馴染は何よりも大切な存在だった。
昔から絢奈が好きで、彼女が傍に居てくれることが僕の幸せだった。けれど、そんな僕の想いは彼女に届かなかった。どうして、なんでだよ、そう心の中で斗和と絢奈に汚い言葉を言い続ける自分が……あまりにも惨めだった。
「……はぁ」
傍から絢奈と斗和が居なくなり、僕の世界は静かになった。でも、心の中で今はこうやって静かに居られることに感謝しているのも確かだ。こうやって一人で居れば変に何かを考えなくて済むし、今までの自分を見つめ直す機会になった。
「斗和と一緒に居る絢奈は本当に……幸せそうだ」
僕の傍でも彼女は笑ってくれていたけど、斗和の隣に居る時のあの笑顔が本当の絢奈の笑顔なのだと思い知らされた。結局、僕は自分一人だけで勝手に盛り上がっていただけだ。絢奈は僕が好き、今となってはそんなあり得ない都合のいいことをずっと考えて。
学校終わりのこの帰路も一人だと落ち着きはするが寂しく感じてしまう。もう少しで家に着く、そんな時に僕にとって懐かしい顔を見た。
「……あら、修君」
「あ……」
星奈さん、暫く会っていなかった絢奈のお母さんが目の前に居た。母さんとも挨拶程度はするけど前みたいに家に来ることは無くなり、こうやって実際に顔を合わせたのは本当に久しぶりって気持ちになる。絢奈と疎遠になったことで話す言葉が見つからない、僕はそのまま顔を伏せて通り過ぎようとしたが星奈さんに呼び止められた。
「修君、良かったらお茶でもしていかないかしら?」
「え?」
その時の僕はどうしてか分からないけどその提案に頷いた。勘のようなものだけど、その誘いが僕にとって前に進むために必要なことなのではないかと思ったからだ。頷いた僕を見て星奈さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
家に入ると少しだけ懐かしさを感じる雰囲気が僕を迎える。
リビングに通されて紅茶をもらい、絢奈の居ない小さなお茶会が幕を開けた。お茶会と言っても何か話題があるわけでもなく、僕は手持無沙汰に周りを眺めることしかできない。そんな時、僕は一枚の写真を見つけた。
「……絢奈、斗和」
斗和と絢奈が手を繋ぎ、その後ろに星奈さんと……これは斗和のお母さんかな? 四人が幸せそうに笑っている写真だった。写真の斗和に対して嫉妬、妬みがないわけではない……でも、こんな風に幸せそうに笑っている姿はこちらまで微笑ましくなってしまいそうな気持ちにさせられる。
「幸せそうに笑っているでしょう? 私もまさかこんな風に斗和くんと……そしてあの子のお母さんと写真を撮る日が来るなんて思わなかった。あんな最低なことをしてしまったのに」
「え?」
最低なこと? 最低なことって何なのだろう。疑問に思った僕に星奈さんは教えてくれた。ずっと抱え続けていた罪を、事故に遭った斗和に向けて言ってはならない言葉を。
「それで絢奈にも同じ血が流れていると思いたくない、そんな風にも言われたわ」
「……………」
話を聞いた僕は言葉を失っていた。絢奈の発言ももちろんビックリしたけど、あの星奈さんがそんな言葉を口にしたことをだ。僕にとって星奈さんは幼馴染のお母さんという認識だが、同時に良くしてくれる優しいお母さんでもあった。誰かを馬鹿にしたり、傷つけたりするようなことを言う人とは到底思えなかった。
「……………」
当時僕と同じ年の斗和は何を思ったのかな、そう考えてしまう。僕のせいで事故に遭ったのに、斗和は笑って僕を許してくれた。泣いてばかりいた僕に彼はずっと励ましの言葉をくれていた……でも、そこで僕はハッとする。あの時、僕は何をした……あの時の僕は。
『……はは』
……そうだ、僕は嗤っていたんだ。
確かに斗和のことを悲しんだ僕も居たが、何でも出来てしまう彼がどん底に居るのを見て……僕はそれを喜んでしまったんだ。
「修君?」
「……すみません」
