母さんの知り合いってそういう……

「……なあ絢奈、俺は何かしたかな」

「……何もしてないと思いますけど」


 コソコソと自宅に入らず遠くから眺める俺と絢奈の姿があった。俺にとっては自分の家だし、絢奈にとっても半分自分の家みたいなところがあるので入ればいいじゃないか、そう思う人も居るだろう。でもそう出来ない理由が目の前にあるんだ。


「……姐さん遅いな」


 家の前で一人の女性がスマホを眺めて黄昏ていた。家の前で待っているということは留守の俺たち家族の誰かに用があるということだろう。だがその見た目が……何と言うか怖いのだ。ヤンキーっぽいというか、雰囲気に棘を感じると言うか。


「見たことないけど誰だろ」

「……借金取り?」


 我が家に借金はないはず……まあお金に関することは母さんに聞かないと分からないけど、少なくとも借金取りが家に来るような暮らしはしてないと思っている。

 ……よし、ここでこうしていても仕方ない。俺は意を決して女性の傍に近づく。絢奈にその場で待っててと言ったのだが、握り拳を作りながら絶対に離れないと聞いてくれない。


「……?」


 ある程度近づくと女性はこちらに気づいた。こうして近くで見ると30代はギリギリ行ってるか? それにしたって凄い綺麗な人だ。その人は俺たち……正確には俺を見て目を丸くし、そして唖然とするように口を開いた。


「も、もしかして斗和坊?」

「……え?」


 斗和坊、坊の部分は一先ず置いておいて名前を呼ばれて俺はビックリした。絢奈も小さくえっと声を漏らす。今の反応で女性は俺が誰かを認識したのか、バッと駆け寄ってきた。


「うわぁ斗和坊大きくなったねぇ! うん、すっごい良い男だよ! 姐さんが自慢するのも分かる気がする!」


 そう言って駆け寄ってきた女性は俺を思いっきり抱きしめた。先ほどまで感じた怖い雰囲気が一変するほどの変わりように少し唖然とする。絢奈はむっと頬を膨らませているが、嬉しそうな女性の顔を見て何かを言うのはやめたらしい。


「おっとごめんね。つい嬉しくて……う~ん、どこから説明すればいいのかな。とりあえずまずは自己紹介をしようか。私は神崎かんざき絵支えと、斗和坊のお母さんの古い知り合いってやつかな」

「……なるほど」

「……………」


 母さんにこんな人の知り合いが……とりあえず俺と絢奈は女性――神崎さんを家に上げた。ずっと持ち歩いているらしい写真を見せてくれたのだが、昔の母さんがバッチリ神崎さんの横に写っていた。そのせいもあってか俺と絢奈が抱いていた警戒心はかなり薄れる。


「それで姐さんに男が出来た瞬間すっごく丸くなったの。夜叉姫なんて呼ばれて恐れられてたのに魂消たよ私は」

「……夜叉姫」

「そんな渾名が」


 母さんはあまり昔のことは話したがらないからな。ある程度教えてくれることはあったけど、流石にそんな恥ずかしい渾名を付けられていたことは知らなかった。

 そんな風に神崎さんと話をしていると母さんが帰ってきた。


「ただいま~って絵支!?」


 どうやら本当に知り合いだったみたいだ。まあちょっと疑ってたし多少はね? 神崎さんが今日ここに来るのは母さんも聞いていなかったらしく驚いていたけど、久しぶりに会えたのが嬉しいのかご飯を食べていくことに。


「私も手伝いますよ」

「今日はいいわよ絢奈ちゃん。私に任せて」

「……分かりました」


 少し残念そうな絢奈に苦笑する。絢奈は母さんと料理をするのが好きらしく、こうして家に来た時はいつも手伝っていた。渋々と言った様子で戻ってきた絢奈を見つめながら神崎さんが聞いてきた。


「それにしてもこんな可愛い子が斗和坊の彼女ねぇ。お似合いだとは思うけどよく捕まえたね?」


 そう聞かれ、色々あったんだよと言おうとしたら絢奈が割り込んでくる。絢奈は俺の腕を抱きしめたまま神崎さんに強く言い放った。


「私は最初から捕まえられてましたよ。身も心も全部! だから誰も間に入る余地はないんです一切合切!」


 絢奈の強い物言いに神崎さんは目を丸くした。実を言うとここまで絢奈が強く言ったことに俺も驚いていた。絢奈はハッとして俺を見つめ、胸元に顔を埋めるようにしてその理由を教えてくれた。


