今度はその手を引いてみせる

 絵具の買い出しに立候補したわけだけど、まさか修が付いてくるとは思っていなかった。修の様子から自分で言い出したわけではなく、どうやら美術部員の子に指名されてって感じかな。何となく修らしいなと思って苦笑してしまった。


「これとこれ……それからこれかな」

「うん。後はあっちにありそう」


 修と一緒に並んで買い物をしていく……不思議だよな。昔はこんな光景が当たり前だったようなものなのに、今となってはもう修と話をすることはなかったのだから。たとえあんなことがあったとしても、ずっと溝が深まったままというのは気まずいものがある。高校を卒業すれば会うことは……もしかしたらないかもしれない。それは少し、寂しいのではないかと俺は思うのだ。

 必要なモノは揃えた。さて、帰るとしよう。

 言葉少な目に歩いていた俺たち、ふと修が口を開いた。


「ねえ斗和、少し話をしてもいいかな?」

「話?」

「うん」


 俺はその問いかけに頷いていた。

 学校まで向かうその途中にある公園に立ち寄り、俺たちは揃ってベンチに座る。お互いにジュースを買って乾いた喉を潤し、修が大きく深呼吸をして話し出した。


「僕さ、君たちと話さなくなってから色々と考えることがあったんだ。結局、僕はただ自分だけしか見ていなくて、君のことも絢奈のことも何一つ本当の意味で見ようとしなかったんだって気づいた」


 修の横顔を眺めてみると、修はどこか遠くを見つめているような顔だった。けれど憑き物が落ちたような、そんなスッキリした横顔にも見えるのは俺の気のせいなのかな。


「あの時は君の言葉が分からなかったけど、今となっては分かるんだ。遅すぎるくらいだけどね」


 修はそこで一旦言葉を切り、俺の目を真剣に見つめるように改めて表情を引き締め、そして頭を下げた。


「斗和、僕は君に謝らないといけない。あの時僕は泣きながら謝ったけど、あれは謝った内に入らないと思ったから。だから、ごめんなさい」


 深く頭を下げて修に俺は慌てて口を開く。


「だからあれはお前のせいじゃないんだから気にするなって。だから――」


 そうだ。あの事故は本当に偶然の産物だ。確かに修がボーっとしていたのはあったかもしれない、それでも俺は修を助けたくて自ら飛び込んだ。あの時は恨んだりもしたけど、絢奈に告白したあの日に俺は本当の意味で過去を振り払ったんだ。だからそれに関して修が気にする必要はない、そう伝えたのだが修が謝ったのは単純な理由ではないらしい。


「斗和、君は僕にとって憧れでもあった。勉強も出来て、スポーツも出来て、かっこよくて、でも威張ったり鼻に掛けたりすることもなくて……でも同時に、君のそんな所に僕は激しく嫉妬していた」


 修は泣きそうになりながらも涙は決して零さなかった。耐えて耐えて、耐えるように言葉を続ける。


「あの時、君がもうサッカーの大会に出られないって先生に言われた時……僕は嗤っていたんだ。何でも出来た君が悲しんでいる姿を見て、僕は……僕はそれを嗤ったんだよ……っ!」

「……………」


 ……そうだったのか、あの時絢奈が何かを堪えるように手を握りしめたのはもしかして……いや、でも不思議と俺の心は穏やかだった。何度でも言う、俺はもう気にしていない。仮に修が言ったことがそうだとしても、あの時初音さんに言われた言葉も含めてもう俺の足枷にはならないんだ。


「僕だけじゃない、母さんたちも君に好き勝手言ってた……それを知ったのもつい最近だけど、君を苦しめたことに変わりはないんだ」


 たぶん、修も苦しんだんだろう。独りよがりだった自分を見つめ直すことで周りのことが冷静に見えてくる。そうして修は修なりに悩み、そして今俺にあの時のことを含めての謝罪を口にしたってことなのかな。

 耐えていた涙も溢れるように流れ、修はボロボロと涙を流していた。


「許してもらえなくてもいい……でも僕は君にどうしても伝えたかった。友達に戻りたい、そんなことを言うつもりもない。それでも、僕は君ともう一度話がしたかった。謝りたかった……そして、絢奈と二人で幸せになってって……伝えたかった」