改めて自分の薄汚い部分に吐き気がしてくる。結局僕は斗和を親友と見ていたけど、心の奥底では絢奈に近づく邪魔者としか思ってなかったのかもしれない。屋上でどうして裏切ったんだと声を大にして叫んだあの時の僕は……本当に愚かとしか言いようがない。
それから挨拶をして僕は星奈さんと別れて家に帰った。何もする気が起きなくてベッドに入り込んで蹲る。思い出すのは全て斗和と絢奈、そして僕のことだ。
「……………」
斗和は……彼はいつだってカッコよかった。僕にないモノを全部持っていて、僕に出来ないことが簡単に出来てしまう。それでも驕ることなく、ずっと頑張り続けていた……それを僕はずっと絢奈と一緒に見ていたんだ。
「母さんがそんなことを……」
そしてもう一つ、僕は衝撃が走る言葉を聞いた。
あの時……うん、あの病室でのことが鮮明に思い出せる。少し話があるから出て行きなさいと言われ、僕は病室を出て外に向かった。その時に何を話したのか知らなかったけど、そのことを僕は星奈さんから聞いたんだ。
事故に遭ったばかりの子供に伝えるにはあまりに残酷で、そして人として言ってはいけないその言葉を……。なるほどと、僕は納得してしまった。どうして絢奈が僕にずっと嫌いだったと言ったのか、それは斗和を嗤ったことと、そしてずっと知らずに呑気に過ごしていたことに対してだろう。ずっと苦しみ続けた斗和と違い、ずっと能天気に笑い続けていた僕を見ていたからこそ。
「……二人で幸せになろう……か」
屋上で斗和に言われた言葉を繰り返す。
二人で幸せになろうと宣言した斗和、一方的に好意を求めて勝手に幸せは訪れると考えていた自分……本当に恥ずかしいくらいに愚かでどうしようもないな僕は。
天井に手を伸ばし、もう離れてしまった繋がりを手繰り寄せるように握り拳を作る。どんなに後悔しても、過去を振り返っても、もう斗和と絢奈の二人との繋がりは断ち切れてしまった。今更どんな言葉を言ったとしても、届かないのだと勝手に諦めてしまうのもまた……どうしようもない僕にはお似合いの結末なのかもしれない。
それからある程度が過ぎて夏休みに突入した。部活に入っていない僕は体育祭の準備で学校に向かうことになる。もちろん同じく部活に入ってないのは斗和と絢奈も同様だった。せっかくの夏休みなのにどうしてこんなことを、そんな風に乗り気ではない人たちが多くあっても、あの二人が率先して動けばみんながそれに続いていく。
「それじゃあ佐々木、こっからここまでこの色でお願い」
「分かった」
指示された場所に色を塗る単純な作業、斗和も同じように色を塗っていた。絢奈は応援歌の時に着る衣装の制作をするらしくて別室に向かった。
ある程度時間が過ぎた時、美術部員の子があっと大きな声を出した。
「マズいかも……普通にこれ絵具足りなくない?」
「……ほんとだ」
どうやら足りないモノがあるらしい、手の止まった美術部員に斗和が話しかける。
「それなら買ってこようか? 確か先生に言えば学校からお金出してもらえるんだっけ?」
「うん大丈夫。お願いできる?」
「了解」
立ち上がった斗和を見つめていた美術部員が僕に視線を向けた。丁度手が空いていたから僕を見たんだろう。そしてこういった。
「佐々木、アンタも行ってきてよ。たぶん二人の方が早く終わるだろうし」
「えっと……」
「お願い!」
「……分かった」
先に教室から出ていた斗和を追いかける形で僕は走る。隣に並んだ僕を見て斗和は驚いていたが、すぐに察したのか納得した様子であぁっと頷いた。
「別に一人でもいいけどさ」
「あの空気で戻ったらどんなことを言われるか分からないよ」
「なるほどな」
……たったこれだけの言葉だけど、こうして言葉を交わしたのは本当に久しぶりだ。でも、これはいい機会なのかもしれない。怖がって何もしなかった僕に与えられた時間、僕は斗和の横顔を見ながらちゃんと話そうと決意するのだった。
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