「……小さな嫉妬です。私は斗和君が別の女の人と話してるだけで機嫌が悪くなっちゃうんです。自分でも少しは直さないといけないって思ってます……思ってますけど」


 そう言ったっきり黙り込んでしまった。絢奈の様子からしてそんな自分がダメだと悩んではいるんだろう。けど俺からすればそんな絢奈も可愛いと思ってしまう……これも惚れた弱みってやつか。絢奈の頭を優しく撫でていると微笑ましいモノを見るように神崎さんが見ていた。


「いいねそういうの。幸せな光景ってのは周りの人も笑顔にさせるもんよ」

「そういうものですか」

「……ま、男が居ない私にはある意味辛くもあるけど」


 それは俺に言われても仕方ない。でも最初に怪しく思っていたのはともかくとして、こうして少しの時間ではあるが話してみて神崎さんは凄く良い人だと思った。もちろんこちらがまだ子供であちらが大人であるからというのもあるかもしれないけど、包容力と言うか母さんに似た何かを感じたのも確かだった。


「神崎さんって誰か好きな人とか居ないの?」

「おぉ~聞くね斗和坊。実を言うと私は女性が好きなんだわ」

「……へぇ~」

「……(ササッ)」


 別に同性愛を否定するわけでは断じてない、ただいきなりのカミングアウトに返事が遅れてしまった。絢奈はサッと神崎さんから距離を取るように離れた。神崎さんは大きく手を振って否定する。


「嘘よ嘘軽いジョークだってば! ていうか絢奈ちゃんひどくない? そこまで離れなくても」

「すみません。つい……」

「……その反応地味に傷つくんだけど」


 ズーンという空気を出して落ち込む神崎さん、何だかんだこんなやり取りだけど絢奈と神崎さんも打ち解けてきたようにも思える。そんな時に母さんが料理を持ってやってきた。


「はい出来たわよ~。簡単に唐揚げとか肉じゃがで申し訳ないけど」

「全然いいですよ姐さん。姐さんの料理ならどんなものでも美味しいですからね!」


 神崎さんが嬉しそうに料理を受け取って並べていく。俺も残った料理を運ぶのを手伝い、俺や絢奈にとって神崎さんという新しい知り合いを入れての夕食が始まった。


「姐さん、斗和坊本当にイケメンになりましたね」

「そうなのよ~! もう斗和ったらあの人にそっくりでイケメンで優しくて……もう好き! 大好きよ斗和~!!」

「……母さん、酒臭いって」


 抱きしめられて嬉しいけど本当に酒臭い……っていうか前もこんなことがあったような。


「絢奈ちゃん流石に姐さんに嫉妬はしないんだね」

「当然です。斗和君のお母さんですよ? 当り前じゃないですか」

「……その割には瞳孔開いてるけど」

「何か言いましたか?」

「っ! いえ! 何でもありません!」


 何にしても賑やかな空間だ。俺個人としてはやっぱり嫌いじゃない、時には静かに過ごしたい時もあるけどこうして人が集まった時くらいは賑やかに――。


『……ねぇ絵支、私は斗和に親としてちゃんと接することが出来ているのかしら』

『何を言ってるんですか姐さん。あの斗和坊の笑顔が何よりの証拠でしょう?』

『それが嘘の笑顔でも? そうよ……あの事故から斗和はずっと……ずっと……っ!!』


 ……本当に一瞬だ。一瞬、見たことのない光景が頭を過った。

 涙を流す母さんを神崎さんが慰めている光景……そしてその母さんを見た神崎さんは今目の前に居る彼女からは考えられないほど怖い顔をしていた。

 目の前では相変わらず俺に抱き着く母さん、そして仲良さげに話す絢奈と神崎さん……さっきの光景なんてあり得ないと思うほどに和やかだ。俺も頭を振ってさっき見た光景を忘れさせる。


「ところで絢奈ちゃん、斗和坊とゴールインするに当たってライバルとか居なかったの?」

「あ、それは私も気になるわね。ずっと仲が良かったけどそういうのはなかったの?」


 二人の問いかけに絢奈は何を言ってるのか分からないのか首を傾げていた。


「ライバル……ですか?」

「うんうん」

「そうそう」

「ライバルって対等な存在のことをそう呼ぶんですよね? 斗和君を想う気持ちにライバルなんて……ふっ、居るわけないじゃないですか」

「……おぉ」

「……さっすが絢奈ちゃん」


 鼻で笑いやがったよ絢奈さん、そして母さんたちは何故か拍手しているし。それからどうしてそうなったのか分からないが、絢奈が如何に俺を想ってるかを二人に聞かせる時間が始まった。色んな意味でその話に入れない俺は一人寂しく、母さんが作ってくれた肉じゃがを食べるのだった。

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