 どんな形であれずっと一緒だった友人が離れて行くのは辛いもので、もう気にしないと思っても少なからず心に残り続ける。だから俺はお前のことを気にしてたのかもしれない。もっと良いやり方があったんじゃないか、もっと違う形でお前に気づかせてあげるべきだったんじゃないかって。

 俺はポケットに入っていたハンカチを渡す。

 色々と言いたいことはある……でも、今はシンプルにこんな言葉でいいだろう。


「……ありがとな。その謝罪受け取るよ」

「っ……うん! ……うん!」


 修が言ったように前と全く同じ形に戻るのは難しいだろう。俺と絢奈の関係が変わった以上、完全に以前のようにはいかないはずだ。それでも、修が前に進んだと言うのなら俺はそれを歓迎するし応援する……ま、今の修の目を見ればもう大丈夫だなって思えるんだけどさ。


「あ、もう一つ返事をしてなかった」

「え?」


 拳を前に出して俺は宣言した。


「任せてくれ。絢奈と一緒に必ず幸せになる。それこそ誰よりも」

「……うん。斗和と絢奈ならきっと大丈夫だ。応援してるからね」


 コトンとお互いの拳が当たった。

 少しぎこちない笑顔なのは仕方ないよな、けど修の言葉はちゃんと受け取った。お互いに青臭いことやってるなと揃って苦笑し、結構話し込んだことに気づいて早く戻ることに。ただ、その途中でちょっとした出来事があった。

 交差点で信号が青になるのを待っている時、小さな女の子が歩いていた。後ろには二人の女性が居て、おそらく片方がお母さんで片方が知り合いとかその辺だろう。クスクスと楽しそうに世間話する二人から離れ、女の子は手に持った玩具を持ったまま――横断歩道に出てしまった。


「っ! おい!!」

「斗和!?」


 気づけば体が動いていた。

 まだ歩行者への信号が赤と言うことは、車側は青だからそのまま直進してくる。一台の車がクラクションを鳴らしたことで女の子はやっと気づくが遅い。女性が顔を青くして手を伸ばすが届くわけがない……俺は茫然とする女の子を抱き寄せ……そして、予期しないところから腕を引っ張られた。


「いたっ!?」


 女の子を抱えたまま尻もちをついたが、女の子は無事でホッと大きな溜息が出た。女の子は泣きながらお母さんの元へ向かい、お母さんも女の子を抱いて安心したように表情を緩ませていた。


「……はは、助けられたな?」


 俺の腕を引っ張った存在、修が大きく息をしながら俺の腕を掴んでいたのだ。


「……笑い事じゃないでしょ。でも……良かった」


 そう言って膝を突いて修も俺と同じように大きな溜息を吐いた。俺と修に女の子のお母さんが凄い勢いで頭を下げて来たけど、幸運なことに何もなかったから気にしないでくれと伝えた。けど、もしこの場に絢奈が居たら大きな雷が落ちてたんだろうなと想像してしまう。

 

「お兄ちゃん、ごめんなさい。ありがとう……っ!!」

「無事でよかったよ。ほら、こっちのお兄ちゃんにもお礼言ってあげてくれ」

「うん! お兄ちゃんありがとう!」

「……どういたしまして」


 おい、小さい女の子にそんなぎこちない笑顔するなって。

 まだ申し訳なさそうにするお母さんには悪いが、俺と修もそろそろ戻らないといけないから足早にその場から去る。


「はぁ……僕が言うのも何だけどさ、また目の前で君が事故に遭ったら今度こそ立ち直れなかったかもしれない」

「悪かったよ……心配させたな」

「本当だよ!」


 今まで聞いたことがないくらいに強い勢いに俺は少し驚いた。けど、それだけ心配させてしまったんだなと申し訳なくなる。そうだな……いくら女の子を助けるためとはいえ、また色んな人を悲しませることになるかもしれなかったんだ。俺もしっかり反省しないといけないなこればかりは。


「ねえ斗和、絢奈にはまた時間を置いてから話をしようと思う」

「いいのか? 言ってくれれば時間くらいは取れるけど」

「いいんだ。絢奈と同じように、僕も自信を持って前に進んだんだって思えるその時に」

「……そっか」

「うん」


 本当に、もう大丈夫そうだな。

 それから久しぶりに色んな話をしながら学校に戻り、そして――。


「ねえ、何色か潰れてるけど?」

「……あ」

「おう……」


 ま、あんなことがあったから仕方ない。

 俺と修は揃って美術部員の子に少し怒られるのだった。

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